マンゴーエピソード | 市民社会づくりの日々

マンゴーエピソード

祖母の葬儀が終わり、夜に東京に移動してきました。


もともと小柄な祖母でしたが、最後は入院して点滴でしばらく過ごしていたため、小さく細くなり、あっという間に骨になりました。


大阪で暮らす妹が葬儀には来れない(生きているうちに祖母に「来なくていい」と話がついていたらしい)ので、弔電を送り、それを聞きながら祖母との思い出をいろいろ思い出しました。


妹の弔電にもありましたが、孫たちで「そうそう」と盛り上がったのは、祖母の好奇心、向学心の高さです。


大正10年に農家に生まれた祖母は自分が満足に教育を受けていないことをけっこう気にしていました。


でも、何歳になっても「何かを知りたい」という気持ちが強く、私たち孫が高校生ぐらいのころに遊びに行くと、わからないことを何でも教えてほしいと質問してきて、説明するとわかるまで聞き、そしてチラシの裏にそれを書き、あちこちに貼って、繰り返し読んだり、確認したりしていたのです。


私はローマ字のあいうえお表を作ってあげたっけ(笑)。


いくつになっても、学びたい気持ちがあるばあちゃんってすごいなぁと思います。


私の一番の思い出は高校生の頃にひざのけがで入院したお見舞いにマンゴーをひと箱くれたことです!


祖母の家は青果店だったので、遊びに行くといつも果物三昧で、珍しい果物もよく食べさせてもらっていたのです。


高校生の私は確か入院する前に初めてマンゴーを食べて「こんなおいしいものはない!」といたく感動したことから、入院時にばあちゃんがくれたと記憶しています。


それにしても、ひと箱にはびっくりして、でもとっても嬉しくて、でも、一人じゃとても食べきれないので、お見舞いに来た人や同じ部屋の人たちに配りまくってもたくさん食べれました。


私にとっては、言いたいことをはっきり言う、正直で人間らしいばあちゃんでした。


10年前に病気で倒れたことを機に新しい家を建てて、同居することになったのですが、ばあちゃんと同居することになったからこそ、家を新しくしようとする機会になったのです。


おかげで、長女の介護も楽になったし、4世代で暮らすことで私だけではなく、家族の生活世界が随分と広がったと思います。


やっぱり、いろいろな人たちと生活できる機会は人の学習機会を増やしてくれることを体験をもって知ることができたばあちゃんとの10年の生活だったと思っています。


久しぶりにいとこにもあったりして、ちょっとファミリー感が増した2日間でした。


一方、予定外のこの2日間はもろもろの仕事を圧迫し、この先を考えると、心中穏やかじゃないところでもあります(苦笑)。


明日から、一気に挽回しよう(するしかない)


まず明日は、相談支援従事者養成研修の2日目からに合流します。