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2016-07-28 23:44:39

夏休み子ども科学電話相談

テーマ:趣味

今日の札幌は梅雨のような天気で、湿度が高くひどくムシムシします。


今年度最初のサービス管理責任者研修の3日コースが無事に終わり、来週の釧路研修の準備もほぼ終わりました。


6月からほぼ毎週のように法廷研修が続くスケジュールで、準備が終わって、また準備と追われてきましたが、少し落ち着いた感じがします。


今週は釧路から車をもってきて、仕事で車を使っていますが、札幌の都会ぶりにびっくりします。


ちょっとしたところに移動しようにも混み合っていたり、駐車料金が高いのです。


そんな車での移動中にひそかに楽しみにしているのが、NHKラジオで朝から昼過ぎまでやっている「夏休み子ども科学電話相談」


夏休み中の小学生の子どもたちが不思議だと思うことを電話で相談してきて、その道の専門家が答えるというシンプルなもの。


それが、めっちゃ面白いのです。


質問はどれもシンプルで素朴な質問。


でも、それを小学生がわかるように説明するのに四苦八苦する専門家が面白いのです。


何かを説明しようと思って出てきた言葉が難しくて小学生にはわからない。


その言葉を説明しようと思えば思うほど、本題から離れたり、あまりに質問がシンプルですぐに答えてしまいそうになって、その周辺のことを説明しよとしてドツボにはまったり。


大人が焦ってあれこれ説明するのに応答する子どもの面白い。


「はぁ」


「あ、はい」


「そうなんですか」


子どもはサービスしてくれず、素直なのでわからない、ぴんと来ないときの反応が実にそっけない。


そんなたじたじのやり取りが天然のコントのようです。


ただ、感心するのがそんなちょっとずれつつあるやり取りを女性のアナウンサーがうまく説明しなおしたり、専門家に別の質問をして整理をしたり、子どもがわかるようにまとめるのですよ。


そのコーディネート力に感心するのでした。


興味ある人はぜひ、一度お聞きください。


面白すぎです。


私の場合には科学が好きで、自分も子どもだったらこんなことばっかり考えてたよなぁとシンクロするあたりも好きな要因かもしれません。


https://www.nhk.or.jp/radiosp/kodomoq/


こちらのサイトで、一部の質問のやり取りも聞けるみたいですよ。

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2016-07-28 00:50:32

アウシュヴィッツ子どもたち

テーマ:主義・主張

詩の紹介の前段はこちら  http://ameblo.jp/n-salon/entry-12184820658.html


アウシュヴィッツ

子どもたち



背をのばして、120センチの棒をくぐってみよう。

くぐれただろうか?

もと棒に頭がぶつかっただろうか?

50年ほど前、棒の下を歩かされた子どもたちがいた。。

棒にぶつかった子は左へ行けといわれ、くぐりぬけた子は右へ行けといわれた。右へ行ったこどもたちは、もどってこなかった。

1940年。ヨーロッパの東、ドイツのとなりにポーランドがある。この国の南にオシフィエンチムという町とブジェジンカという村がある。この年、ここに建てられた施設を、ドイツ語でアウシュヴィッツ収容所と呼んだ。

1942年。アウシュヴィッツはふしぎな場所だった。ほとんど毎日、貨物列車がやって来た。10両も20両もつながってくることもあった。そして一日になん回もくることがあった。

列車はレンガづくりの大きな門を潜って行った。門の中はとても広くて、たくさんの建物が立っていた。近くに大きな工場も見えた。煙突もあった。煙突はいくつも煙りをはいていた。

風のない日、このあたりにふしぎな「粉」が降った。白っぽい、こまかな粉だった。雨が降ると、粉はどす黒いどろになった。ぬるぬるして、あぶらぎっていた。服につくと、なかなか取れなかった。

そしてあたりいちめんにふしぎな「におい」がただようこともあった。いままでだれもかいだことのない、ぞっとするような、いやなにおいだった。

 「あそこで、なにをしているんだ?」

 人々は、はじめ、ふしぎに思った。でも、建物に近づくことはできなかった。

 「貨物列車はなにを運んでいるんだ?」

 やはり、わからなかった。もうこの村には人は一人も住んでいなかったからだ。

 機関車には、大きなマークがついていた。「わし」と「ハーケンクロイツ」。それは、第三帝国ナチス・ドイツの紋章だった。この時、ポーランドはナチス・ドイツに「支配」されていた。

3年前のことだ。193991日の朝はやく、ドイツ軍はとつぜんポーランドを襲った。これが第二次世界大戦のはじまりだった。ポーランドの人びとはドイツとたたかった。でも、だめだった。ひと月もたたないうちにポーランドはこうさんした。そうするしかなかった。

ナチス・ドイツの軍隊は世界でいちばん強かった。もし、うさんしなければ、みんな殺されてしまうだろう。ナチス・ドイツはポーランドを「占領」し、そして、「支配」した。

強いものが、弱いものを「力づく」でしたがわせるのが「支配」だ。軍隊がよその国を支配することを「占領」という。でも、ポーランドがうさんしてもしなくてもほんとうは、同じだった。なぜなら、ナチス・ドイツは、はじめから、そこに住む人たちを、みんな殺してしまうつもりだったからだ。

このとき、ドイツは、アドルフ・ヒトラーがひきいる「ナチス党」に支配されていた。だからナチス・ドイツとよばれていた。

 ヒトラーは、人間には「優れた人間」と「劣っただめな人間」がいて、そのちがいは、生まれた国やはだの色で決められていると信じていた。だから世界中の人間を、国籍やはだの色で優秀な人間とだめな人間のふたつに分けた。

生まれたときから優れているのはドイツ人だけで、ポーランド人やロシア人、ジプシーとよばれていたシンティ・ロマらは劣っただめな人間で、さらにその下のさいていの人間が「ユダヤ人」なのだときめつけた。

そして、「劣った人間」をさらに二つに分けた。ナチスのために炭鉱や工場で「働ける者」と「働くことができない者」にだ。

ヒトラーは、こういった。

 「優秀な人間が、劣っただめな人間を殺すことは、優れた人間だけの社会をつくるためには、正しい行いなのだ」

 「ただし、だめな人間でも、ナチスのために働くならば生きていてもよい」

 「だめなうえに、働くこともできない者は役立たず

 「役にたたない人間は、生きていてはいけない」

 必要のないものはいらない。たとえ人間でも・・・。

 必要な者は奪え。殺してでも・・・。

ナチスは、ドイツを「「強くて優秀な国」にするために占領した国の人たち、そこに住むユダヤ人を一人のこらずつかまえて、そのなかの「働ける人間」は精神も体もぼろぼろになって倒れるまで働かせた。

そして、「働くことができない人間」のすべての財産を奪ってから殺した。働くことのできない人間とは、お年寄り、心と体に障害のある人、病気にかかっている人、妊娠している女性、身長120センチ以下の子ども、そして赤ちゃん。アウシュヴィッツは、それを行う場所だった。

貨物列車の中は、ぎゅうぎゅうづめにされた人間だった。たくさん並んでいた建物は、「働ける人」を囚人のようにとじこめる宿舎だった。大きな工場は死ぬまで働かせる場所だった。

煙突からでていた煙りは毒ガスで殺した人間を焼く煙りだった。そして、降っていたふしぎな「粉」は焼かれた人間の灰だった。

いま・・・。

アウシュヴィッツには、親を探す子どもたちの泣き声も、子を探してナチス親衛隊とどなりあう親の声もない。収容所のあとはそのまま残され、博物館になっている。ドイツは、ナチスのしたことを認めて、いまでもつぐないをつづけている。

でも、アウシュビッツは「ほんとうに」終わったのだろうか?

ヒトラーは死んだ。ナチス・ドイツも滅びた。でも、ヒトラーを尊敬する人はいまでもいる。かれらは「ネオ・ナチ」と呼ばれ、その数は増えつづけている。世の中がふけいきになり、人びとの暮らしが苦しくなると、かれらは、私たちの心のなかに入りこんでくる。

あの時のように・・・。

なぜだろう・・・。

いま、私たちの、心の中に、「優秀な人間」と「だめな人間」とを分けようとする考えがないだろうか?

みんなと同じことができない人を「だめなやつ」だときめてしまうことはないだろうか?

みんなと違う意見をいう人を「じゃまなやつ」だといって、仲間はずれにすることはないだろうか?

強い者にきらわれたくないので、いけないことが分かっているのに、やってしまうことはないだろうか?

自分さえ、とくすれば、「ほかの人なんか、どうでもいい」と思うことはないだろうか?

あの時のように・・・。

アウシュビッツは、狂った人びとが、まちがえてつくったものではなかった。ドイツ人がどうかしていたのでもなかった。

ただ、自分が困った時に、もっと困っている人びとを思いやれなかった。自分さえとくすれば、ほかの人が少しくらい困っても、少しくらい死んでもしかたがないと思っていた。

自分が優秀で正しいと思うあまり、自分とはちがう人びとを認めることができなかった。そして、自分は、「ほんとうは」何をしているのか、わからなくなっていた。 

もしかしたら、アウシュヴィッツで罪をおかした人たちは、みんなどこにでもいる、ふつうの人たちだったのではないだろうか?私たちと同じような・・・。

アウシュヴィッツはほんとうに終わったのだろうか?

ガス室は、ほんとうに消えたのだろうか?

120センチの棒だろうか?

私たちの心の中に、アウシュヴィッツは、ほんとうにないのだろうか?

(青木進々著 アウシュヴもうないィッツ・子どもたち 99.1発行) 


 


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2016-07-27 23:29:01

尊厳を考える

テーマ:主義・主張

どうやら鼻かぜをひいた様子で、水っぱなが止まらず、ごみ箱がティッシュの山になってきました(苦笑)。


風邪をひくとかめっちゃ、レアな状況ですが、重篤化しないことを祈りましょう。


さて、一昨日の夜の研修、そして昨日の夜のたまり場☆ご飯と日常は過ぎていきますが、一方では無関心ではいられない大きな事件が神奈川で起こってしまいました。


重度の障がい者は生きる意味がないとたくさんの重度の障害がある人たちが殺されてしまったニュースにまず浮かぶのは長女の存在です。


犯人が主張する考え方でいえば、長女はもっとも不要で社会のお荷物であり、真っ先に殺されただろうと思います。


ニュースなどでは、「障がいがあっても同じ人間だ。尊重されるべき存在」「命の重さをなんだと思っているのか」などといった障がいのある人たちの尊厳を訴える声がたくさん聞こえてきます。


でも、そうした言葉だけを聞いて信用できない気持ちや「そんなこと軽く言わないでくれ」と思うのは私がひねくれているからでしょうかね。


私がもしも何らかの事情でもしも今回の事件で長女を殺されたとしたら、もちろん犯人に対して怒りもあるし、大切な人を失う悲しみも大きいと思いますが、それ以上に施設に預けてしまった自分を責めると思います。


もしも、家で暮らしていたら、殺されずに済んだんだ。


施設に集められて、その実態を知っていたからこそ、標的にされたんだ。


なんで、預けてしまったんだろう。


そう思って、悔しくて、申し訳なくて、やるせなくなると思います。


実際は施設に預けた親が悪いわけではありません。


でも、親としてはそこは悔やんでも悔やみきれないだろうと思うのです。


もちろん、絶対的に今回の事件において殺した犯人に深い罪と責任があることは明らかです。


でも、それを犯人のせいだけにして、「信じられない」「そんな奴は頭がおかしいんじゃないか」と一方的に責めることができる人はいるのか?


私は疑問に思います。


障がいのある人たちが普通の暮らしができずに、特別な施設に同じような人たちがいることの実態はどんな障害がある人でも尊厳を守れている社会の姿といえるのか?


障がいがあるのだから、少しくらい不便でも仕方ないとか、障がいのない人たちには当たり前のことも当たり前ではないことがあっても、特に気にならない。


そんな日常はたくさんあり、当事者の身近でいるものとして重度の障がいがあっても尊厳を守られている実感があるとは言えません。


昨年の今頃、長女が肺炎で入院し、危ない状況を行ったり来たりした際にひょっとして死んでしまうかもしれないとよぎったとき、死んでほしくないし、失うのは悲しいことだけど、現実として私を含めた家族の負担が軽くなる事実は否定できませんでした。


だって、本当にそれだけ日常では家族が朝から晩まで障がいがなければ負担をしなくてもよいいろいろな負担をしていることで生活を支えているのは明白な事実なのですから。


でも、それを特別な苦労だと思わずに当たり前のことだと受け入られるのは一緒に暮らしている中で存在の大切さが実感できるからです。


長女がいたからこそ、長女のおかげというふうに特別にいうつもりはありません。


当たり前にたまたま重度の障がいをもって生まれてきたけれど、それが自分の子どもであり、家族であり、ともにご飯を食べたり、笑ったり、泣いたり、話をしたり、一緒に過ごした時間が当たり前だから大切な存在なのです。


一般論として「障がい者も一人の人間だ」なんて口だけで言ってもらいたくない。


事件が起こってから言うんじゃなくて、普段から事件が起こらなくたって、「障がいがあっても一人の人間だ」ということを社会の一員として行動で示してもらいたい。


と、ひねくれ者の私は思います。


今回の事件は世界的にも治安がいいことで有名な日本という国で、福祉が整っている時代に起こったので、ショッキングですが、第二次世界大戦の時にはドイツが国策として当たり前にもっと大規模に行われていたことを忘れてはいけません。


人は常に多かれ少なかれ優生思想のかけらを誰もが持っていると私は思っています。


大切なのは誰もが持っている、自分が持っていることを肝に銘じて、自分に何ができるか考え、行動すること。


それが尊重しあう社会をつくることの基礎だと私は思います。


今回の事件がせめてそうした基礎を見直す機会になることを願います。


少なくとも、管理体制の強化や障がい者の尊重だけがクローズアップされる事態は避けたいと思います。


今だからこそ、私の活動の原点になっている1998年に携わった「心に刻むアウシュヴィッツ展」でであった詩を紹介します。


アウシュヴィッツ 子どもたち

http://ameblo.jp/n-salon/entry-12184830947.html

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2016-07-26 23:18:13

何とか到着

テーマ:ブログ

いやいや、昨夜のドライブはリスキーでした。


そもそも、移動=睡魔という性質の私がそれなりに寝不足状態で、一人で夜に釧路から札幌に向かうとは無謀なのですが、仕方ない。


何とか、時々、パーキングで眠りながら、よく考えると6時間半かけてきました(苦笑)。


こんな時に限って、高速道路の一部が工事のため通行止めだったので、余計に時間がかかったのでした。


まぁ、たどり着いて、今日の夜のたまり場☆ご飯のための野菜も運べたし、今日からの研修の荷物も運び、無事に一日目の研修を終えました。


今は、とにかく眠い!の一言です。


明日も研修です。


って、今の仕事が研修の仕事ですから、「日々研修の仕事」というのは今さらお知らせすることもない情報かもしれません。


昨日の夜の釧路で実施した研修もいろいろと感じるところや考えるところがあり、面白かったですが、とにかく眠いので、今日は寝ます。

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2016-07-25 01:20:10

超苦手なこと

テーマ:主義・主張

今日は仕事の合間に来週に釧路で行う研修で使用する公共施設に利用手続きに行ってきまいた。


本当は先週に行くつもりでしたが、すっかり忘れてしまい、今回も危うく忘れそうなところを思い出し、慌ててて仕事を抜け出して行ってきました。


無事に手続きを終えて、また仕事に戻ろうとしたときに一人の男性から「すみません。シャッターお願いできますか?」と声をかけられました。


その公共施設は釧路を一望できる高台に位置し、駐車場上の展望ペースからは幣舞橋やロータリー、釧路川、フィッシャーマンズワーフなど、釧路らしい景色がよく見えます。


その景色を背景に写真を撮りたいとのリクエストのようでした。


私は急いでいましたが、おそらく観光客であろうと推測し、地元としてのホスピタリティも発揮しようと、快くシャッター係を引き受けることにしました。


少し遠回りになりますが、展望スペースへ移動しながら「どちらから、いらしたのですか?」などと少し社交性も発揮して、ご希望の景色を背景にシャッターを押しました。


そして、写りが悪いと申し訳ないと思い、念のために「写りは大丈夫でしょうか?」と確認する声かけをして、大丈夫そうだったので、立ち去ろうとしました。


すると、その人が私を見て、「せっかくですから、写真を撮らせてください」と声をかけてきました。


わかりやすく、一瞬のうちに私のホスピタリティはぶっ飛び、何とも言えない気味悪さに襲われました(苦笑)。


家で、次女と末っ子にその話をしたら「それ、単なるナンパじゃん」と笑われましたが、あの気持ち悪さはおそらく、ナンパに近い何かの要素があったからに違いないと思います。


ナンパされてうれしい人もいるだろうし、なんとも思わない人のいるだろうと思いますが、私の場合にはおそらく異常なぐらい苦手なシチュエーションだろうと思います。


若いころにも何度かありますが、決まって「気持ち悪さ」が先に立ちます。


若いころはまだ多感だし、自意識も不安定な時期だったので、そうした気持ち悪さも理解できるのですが、この年になってたいていのことには何も感じないし、平気ななのに、今日の自分の反応を目の当たりにして、自分の苦手を再認識しました。


その理由は「女性として見られることへの気持ち悪さ」だと私は推測しています。


そう推測する根拠にはいくつかのほかの経験もあります。


例えば、先日もあったのですが、ホテルを予約した際に自分で選択もしていないのに、勝手にホテル側でレディースルームを予約されているいことがあります。


ホテル側は良かれと思っての配慮でしょうが、自分としては予約の際にレディースルームと普通の部屋があって別にレディースルームを選んでいないのにもかかわらず勝手に変更されていて、しかもチェックインしたら当然に「変更しておきました」と得意げに言われると、自分でもびっくりするぐらいがっかりします。


確かにレディースルームはいろいろとお得な配慮がされていて、メリットがあるようになっていますし、別にその部屋がどうしてもいやなわけではありません。


でも、当然のように変更されているのが嫌なのです。


だって、レディースルームは化粧セットやケアケアセットなどの美容の類が充実しているだけで、それあらは私にとってはまるで必要ないし、逆にそうした美容の類のにおいがどちらかというと苦手で落ち着かないのです。


だから、見た目で女性だと思われ、自分のことを知りもしない人に生物学的に女性であることをとりあげられて、女性として何かを求められたり、期待されることが本当に私は嫌なんだと再認識したのでした。


いくらスカートをはかなくても、すっぴんでも、この髪が長いのがダメなんだよな。


でも、髪は短くするとまめに切りに行かなくちゃならないし、はねるし、ケアが面倒だから、長年の経験上、まっすぐのロングがもっともお手軽だという結論に達しています。


でも、それゆえに時々こうして女性性を勘違いされて、嫌な思いをするのも不本意だ(苦笑)。


何かいい方法がないか、誰かいい方法があったら教えてください(笑)。


それにしても、自然に自分らしく生きるほどに女性というアイデンティティにフィットしないことを自覚していきます。


なんだか、面白いものです。


さて、今週は明日の月曜日も釧路で仕事をして、夜に車で札幌に移動予定です。


また、一週間が始まります。

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