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2016-12-09 01:52:45

にわか共済制度

テーマ:ブログ

毎日、「今日は、早く寝られるかも」と思いつつ、そうは問屋が卸さない日々です(苦笑)。

 

昨日から相談支援従事者研修の現任研修がスタートしました。

 

何年かに一度はプログラムを全面見直しするのですが、今年がそのタイミング。

 

それで準備にてんてこ舞い(というのか計画性がなく怒涛の追い込み)で当日を迎えています。

 

今年は事務局兼講師やファシリテーターなので想像以上に忙しい!

 

グループーのファシリテーターをしながら、研修の全体進行にお茶コーナーのメンテナンスまでやっていると時間があっという間過ぎです。

 

現任研修はここ数年事務局が「お茶コーナー」を設置しているのです。

 

受講者の希望者から3日間で200円の共済金を集め、そのお金でホットドリンクを用意するものです。

 

コーヒー、お茶、紅茶、その他もろもろを買い込んで、耐熱の紙コップと電気ポットで飲み物を自由に飲めるようにします。

 

今年度お休みしている事務局がかなり力を入れていたサービスなのですが、安易に引き継いでみたものの、研修本来の準備もあってそこまでエネルギーを注げないままバタバタと用意しました。

 

しかし、これがやってみるとけっこう面白いのです。

 

初日はどれだけの掛け金が集まるかわからないので、見込みで初期の買い出しをします。

 

そして、研修中は組合員を勧誘します(笑)。

 

売り文句は「共済制度なので、加入者が増えるとサービスは充実します」

 

この宣伝が功を奏し、私の担当している会場は加入率が高く、初日で見込みの1.5倍以上の掛け金が集まりました。

 

そのうえで、二日目の今日は飲み物の種類を充実させて買い足しました。

 

すると、今日からでも新加入しようと思う人が新たに組合員として増えてまた掛け金が増えました。

 

それをもとに、今日もまた買い足しました。

 

二日間いろいろやると、人気の飲み物もわかってきたので、今日は人気のものを中心にプラスちょっと毛色の違うものも買ってみました。

 

昨日から気になっていたのはドリンクではなくてスープです。

 

コーンスープとかわかめスープとかコップにお湯を注ぐなら少ししょっぱいものも良いかと昨日ちちらりと頭をかすめたのですが、それなりに単価が高いのでとどまりました。

 

でも、意外な掛け金が再度集まったので、北海道の企業が作っていて、北海道の企業が作っていて、北海道の航空会社であるAIRDOの機内でもふるまわれている、玉ねぎスープ、じゃがバタースープ、ゴボウスープのスティックを買ってしまいました(笑)。

 

明日、スープに組合員の皆さんがどんな反応をするか楽しみです。

 

その反応を見ながら、今月末にまたある研修の最初の買い物を決めたいと思います。

 

でも、人が変わるときっと売れ筋や数も異なるのだろうな。

 

などなど、そんなことを考えていると面白くなってきてしまい、夜遅くに帰ってきてからもわざわざスーパーに出向き、飲み物の販売コーナーの前でじっくりと吟味しているのでした(笑)。

 

さて、明日は研修最終日。

 

終了後には小学校で関係機関とお母さんと一緒に会議が予定されています。

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2016-12-07 01:09:14

懲りない

テーマ:ブログ

今日の札幌の路面は殺人的につるつるです!!

 

そんなつるつるなのに、明日の朝は早くから研修のための荷物をカーシェアで車を借りて運ばなければならないという悲劇…

 

ここ数日、久々に寝る間もないような忙しさが続き、頭の中が膜に覆われている感じがします(苦笑)。

 

昨日は東京から自殺防止のお仕事をしている方が地域づくりの実践を視察に来てださり、FFPの若者たちと視察対応をしたり、夜は理事会や研修についての打ち合わせなど、いろいろと考えたり、感じることがありましたが、それを記録するだけの脳の活動余力が残っていません。

 

明日から相談支援従事者研修の現任研修3日間が始まり、その準備を早くからやればいいのに、いろいろなことに押されて結局、きわめてぎりぎりになり、ここ数日の有様になっているのでした。

 

それにしても、自分の仕事の計画性のなさは本当にいつまでたっても改善しません。

 

結局は力技で最後は間に合わせてしまうため、本気で学習しないのでしょうね。

 

でも、見方を変えると間に合うならいいじゃん!と開き直る私もいますが、若干、周囲には迷惑をかけているような面はありますので、もう少し成長したいと思っています。

 

最近、次女と子どもたちを育む環境づくりについて語るのが恒例になっていて、そちらもちょっと面白くなってきたので、少し余裕ができたら、ブログにも書こうと思います。

 

とりあえず、今日は寝ます。

 

明日の朝は少しは路面が改善していますように…

 

 

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2016-12-04 03:20:20

子どもの育ちも社会モデル

テーマ:場づくり

久々に釧路に帰ってきました。

 

夜の11時過ぎに帰ってきて、楽しみにしていたのは、先週のファンフェスティバルで買ってきたDVDを見ること。

 

たっぷり3時間近い内容だったので、すっかり遅くなりました(苦笑)。

 

ちょうど姉も家に帰ってきていたので、次女と姉と三人で盛り上がってみていると、うるさかったのか、長女が途中で目覚めてしまったので、起こしてきて一緒にみました。

 

いつもなら自分のDVDじゃないとか、野球なんて!という反応をするはずが、盛り上がるシーンで笑ったり声を出したりしながら、結構楽しんで見ていました。

 

さて、今日の午後は札幌市内で発達にサポートが必要なお子さんたちの支援をしている事業所を訪問して、研修を行ってきました。

 

先週の天塩に続いてのシリーズものの第2回目です。

 

子ども発達理解のための連続講座ということで、先週は個別支援計画に子ども発達理解の視点をどう取り入れるかというテーマでしたが、今日はさらに具体的になテーマで、普段事業所で使っているおもちゃや教材などの道具やプログラムの活用に子ども発達の理論を取り入れようというものでした。

 

事業所で実際のキットや遊具、普段使っている物を見ながら、やっていることを見せてもらいながら、具体的な工夫や考え方を学びました。

 

2時間半という時間でしたが、ものすごくあっという間に終了時間になり(途中で、休みを取るのも忘れてしまうほど)、自分としても勉強になりました。

 

というのも、今回の講師は作業療法士さんだったので、視点がかなり専門的であり、自分としてもそこまで考えたり、学んだりしたことがない内容も多く、新しい知識に触れたり、これまでの自分の経験から情報が整理されました。

 

前回の天塩の時にも感じましたが、ある程度の実践を積み重ねたうえで、体系的な知識を学ぶのは、「わかるわかる」「なるほど」という納得感や理解度が違います。

 

人の「動き」という側面からのアプローチですが、私たちは普段、かなりオートマティックに動いているのが、こんなに複雑で繊細にいろんな機能を発揮していると考えると人間は本当に恐ろしく高度で精密なものだなぁと実感します。

 

手の動きについての話が多く、手がほぼ使えない障がいの長女のことにも重ねながら聞いていました。

 

今度また、小さいころのビデオをよく見て、長女の手の動きがどのように変化したのか見てみたいと思ったりして。

 

自分で企画してみて実施しているこのシリーズ講座ですが、我ながら「いい企画だ」と勝手に自画自賛(笑)。

 

実際の現場を訪問し、具体的なテーマに基づいて学べるのはお得です。

 

撮影に回っている自分が一番得をしているのかもしれません。

 

数日後には最初のこの2回分を公開する予定ですので、お待ちください。

 

先ほど、今日の分を視聴してみましたが、動きのある映像はちょっと粗くて見ずらいですが、内容は伝わるように録画されていました。

 

まだ2回ですが、私として気づいたことは、子どもの育ちは能力、機能の側面から成長していくことと同時にそれが社会的にどういう意味を持つかという両者の連動性の中で成立しているということです。

 

つまり、できないことができるようになるということは確かに成長や発達ということの基本的な評価基準である一方で、それが社会的に役に立ったり、生活に役立つ、自分の生活の質を向上してくれることに結びつかないとあまり意味がないということも言えます。

 

逆に言うと、できることが少なくても、誰かに助けてもらい、何かで補うことで、社会生活が充実したり、楽しく過ごせたり、人と何かを分かち合えたり、高めあったりするのなら、意味があるということでもあります。

 

つまり、「やっぱり、人間にとって『できるできない』という能力が絶対的な価値じゃない」という自分自身の大きなテーマに戻り、それを確認する機会になります。

 

もちろん、できないよりもできた方がいいとは思いますが、できる人もいればできない人もいるというのは人が複数いれば当然起こりうることです。

 

それはある程度の努力で変化することでもありますが、努力は無限大ではないですし、努力できる条件もいろいろ異なりますので、限界があります。

 

でも、そうした個人の努力には限界があっても、環境や社会面は可能性がたくさんあります。

 

長女のように、個人の機能、能力に大きなハンディキャップがあっても楽しく生きていくことができるのは、周囲に手伝ってくれる人がいたり、それを支える制度やサービスがあるからであり、また、その前提として「そういう生き方もあるよね」と認める価値があるからです。

 

つまりはやはり「社会モデル」の理念であり、それは子どもたちの育ちにも同様にものすごく大切だということでしょう。

 

むしろ、障がいがあればある程度、「できなくても大切なことがある」と理解しやすい側面がありますが、通常の子どもたちの方ができるのが当たり前だったり、もっとできるようになるようにとか、できると変に期待されたり、環境や社会との関係が後回しになり、子どもの生活の質とか幸せみたいなものが置き去りになってしまうのかもしれないとちょっと心配になります。

 

今回の講座では子どもの発達を理解して、できることを伸ばす、子どもたち自身の機能、能力向上を支える知識やスキルを理解、確認すると同時にできるできないで幸不幸が決まってしまわない環境や地域社会の在り方も再確認し、両方から子どもたちの育ちを応援できるよう後押ししたいと思いました。

 

さて、本当にすっかり遅くなってしまった(苦笑)。

 

明日は家にいられる日ですが、来週からの研修の資料作りに追われる一日になりそうです。

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2016-12-01 23:50:36

視野は広くても狭くても

テーマ:活動

今日は朝から、スクールソーシャルワークの仕事で相談室から学校へとはしごする予定がありました。

 

朝家を出ると意外に路面が見えている道路に思わず、家に自転車のカギを取りに戻りました。

 

日当たりの悪い小さな路地では、シャーベット状になった雪が残っていて、そこはいかにも横滑りになりそうで怖かったですが、何とか問題なく、移動できました。

 

雪道を歩くことが思ったよりも膝にダメージを与えているようで、ここのところずっと軽く水がたまった状態からなかなか回復しません。

 

おそらく、冬期間はこの状態をいかに保つかというところなのでしょう。

 

夏場の自転車はほどよく膝の可動域を広げて、なおかつ膝に体重がかからないから負担にならず、非常にいいリハビリ環境だったのだろうと再認識します。

 

少しでも自転車がのれる状態をひそかに願っています。

 

さて、先日久々に理事会に出席した中間支援のNPOの若手スタッフから、企画の手伝いをしてもらいたいというリクエストをもらっていたので、少し時間を取って話をしてきました。

 

一人はおそらく10年ほど前に釧路のNPOに卒論を書きに来た時に初めで出会っているのですが、話をしているうちに当時に法人が運営するグループホームに泊まり込んでいて、結構楽しかったという話をしてくれました。

 

どうやら若手の二人は私が若者たちと出会った流れでスタートさせた「研修生制度」にヒットしたらしく、自分たちもNPO的に働きたい人材を研修で受け入れたり、現場につないだり、コーディネートしたりする事業を考えているでした。

 

いろいろと話していると、次々と今のNPOでやっていることや意識していることや釧路のNPOでやってきたこと、その他、いろいろなことがすべて連動して不思議なシンクロ感覚に一人でフワフワしていました。

 

ひとたび視野を広げたり、目線を上げると、やるべきことややらなくてはならないことはいつもいつも次から次へと浮かんでくるのですが、現実はちっとも先に進んだ気がしなくて、静かな焦りがあります。

 

一方では日々やることに埋没していると、そんな焦りからは解放されて、やるべきことはやっているという自負やちょっとしたやりがいにそれなりに満足することもできます。

 

視野を広げることは大切だし、必要なことですが、その先には苦痛や失望や焦りがあり、限られたところしか見なければ、自作自演の苦悩を感じずに済むのだろうと思うと、「どっちが幸せなんだ?」とふと思うのでした。

 

まぁ、そもそも、何が幸せなのかなんて、きっと死ぬときにしかわからない、いや死ぬときにもわからないで、一生を終えるのだろうと思ったりします。

 

NPOを担う若者たちとの意見交換から、「幸せとは何か?」というテーマになっっちゃった(笑)。

 

どんだけ、話が飛躍するんだろう(苦笑)。

 

でも、あながち飛躍でもなく、NPOは正に今の社会において人の生き方やあり方を問いかける仕掛けでもあります。

 

NPOが法制度化されて18年が経ち、かなり形式的になった側面はありますが、そもそものNPOを改めて語る機会に自分の中の琴線に触れたようです。

 

明日は事務仕事の宿題がいっぱいです…

 

夜のタイムリミットがないので、覚悟してがっつり働いてきます。

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2016-11-30 00:23:17

ビンの中の蚤の話

テーマ:ブログ

週末の天塩から帰ってきたと思ったら、昨日から3日間研修が始まり、時間が過ぎるのがそれはそれは早いです。

 

特に昨日は急きょの書類提出の仕事が飛び込んだり、夜には事務所で道庁の会議もあったりして、夜遅くに家に帰りつくと、頭がガンガンしました(苦笑)。

 

今日も昼間なかなか頭が働かない感じでしたが、中日を乗り切りました。

 

夜は長く理事をやっているのにもかかわらず、なかなか理事会に行けない札幌のNPOの理事会があり、久々に顔を出せる日程だったので、研修会場から直行。

 

久々の顔ぶれの理事会で疲れも忘れて、いろいろ盛り上がってしまいました。

 

さて、昨日の研修の講義の一つで福祉現場の実践報告をしてくれた若手の講師が「ビンに入れた蚤の話」をしていました。

 

どうやら、けっこう有名な話らしいのですが、今の私にはヒットしていろいろと考えるところがあったので紹介します。

 

あの小さな蚤は通常1メートルぐらい跳ぶらしいのですが、30センチぐらいのビンに入れてふたをすると、最初は普通にぴょんぴょん跳ぶんで、ビンのふたにぶつかるそうです。

 

何度かぶつかると、やがてぶつからないように30センチしか跳ばなくなるそうな。

 

そして、ビンのふたを開けても、本当は1メートル跳べるはずなのに30センチしか跳ばなくなるんだそうです。

 

でも、そこにビンに入れられていない普通の蚤を入れてやって、そいつが普通に1メートルぴょーんと跳ぶのを見ると、それまで30センチしか跳ばなくなっていた蚤はまた1メートル跳ぶようになるんだそうです。

 

鎖につながれた象の話もありますが、こうした現象は生物にとって自然な反応なのでしょう。

 

人間においても、学習された無気力、適応的選好形成など、生き物たちは自分たちを守るために制限された環境に慣れていってしまう。

 

社会適応という言葉は自立でしばしば必要な能力として肯定的に語られることがありますが、自由を手放すこと、自ら自分の限界を設定しまうこと可能性を阻むんでしまうことと表裏一体なのではないかと。

 

今の社会に自分という存在がマッチしない、どうもうまくいかないという時に、確かに「自分が悪いんだろう。自分が変わって社会に必要とされないといけない」と思うかもしれません。

 

でも、社会の側に課題があるとしたら、そうしてみんな適応していくと課題性が増していきます。

 

すると、社会に自分がマッチしていないと思っていた人が変わろうと努力をすればうするほど、社会の排除性が高まり、頑張っても追いつかずにやっぱりマッチしない。

 

それどころか、ますます苦しくなったり、むなしくなったりします。

 

ビンの中の蚤の話を聞いて、私たちが生きる社会にものすごく重なり、ビンの蓋を開けなくちゃと思いました。

 

さぁ、札幌は例年よりも早い根雪模様。

 

そうそう、昨日、凍り付いてカギが開かなかった自転車のカギを無事に開けることができて、家の駐輪場に持ってくることができました。

 

でも、今日の路面を見ると今シーズンはもう無理な感じがします。

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