火災保険の故意免責と法令違反免責について争われた事例(広島高裁平成27年11月18日) | なか2656のブログ

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一.はじめに
『判例時報』2310号108頁に、企業向けの火災保険の故意免責と法令違反免責について争われた裁判例(広島高裁平成27年11月18日判決)が掲載されていました。

二.広島高裁平成27年11月18日判決(請求一部認容、上告、上告棄却)
1.事案の概要
(1)保険契約の概要

本件の原告Xはタオルのクリニーニング事業を営む株式会社であり、被告の損害保険会社Yとの間で、平成5年より、クリーニング工場である本件建物を保険の目的物とする、企業総合保険約款を締結し、平成23年まで保険期間を5年として同契約が更新された。

同契約の財産填補条項においては、火災、風災、雷災または雪災等により保険の目的物に生じた損害をてん補するものと規定されていた。

本件保険契約の保険約款にはつぎのような免責条項が置かれていた。

5条
(1)当会社は、下表のいずれかに該当する損害に対しては、保険金を支払いません。
  ①次のいずれかに該当する者の故意もしくは重大な過失または法令違反によって生じた損害
   ア,保険契約者
   イ.被保険者
    (以下、省略)


つまり、故意免責および法令違反免責の条項が置かれていた。

(2)火災事故の概要
平成23年1月5日午後10時52分、本件保険の目的物であるクリーニング工場の2階を出火元とする火災が発生した。保険金の支払いをYが拒んだためXが本件訴訟を提起。

消防署の火災原因判定書によると、本件火災の出火原因としては、①本件クリーニング工場内の電気配線であるFケーブルが短絡(ショート)したこと、②Xの顧客から本件クリーニング工場に運び込まれたタオルにエステオイルが付着しており、そのオイルが自然発火したこと、③Xの代表者などが放火したこと、の3つの可能性が考えられた。

Yは、本件火災の出火原因は放火であること、Xにはその経営が行き詰まっているので放火の動機があることなどと、約款上の故意免責を主張した。また、Xは消防署から火災報知器、屋内消火栓設備等の設置を求める指導等を受けていたのにこれを17年間怠る消防法違反を侵しており、その法令違反が本件火災の被害の拡大に寄与したとして、約款上の法令免責も主張した。

(3)第一審(広島地裁平成27年3月30日)
本件の第一審は、①Fケーブルのショートによる火災発生の可能性は著しく低く、②エステオイルの付着したタオルの自然発火による火災発生の可能性も著しく低いとして、消去法により③Xの放火が出火原因であると認定し、Y保険会社の保険金支払いの免責を認めた。Xが控訴。

3.本件高裁判決の判旨
(1)放火による故意免責について
『本件火災の鎮火にあたった消防署の担当者は、火災原因判定書において…出火場所は…本件建物二階の東側作業場中央付近と考えられる。…他方、二階の東側作業場のかご台車付近からは油分成分が認められなかったことが認められる。』

『本件火災現場から検出された前記の油成分は、いずれも出火場所である本件建物二階の東側作業場中央付近以外の場所において検出されたもので(あり)、シリコン溶液の入った缶…(または)殺虫剤に由来する可能性もある。』

『確かに、本件火災は四時間半以上続いており、出火場所に存在した油性成分が完全燃焼し、さらに消火活動が行われたことによって、油性成分が出火場所から検知できなくなった可能性を否定することはできない。しかし、そうであるからといって、その可能性の存在を、放火に認定する積極的な事情と捉えることもできない。』

『結局、本件火災において、出火場所に助燃剤が散布されたことを認めるに足りる証拠はないというほかない。』

(2)Xは保険金詐取を目的とする動機を有していたか
『本件火災当時、Xが金融機関からの借入の返済を遅滞していた事実は窺われないばかりか、Xは、(略)本件火災で本件建物を焼失した後も、金融機関から合計6500万円の融資を受け、本件建物の解体撤去等を行ったうえで事業を再開したことが認められる。これらの事実によれば、(略)Xが本件火災当時経営の悪化により保険金詐取目的で放火の動機を有していたとするYの上記主張は採用することができない。』

『以上のとおり、本件火災がXの放火によると認めるに足りない(略)。したがって、本件免責条項の適用により、Yが保険金の支払い義務を免れることは認められない。』


(3)法令違反による免責の成否について
『本件約款は、故意又は重過失による保険事故と並べて、法令違反による保険事故についても、その保険事故で生じた損害についてYは免責される旨定めているところ、ここでいう法令違反とは、故意又は重過失と同視すべきほどに、保険事故の危険の発生又は増加の蓋然性が大きいものとして規制されているような重大な法令違反であり、かつ、当該法令違反が火災の原因となり、又は火災にによる損害の発生若しくは増加に主たる寄与をした場合におけるものをいうと解すべきである。』

『Xは、原判決別紙一覧表のとおり、平成6年以降継続して消防署長から消防法違反がある旨の通知を受け続けている。(略)その違反の内容は、本件建物に自動火災報知器、屋内消火栓、誘導灯が設置されていないことなどといったものである。これらの違反は本件火災の原因にはならないし(なお、本件火災前には消火器が設置されている。)、<証拠略>その他の証拠に照らして、本件火災による損害の拡大に主たる寄与をもたらしたと認めるに足らない。
 以上によれば、Yが主張するXの法令違反は、Yの保険免責を肯認するものとは認められない。』


4.本高裁判決の検討・解説
(1)放火による免責条項の適用の是非

原審の広島地裁判決は、放火による故意免責条項の適否を検討するにあたり、①Fケーブルのショートによる火災発生の可能性、②エステオイルの付着したタオルの自然発火による火災発生のいずれも可能性も著しく低いとして、消去法により③Xの放火が出火原因であると認定しています。

一方、本高裁判決は、まず③放火が火災原因か否かを最初に検討し、そしてXに放火の動機があったか否かを検討し、結局、Xの代表者などが放火を実行したとは認められないと判断しました。

保険契約にもとづく保険金請求における故意免責の立証責任は保険会社が負うとされていますが、訴訟においては直接事実が存在することは少なく、保険会社側は間接事実の積み上げを行うことになります。

本件高裁判決は、この故意免責の立証責任が保険会社側にあることに即して、端的に火災原因が放火であるか否かを中心に細かく検討し、放火と認めるだけの間接事実に乏しいと判断したものであり、保険会社の同様の案件における主張立証のあり方について指針となるものと思われます。

(2)法令違反免責の対象となる「法令違反」の範囲
本高裁判決は、法令違反免責の対象となる「法令違反」の範囲を、『ここでいう法令違反とは、故意又は重過失と同視すべきほどに、保険事故の危険の発生又は増加の蓋然性が大きいものとして規制されているような重大な法令違反であり、かつ、当該法令違反が火災の原因となり、又は火災にによる損害の発生若しくは増加に主たる寄与をした場合におけるものをいうと解すべきである。』と判示しました。

この点、実務書においては、

『法令違反による免責規定の趣旨は、法令違反によって生じた損害に対して保険金を支払うことは公序良俗に反し、社会的弊害を生ずるので、それを防ぐことにある。故意、重大な過失による事故招致と並列して本免責を定めているのも、免責の趣旨が同一であることを示している。したがって、具体的な法令違反による免責規定による免責規定の適用は、当該法令の目的・趣旨を考慮し、保険金支払いの対象となることにより及ぼす社会的影響を十分勘案したうえで判断されることになろう。』(安田火災海上『火災保険の理論と実務 改訂第2版』114頁)


と解説されており、軽微な法令違反は対象範囲に含まれないとしています。そしてその具体例として、『東京都火災予防条例に違反した、安全装置を設けていない石油ストーブから発生した火災損害の場合、本免責規定の適用には一般的には慎重を期すべき』と解説しています(同上)。

学説においても、自動車保険などと同様に、火災保険においても、制限的に本件免責条項を解釈すべきであると説明されています(山下友信『保険法』369頁)。

したがって、本高裁判決も、本免責条項を、『重大な法令違反であり、かつ、法令違反によって火災(保険事故)が発生したときのみに限って、免責が生じると解釈すべきであった』と思われます(土岐孝宏「火災保険における故意免責、法令違反免責の成否」『法学セミナー』2017年5月号119頁)。

■参考文献
・『判例時報』2310号108頁
・土岐孝宏「火災保険における故意免責、法令違反免責の成否」『法学セミナー』2017年5月号119頁
・安田火災海上『火災保険の理論と実務 改訂第2版』114頁
・山下友信『保険法』369頁

保険法



保険法 第3版補訂版 (有斐閣アルマ)







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