クリア美人になる方法:なかたさいこ(SAIKO)

クリア美人とは、自分の強みを活かしながら、幸せに自分の人生を生きている心美人な人こと。
心がクリアな人は、今この瞬間、自分を生きている。
自分の強みに焦点を当てて、自分らしい人生の創造ができ、自然と愛にあふれて生きている。


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カラーサロンを開きたい方はもちろん、
カラーに限らず、何かしたいけど、
それが何だかわからない・・・
と言う方に、なんらかの気づきやヒントになってもらえたらな~と思います。

もくじはこちら

第1章 私がカラーサロンをはじめた理由

①私にとっての幸せと、社会が決めた枠

私がカラーと出会ったのは、2つ目の会社に転職した26才の時でした。
その会社は、全国組織の大手スクール。
当時は、デザイナーやコピーライターなど、カタカナの職業がもてはやされ、
私が働いていたスクールでは、デザイン系の講座を中心に、
全国60校以上の拠点のある大手スクールでした。

私がそのスクールに転職をしたのは、カタカナ職業に憧れはあるものの
何がしたいのか、何が自分に向いているのか分からず悩んでいた時に
地下鉄の大きなポスターで見た「4月生募集」の広告がきっかけでした。

そのスクールに興味がある。
しかし、受講料が高く、失敗は許されない。
もし学んでみて、自分に合わなかったらお金も時間ももったいない・・・

そんな言葉が心の中で渦巻き、なかなか前に進めず
色々な人の話だけ聞いて、頭でっかちで何も行動することもないまま、
私は逃げるように結婚の道を選びました。

「そろそろ適齢期で、お年頃だから」
「結婚は、みんなするものだから」
「お付き合いしたのだから」
「このままOLを続けたくないから」
「親の近くに住めるし、親も喜ぶだろうから」

それが、長女気質で、良い子を演じてきた私の選択でした。
正直言って、あの頃の私は、自立できておらず、
親や世間の常識に囚われて、自分の人生を心底生きていませんでした。

結婚が決まった時は、とても嬉しく、私は結婚式の準備に
それはそれは、一生懸命に取り組み、充実した日々を送っていました。
しかし、結婚式が終わると、虚無感に襲われ、喜びよりも、
後悔に苦しむ日々がやって来ました。

そこを何とか乗り越えようと、勤めていた会社を辞めて、
私は「やりたいこと探し」を始めます。

しかし、そんな私とは対照的に、平凡でいいから、
暖かい家庭を作ることを望んでいた夫とは、
いつの間にか歯車が合わなくなり、喧嘩ばかり。
結局、未熟だった私は、離婚を選び、人生をやり直そうと決めました。

あのころ、私が満たしたかったのは、帰属欲求ではなく、承認欲求でした。
今なら、はっきりとそれが分かりますが、
当時、何不自由なく、恵まれていた私に、一体、何に不満があるのか
何が満たされなくて、こんなことになったのかは、両親も、友達も、
そして私自身も、全く分かっていませんでした。

きっと、社会や世間一般的が決めた「幸せ」に
自分を無理矢理押し込めようとしていたのでしょう。
そして、私にとって離婚は、「良い子」からの卒業でもありました。

離婚後、再就職の時、憧れていたスクールの求人広告を見つけます。
募集職種は、「企画営業」と書かれていました。
以前勤めていた会社で、希望しても叶わなかった企画と営業。
しかも、ずっと憧れのデザイン系のスクールで仕事ができるなんて!
私はすぐに履歴書を書き、面接に行きました。
幸いなことに、面接では、「明日から来て下さい」と、
その場で内定をもらい、そのスクールに再就職することができました。

数日間の研修が終わって、私が担当になった講座が、
「カラーコーディネーター養成講座」でした。
そしてそれが、運命的な出会いになるとは、その時、知る由もありませんでした。

つづく

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