私が依頼者と直接会うことはほとんどない。
多くが電話、メールを通してのやり取りになる。
ここ最近は特にメールが多い。
私にとってというより、
依頼者にとって直接会うのは精神的負担が大きい。
まして復縁に悩んでいる人は
信頼していた人間を失ったばかりだ。
彼ら彼女らの心はナイフで切り裂かれたように傷ついている。
赤の他人に事の経緯や自らの感情を曝け出すというのは、
通常の精神状態でも難しい。
だから、それがいかに難しいかは、よく、わかる。
メールのみによる相談や依頼の場合、
私は依頼者からのメールに書かれた文章だけが頼りになる。
メールに書かれたこの文章の一文字一文字が
相手の心を動かす魔法の文章を生み出すための不可欠な材料になる。
一文字さえ見逃してはいけない。
一文字さえ欠けていてはいけない。
それはまさにミリ単位の正確さを要する外科手術に似ている。
たかがメールの一文字ではない。
間違いは許されないのだ。
代筆屋だけではなく物書きというのは、
書く時よりも、書く前の構想の段階に最も精神力を使う。
書く段階で必要なのは精神力より肉体的な持続力になる。
私は依頼者から送られてくる文章に細心の注意を払う。
顔の見えない電波だけで繋がっている
近いようで遠いこの人の真意はなんだろう？
と相手を想像し想いを巡らす。
不思議なことに神経を集中して文字に目を凝らしていると、
画面に映し出された文字から出るエネルギーを感じることができる。
強い想いには強い波動が、
弱い想いには弱い波動が、
言葉には魂が宿る。
それはパソコンの画面を通しても確かに伝わるのだ。
文字の持つ意味を超えたエネルギーを感じ取る。
代筆屋にとって最も大切で貴重な時間になる。
会ったこともない依頼者の魂に触れられる崇高な時間だ。
本人すら意識できない無意識の想いを
代筆屋である私は感じることができる。
いや、本人ではない第三者だからこそ
客観的に冷静に真意を汲み取ることができるのかもしれない。
だからこそ私のように文章を書く人間は必要とされる。
AIが学ぶ知能を備え、驚異的な速度で人間に近づこうとも、
秒単位で姿を変える感情の速度に追いつくことはできない。
人の心を動かすのは、優秀な人工知能や卓越した技術ではない。
心は人の想いに共鳴できる開かれた心に動かされる。
胸に手を当ててみよう。
温度を感じられるだろう。
心臓の鼓動を感じられるだろう。
あなたが生きているのと同じように、
あの人も生きているのだ。
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