日本の経常収支赤字 その安全性と危険性 | 批判的頭脳

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http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131209/t10013676271000.html
『10月経常収支 9か月ぶりに赤字』

このニュースを受けて、いろいろなネット上の反応があった。

その中でも多かったのが、国債消化に問題が出る(財政破綻論)という議論である。

おおまかな立論はこうだ。(実際に文字通り以下のように説明しているわけではないが、だいたい共有されている理論・モデルを端的に示してみた)

所得=消費+投資+経常収支

所得-消費-投資=経常収支

貯蓄-投資=経常収支

経常収支<0ならば

貯蓄-投資<0

貯蓄<投資 (経常収支とISバランスの関係)

これは国内貯蓄を上回る国内投資が成されたことを意味し、この際生じたのは海外からの資本流入である。

経常収支+資本収支=0 (財・サービスへの支払いおよび利払いが、受け取り分を超過したなら、その分だけ海外からファイナンスしているという関係式)

資本収支=-経常収支>0

ゆえに、今の日本は国内で債券消化できなくなっている。
だから、海外投資家に債券を買い占められてしまう。結果、国債は投売り、金利は高騰、財政クラッシュ、キャピタルフライトで円大暴落!


というのがおおまかなシナリオである。


一見もっともらしさもある。
では、日本においてこの立論がどれくらい妥当か? というのを検証してみる必要があるだろう。


①「国際収支の天井」問題の復習

もう若い人たちには何のことやらさっぱりだろうが、高度成長期周辺での経済論壇でもっぱら話題となったのは、この国際収支の天井という概念である。

国際収支の天井とは、「好景気→輸入増→海外通貨買取(自国通貨売却)→外貨準備枯渇→景気引き締めによる調整」という状態を示したものであり、輸出の安定的増加によって外貨準備問題が解決されるまで、経済拡大が阻害されるのことになったという問題を示している。
「経常赤字が増えたから、それを調整するために景気を引き締めなければならない(財政金融引き締め)」という財政破綻論の骨子に通じるところがある。

しかし、現代において、国際収支の天井が問題になることはなくなった。経常収支赤字が常態化している国においてでさえ。それはなぜか。

実は先述したメカニズムに、ひとつ隠された条件がある。国際収支の天井が問題になった時代は固定為替相場が導入されており、貿易赤字→海外通貨買取(自国通貨売却)でもたらされた通貨安は、反対売買によって解消されなければならなかったのだ。もちろん、財務省が持っている海外通貨の残高には限界があり、反対売買をするにも限度がある。

では、現代においてはどうか。
現代は変動為替相場が導入されていて、政府に為替レートを固定する義務がない。よって、国際収支の天井が成立する条件は満たされておらず、経常収支赤字が景気引き締め政策を必要とする論理的必然性が存在しないのである。

だが、昭和時代の経済を知っている世代は、無意識のうちに国際収支の天井の存在を規定してしまっているのかも知れない。途中論理の違いはどうあれ、経常収支の赤字に景気引き締めを以ってするという結論を持っていきたがる性向が生まれる原因になっている可能性はある。


②国際収支の天井がないからといって、安全なわけでもない。

変動為替相場では国際収支の天井がないという話はすでにした。では、経常収支赤字が何の問題も齎さないかといったら、そういうわけではない。
実際、変動為替相場導入以降にいわゆる経済破綻を起こした国々の多くは、慢性的な経済収支赤字を背負っていたことが多い。(アルゼンチン、タイ、インドネシア、マレーシア・・・)
これらの国が、なぜ破綻(通貨暴落)するに至ったか。

経常収支の赤字は破綻の一因ではある。しかし、あくまで主因は、これらの国の為替政策にある。これらの国はみな一様に、ドルペッグ(ドルに対する通貨価値の固定)を行っていた。要は固定相場制に近い状態だったのである。
経常収支黒字の中で為替を固定するならば、自国通貨売却(海外通貨買取)を行えば良いため、金融政策との連携が取れていれば経済上問題は生じない。
しかし、前述したように、経常収支赤字の中で為替を固定する場合、海外通貨売却(自国通貨買取)を行わなければならない。そしてそれは、政府の外貨準備の不安へと直結する。結果、ヘッジファンドに攻撃され、資本流出と通貨暴落が発生したのである。
しかし、いずれの国でも、いったん通貨が切り下げられると、経常収支が黒字転換して問題が収束した。
固定為替相場ではこの場合、国際収支の天井に準じ景気引き締めを行わなければならなかった。しかし変動為替相場では、通貨を切り下げて輸入減輸出増を目指せば、景気引き締めに殉じることなく経常収支バランスを取り直すことが出来る。

③経常収支赤字が問題になるとき、ならないとき

以上で述べたように、経常収支赤字が破綻をもたらすときは、外貨準備を枯渇させるような無謀な政策(要は経常収支赤字下の為替の固定)を敢行したときだ。このとき、通貨価値の維持可能性を疑問視され、通貨が攻撃されることになる。
では日本ではどうだろうか?
まず、外貨準備の枯渇可能性について考えると、これは著しく低い。
円売りドル買いの為替介入の結果(もっと根源的に考えると、これまで日本が長らく累積経常収支黒字を積み重ねた結果でもある)、日本の外貨準備は莫大なものとなっている。
http://jp.ecodb.net/country/trans/Z1NA021.html
為替の暴落を甘んじて受け入れる状態ではない。
それと同時に、日本は固定為替政策を導入しておらず、それによって外貨準備に不安が生じるということもない。
こういった状態では、通貨暴落に賭けて売り浴びせを行うことへの経済的利得が存在せず、通貨暴落が生じ得ない。
これはつまり、キャピタルフライトが生じないと言っているのと同義である。

もし、ある投資家がとち狂って日本円を売りさばいたとしても(日本破綻商法に載せられた哀れなカモたちのことである)、その規模が日本円の価値に影響を与えるほど大きくなるとは考えにくい(端的に言って儲からないし、むしろ手数料分損するかも)し、それである程度値が動いたとしても、今度はそれによって日本国内企業の採算が改善するという予測(∵交易条件の改善)が立って、再び円相場は安定化してしまう。
これは日本国内の債券(国債を含む)をどれだけ海外投資家が所有していても変わらない。彼らは日本経済を身を殉じてまで破壊し尽くす使命感ではなく、金銭的利益の希求を以って奔走しているのである。彼らが通貨・債券を所持している限り(通貨を所持しているだけの場合でも、それは銀行において運用されているのであって、間接的に債券投資している)債券市場に適正な金利で資金が供給される。そして、現状、彼らがそれを放棄する理由はない。

④それでも・・・

机上の空論であれば、まだ「とち狂って日本円を売り捌く人・政府が大量発生する可能性はありうる!」と言える。
しかし、蓋然性の低い議論を元に政策を立てるなんてそもそも無駄だし、第一、何の理由もなく通貨を売り捌かれるなんてことを想定するなら、どんな対策も無意味だ。
考えるべきは、そういった通貨危機が蓋然性を帯びないようにするにはどうすべきかということだ。つまり、通貨危機を起こして得する連中とその力が、通貨危機を起こされて損する人たちとその力より強くならないようにする状況作りが大事である。

⑤じゃあ、実際にどうする?

現状の日本において、経常収支赤字が問題にならないことは以上で分かった。
だが、何もしなくていいというわけではない。経常収支が赤字になることそのものより、経常収支が赤字になった背景に問題がある。
化石燃料の価格自体の高騰、原発停止による燃料逼迫、そして世界経済全体の停滞による、輸出の伸びの悪化。いずれも日本国民の経済厚生を悪化させるもので、個別に解決する必要がある。
化石燃料の採掘に関するイノベーションであったり、一刻も早い原発再開であったり、世界経済の停滞を解決するための各国協調(骨子としては、不況が深刻化する地域や失業が高止まりしている地域での総需要問題の改善となるだろう)であったり・・・。

また、経常収支赤字を錦の御旗にして、間違った政策に走ってしまうことも避けなければならない。
特に目に付くのが、通貨を切り上げろ(!?)という意見だ。円高によって輸入原料が値下がりすれば問題ないはず、という非常に一面的なものの見方である。輸出数量の伸びが円安になってもさほど改善されていないから、円高になっても問題ないはずという意見がオマケについてくる。
世界経済全体の需要水準推移がどうなってるかという俯瞰的な考察をすれば、単に円安と輸出数量が比例していないだけで円安効果を否定するなんて暴挙に出ることは出来ないはずだが・・・。同時期に円高が維持されていれば、より輸出数量が悪化していただろうという妥当な推測を行うだけの思考を放棄してしまっているのである。
先述したとおり、経常収支赤字がもし進展するとして、そのときに一番やってはいけないのは通貨の固定だ。通貨の切り上げはもっと問題である。それこそ、経常収支赤字の固定と外貨準備枯渇をもたらし、通貨危機への途をひた走る原因となってしまうのである。

通貨を切り上げつつ、通貨危機を避けようとしたら?
国際収支の天井を思い出してほしい。
その場合は、景気を引き締めるしかない。(実際、今回の経常収支赤字で騒いでいる人々は、財政金融引き締めを要求する立場であることが多い)
不必要な政策(通貨切り上げ)のために、国民に痛みを強要しようというわけである。そこまでやって、得する人が誰もいない。(そういう言論でウケて本を売り捌いた人は一面的には儲かるかもしれない、というぐらいだ。輸入価格の切り下げの恩恵を受ける輸入業者ですら、国内売り上げの減退によって最終的に損をする)
まったくもって狂気の沙汰としか言いようがないが、それでもこの政策を信奉する人は現実に居るし、残念なことに影響力を持っている場合もある。



まとめると、日本の経常収支赤字は問題ではない。しかし、経常収支赤字の原因は問題視すべきだし、経常収支赤字そのものに問題がなくても、それが愚策の口実にされる危険性が十分ある。



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