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novel4
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「しかし、美枝には旦那がいると言っていたよね！？」
「そう、『やくざ』よ。こわい？
なんという大胆な女なのだろう。私のことを好きになってもいいかと
聞きながら、旦那は「やくざ」という。
今日の私の気が動転した午後からの私の狂気じみた心を、彼女には分かっているのでしょうか。
濡れ犬のようにブルブル震えていた理由が彼女には分からないのだろうか？
とにかく、まず、『旦那さんを大切にして生きることを考えることが先決だよ!」
と卑怯な男がよく使う台詞を、私もついに口走りました。
とにかく、早く部屋に帰らなくてはと思い、「そろそろ帰ろうか？」
と私の方から言い出しました。
「待って!まだ帰りたくないの、今日はあなたとゆっくり飲みたいの！」と私の
手を握ってきました。
初めて、惚れた男とゆっくり過ごしたいの！お願い、今日は私と付き合って！」
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「しかし、美枝には旦那がいると言っていたよね！？」
「そう、『やくざ』よ。こわい？
なんという大胆な女なのだろう。私のことを好きになってもいいかと
聞きながら、旦那は「やくざ」という。
今日の私の気が動転した午後からの私の狂気じみた心を、彼女には分かっているのでしょうか。
濡れ犬のようにブルブル震えていた理由が彼女には分からないのだろうか？
とにかく、まず、『旦那さんを大切にして生きることを考えることが先決だよ!」
と卑怯な男がよく使う台詞を、私もついに口走りました。
とにかく、早く部屋に帰らなくてはと思い、「そろそろ帰ろうか？」
と私の方から言い出しました。
「待って!まだ帰りたくないの、今日はあなたとゆっくり飲みたいの！」と私の
手を握ってきました。
初めて、惚れた男とゆっくり過ごしたいの！お願い、今日は私と付き合って！」
釧路に来て一週間、まさか、「やくざの女」と知り会いになるなんて。
確かに、美枝という美女は私にとって、もったいないくらいの女です。
しかし、何も「やくざの女」とわざわざ親しくならなくても・・・・・・。
私の肩に持たれかかるように、目を閉じています。
哀しそうな涙が頬に輝いています。
「ねー、聞いて！私、旦那を殺そうと思っていたわ！やくざの世界はもう嫌なの。
でも、殺してしまったら、いくら「やくざ」の亭主でも、殺人は殺人なのよね。
今は、誰も知らない土地に逃げて行きたいの。そうしたら、「やくざの男」との縁は
切れると思うの！」
「ね、あなたは釧路にいつまでいるの？釧路の町は気に入った？」
私はこの美枝という女の寂しさはほんとうだと思いました。
「山中支店長があなたのことをとても褒めていたわ。日本で一番難しい大学の
法学部卒業で、何年かしたら、東京の本社の取締役候補といっていたの、
楽しみね、将来が！」と静かに私に話しかけてきました。
場所を彼女も私も知らないバーに移すことになりました。
自分の心が遊園地のジェットコースターのように激しく揺れ動いています。
「見知らぬところに逃げる！」、その言葉がいくら飲んでも頭から離れません。
「やくざの女」と逃げることは、命ある限り、「逃亡者」の道を選択したことになります。
「やくざの女」と逃げて、逃げとおせることはまず不可能なことなのです。
やくざの世界は全国網があり、警察よりも情報力にすぐれ、「やくざの女」と逃げた
男は殺人犯より重い、罰が待っていることは、私も知っていました。
しかし、私を「一目ぼれ」と言ってくれた美枝を、このまま見放してもいいのか、
今日は本当に決心がつかないのです。
静かなバーで二人きりで飲む酒は、ますます、二人の世界が身近なものにしていきます。
しかし、釧路に来て、いきなり、命をかけた逃亡生活の話は予想だにしていませんでした。
私は、九州育ちですが、親も親戚もいません。
東京から釧路に転勤になって、ホットしたぐらいですから、東京の生活がいかに
不満足の生活だったかは分かろうといういうものです。
私には元から、会社で出世したいとか、金持ちになりたいとか、
一度も考えてことはありませんでした。
組織の中の仕事はさまざまな人間関係の上に成り立っています。
きにくわない上司でも妥協して命令に従わなければならないことばかりで、
なんの人生の面白さも見出すことができない、この管理社会から逃れることは
ないのかと、いつも考えて生きてきました。
隣の、美枝と逃避行して、それで死んだら、それはそれでいいのかなという気持ち
にもなりかけています。
「ねー、村木さん、あなたは今、何を考えているの？」と聞いてきました。
「別に！」といとも簡単に答えましたが、
内心は心の動転が酒の酔いに負けるような雰囲気ではないのです。
私は彼女に聞いてみました。「逃げるとしたらどこに逃げるの？」と。
「南のほうにいきたいわ！」「なぜ？」とその理由を聞いてみました。
「はっきり分からないけど、なるだけ旦那と遠い場所がいいと思ったから！」
と答えました。
「逃げてその先、何をするの?」と
でも、それは、私の我がままというものよね！」
と急に静かな口調で話し始めました。
「今夜は帰りたくないの！初めて心から惚れた男と一晩中、話がしたいわ！」
「お願い、今日は私と付き合って！そして私の悩みを聞いてほしいの！」
近くのホテルにつくと、「死ぬほど抱いて！私と逃げてくれなくてもいいわ！
でも、今日は生まれて初めて惚れた男に死ぬほど強く抱きしめられたいの！
網走か宗谷岬でもいいわ！海に身を投げて死んでもいいとさえ思っているの。
そのほうが、あなたに迷惑をかけないですむから」
翌朝のことでした。五十人以上の捜査官が会社に操作令状を提示し、一斉家宅捜査
が始まりました。大勢のマスコミも押しかけています。
私は何があったのかまったく想像もつかず、ただ山中支店長の部屋に駆け込みました。
山中支店長や会社の幹部はみな警察の事情聴衆のため、不在でした。
会社の家宅調査は社内を麻痺状態にしています。
昼のテレビを見ると、安い輸入肉を国産の肉と偽り、莫大な利益を出しているという容疑
だったことが分かりました。私にも何人かの刑事が事情聴衆をしたいといってきましたが、
私は、この支店に赴任して一週間で、担当外の人間ということで、すぐに事情聴衆は終わりました。
その後の警察の調べで分かったことは、輸入肉の担当部長が、自己の企業利益優先のための、
偽装工作がなされていたということが判明しました。
しかし、問題は山中支店長が担当部長に直接、間接に偽装工作に関与したり、指示したり
しているかどうかが、今回の大きな注目を浴びる結果になっていました。
担当部長は支店長の指示で偽装工作に関与したと警察に証言し、山中支店長は
今回の事件はまったく、寝耳に水という証言で、二人の警察での証言は、まったく
異なる内容だったのです。
任意聴衆ということで、一時帰宅した山中支店長は、私に携帯で連絡してきました。
山中支店長の自宅付近には、数人の刑事が見張りをしていました。
私は、なんとか裏口から、支店長の家の中に入り込むことができました。
支店長はすっかり憔悴しきっており、私に涙を浮かべながら「村木君、君だけは
私のことを信じてくれ！」と哀願するように弱弱しい声で私に話しかけてきました。
「村木君、君は東京本社に帰りたまえ！将来の取締役候補の肩書きに傷が付いたら
いけないから。
私は、今回の事件で長期の裁判になるだろう。
君は釧路支店にきて、一週間だ。無傷の内に東京の本社に帰りなさい。
悪いことは言わない」
短い間の付き合いだったけど、ほんとうに楽しかったよ。この裁判が終わったら、
またどこかで、酒でも飲もう！しかし、それは無理かもしれないな！
そのころは、私が村木君に会う立場ではなくなっているかな。
とにかく、悪いことは言わない。早く、東京本社に帰りなさい。
私の方からも、本社に連絡しておくから！」
なんという山中支店長の優しい配慮なのでしょうか。
夜になって、テレビにかじりついていると、山中支店長が自宅で自殺したとの
報道がなされ、昼間話したばかりの山中支店長がその後、自殺をしたということは
なんということか！私はその場で倒れるほどのショックを受け、何をどうしたらいいのかが
まったく分かりませんでした。
二日後の会社の社葬のときでした。
山中支店長の奥様から、私宛の遺言状をいただきました。
村木様