妊娠中に軽易な業務への転換を請求した労働者に対する使用者の対応に損害賠償責任が認められた裁判例 | なか2656のブログ

なか2656のブログ

ある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

一.はじめに
最高裁平成26年10月23日判決(広島中央保健生活協同組合事件)は、妊娠を理由とした軽作業への転換に伴い降格したことは違法であると判示し、いわゆるマタニティ・ハラスメント(マタハラ)に一定の歯止めをかける判決として社会にインパクトを与えました。

これに対して、本判決(福岡地裁小倉支部平成28年4月19日判決、判例時報2311号130頁)は、そもそも労働者から妊娠中の軽易な業務への転換の請求があったにもかかわらず、当初軽減措置が行われず、また、申出の面接の際の管理職の言動がマタハラまたはパワーハラスメント(パワハラ)に該当するか否かが争点となっています。そして本判決は労働者側の請求を認容しています。



二.福岡地裁小倉支部平成28年4月19日判決(一部認容、訴訟後和解)
1.事案の概要
労働者Xは、介護サービス事業者Y1に介護職員として雇用されていた。Xは妊娠したため、平成24年9月、同社営業所所長Y2との面談において、妊娠を理由とした業務の軽減を求めた(「本件面談」)が、同年12月までの間、Y2から具体的な軽減措置の指示はなく、Xは同月3日にY2の上司に業務の軽減を求め、軽減措置が実施されることとなった。

本件の主な争点は、①9月の本件面談におけるY2のⅩへの発言(「仕事は仕事やけえ、ほかの人だって病気であろうと何であろうと仕事っちなったら年齢も関係ない(略)うん、特別扱いするつもりはないですよ」「万が一何があっても自分は働きますちゅう覚悟があるのか、最悪ね。だって働くちゅう以上、そのリスクが伴うんやけえ。」「べつに私、妊婦として扱うつもりないですよ。(略)人としてちゃんとしてない人に仕事はないですから。」等の発言)がマタハラまたはパワハラであったといえるか否か、②軽作業への転換の求めに対するY2の対応は違法といえるか、③Y1の使用者責任の有無であった。

2.判旨
争点①(マタハラまたはパワハラについて)
『Y2は、具体的な指導のなかで、労働者が妊娠を理由として業務の軽減を申出ることが許されない(「妊婦として扱うつもりなんてないですよ。」)とか、流産をしてもかまわないという覚悟を持って働くべき(「万が一何があっても自分は働きますちゅう覚悟があるのか、最悪ね。だって働くちゅう以上、そのリスクが伴うんやけえ。」と受け取られる発言(をしている。)』

『(このような発言は、)妊娠していることについての業務軽減等の要望をすることは許されないとの認識を与えかねないもので、相当性を欠き、また、速やかに原告(X)のできる業務とできない業務とを区分して、その業務の軽減を図るとの目的からしても、配慮不足の点を否定することはできず、全体として社会通念上許容される範囲を超えているものであって、使用者側の立場にある者として妊産婦労働者(原告)の人格権を害するものといわざるを得ない。』
このように裁判所は述べ、Yらからの「パワハラ・マタハラではない」との主張を退けています。

争点②(軽作業への転換の求めに対するY2の対応は違法といえるか)
『Xに対する(Y2の)言動には違法なものがあり、これによってXが委縮していることをも勘案すると、指示をしてから1か月を経過してもXから何ら申告がないような場合には、Y2においてXに状況を再確認したり、医師に確認したりしてXの職場環境を整える義務を負っていたというべきである。そしてY2は、同年10月13日以降も拱手傍観し、何らかの対応をしていないところ、Y2がXに対して負う職場環境を整え、妊婦であったXの健康に配慮する義務に違反したものといえる。』

争点③(Y1の使用者責任)
『まず、Y2の言動は、同被告が被告会社(Y1)の事業の執行として行ったものであるから、これによりXに生じた損害についてY1は賠償する責任(使用者責任)を負う。』

『次に、Y1の職場環境調整義務違反の有無についてみると、Y1はXの使用者として、雇用契約に付随する義務として妊娠したXの健康に配慮する義務を負っていたが、(略)原告から妊娠したとの申出があった平成26年8月以降から適切な対応をすることのないまま、再度Xから申出を受けた同年12月になってようやく業務軽減の措置をとったことからすれば、(略)上記職場環境調整義務に違反したものということができる。』

結論
このように判示して、判決は、Xの請求についてY2に対する不法行為責任、Y2に対する使用者責任および債務不履行責任に基づき、連帯して35万円の損害賠償を認定しています。

三.検討
労働者の妊娠・出産について、労働基準法65条3項は、妊娠中の労働者から請求があった場合、使用者は、他の軽易な業務に転換させることを義務付けており、この規定には罰則が設けられています(同119条)。また、男女雇用機会均等法9条3項は、妊娠等を理由とした降格などの不利益な取扱いを禁止しています。そして、男女雇用機会均等法施行規則2条の2第6号は、労基法65条3項による申出をしたことによる不利益取扱いを禁止しています。

この男女雇用機会均等法9条3項について、同規定は強行規定であると認め、その判断枠組みを示したのが冒頭にあげた、最高裁平成26年10月23日判決(広島中央保健生活協同組合事件)でした。

一方、本件の福岡地裁小倉支部判決は、最高裁判決が妊娠中の労働者への業務軽減に関して、労働者と使用者との円滑なコミュニケーションが不可欠であることを前提としているところ、本件の事例は、そのコミュニケーション(配慮)について会社側の義務違反が一つの争点となったものであると思われます。
(「判例時報」2311号130頁コメント部分)

妊娠による軽易業務転換請求は、妊娠という女性特有の一時期における本人に責任のない心身の不調に使用者が配慮することを求める法制度です。本人や社会に価値のある心身・母性保護と就労の継続との調整を図る労基法65条3項および男女雇用機会均等法9条3項は公共性の高い条文であるといえます。

なお、本判決に登場する、「職場環境配慮義務」とは、「使用者は労働者に対し労働者にとって働きやすい職場葬境を保つように配慮すべき義務を負っている」(三重セクシュアルハラスメント事件・津地裁判平成9年11月5 日)というものであり、使用者の安全配慮義務に似たものといえます。この義務は、労働契約に付随して発生する義務であり、この義務に違反すると使用者側は債務不履行責任を負う(民法415条)とされています。

最後に、最高裁平成26年10月23日判決を受けて、男女雇用機会均等法などに関する厚労省の通達(平成18年10月11日雇児1011002号)が、新しい通達(雇児発0123第1号 平成27年1月23日)により一部改正されており、注意が必要です。

・雇児発0123第1号 平成27年1月23日|厚生労働省

■参考文献
・「判例時報」2311号130頁
・長谷川聡「妊娠による軽易業務転換請求を理由とする降格の違法性」『平成26年度重要判例解説』229頁
・菅野和夫『労働法 第11版』585頁
・浅倉むつ子・島田陽一・盛誠吾『有斐閣アルマ労働法 第5版』314頁

労働法 第5版 (有斐閣アルマ)



労働法 第11版 (法律学講座双書)



平成26年度重要判例解説 (ジュリスト臨時増刊)





法律・法学 ブログランキングへ
にほんブログ村 政治ブログ 法律・法学・司法へ
にほんブログ村