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2016-06-27 02:21:07

コミュ力とは?

テーマ:研究

昨日に引き続き、NPOの支援現場のスタッフと研修をしてから、夜に埼玉は大宮まで移動してきました。


明日は仙台で研修を行うため、途中まで移動です。


最初は今日のうちに仙台まで行けそうな気になって、仙台のホテルも予約していたのですが、よくよく調べてみると最終の新幹線に乗るにはかなり危ないことがわかり、急きょ予定変更。


案の定、飛行機の出発が10分遅れたので、無理に仙台に行こうとしたら失敗するところでした。


直前に気づいて、よかったよかった。


今日の研修の中で、「コミュニケーションスキル」について話題なり、言葉の使うこととコミュニケーションの上手下手は必ずしも直結しないような気がしていて、夕方に空港までの車の中で次女と一緒に整理をしてみました。


コミュニケーションとは「意思疎通」なので『双方向性』がポイントとなるだろう。


確かに言葉はやりとりすることが客観的に見えやすいので、双方向性の証明になりやすい。


でも、よくよく障がいのある人と支援者との言葉のやり取りを見ていると一方的だったり、パターン化したやり取りが多いなど、双方向性要素があまりないものもありそうです。


そうなると、それは「コミュニケーションが成立している」とは言いにくいのではないか。


むしろ、言葉ではなくても、アイコンタクトや表情、動きなどでやり取りが継続して成立し、快や不快を共有したり、楽しい気持ちを高め合えたりするのであれば、それは「豊かなコミュニケーションが成り立っている」といえるのではないかというものです。


というのも、兼ねてから次女がしばしば我が家の三姉妹の中で、言葉を持たない重度の知的障がいがあり、動きも制限される長女がもっとも「コミュ力高い」と評していて、私もそれが感覚的には納得がいくと思っていたからです。


でも、実際にほかの人にそれを説明しようとしたときに何を基準に説明したらよいか考えたときに「相互性」に着目したというわけです。


さらにもう少し議論をすると「セルフアドボカシーの視点」にたどり着きました。


人とかかわるときに自分が必要以上に我慢するのでもなく、相手の関係を悪化させるほど無理や押しつけではない、ほどほど「自己主張」ができるか?というものです。


その視点で考えると、次女や末っ子は結構、自分を抑えて、我慢して人と関わっていることが多かったり、その他、過酷な環境で育った若者たちなんかも、人との距離感を取れずに苦労したりします。


その点、長女は相手を選んで自分の発信をしているし、相互性が成り立たない人に無理して付き合うこともしないなぁと長女なりの能力に応じた生きる力を再認識しました。


私は子どもに対して「こんな人になってもらいたい」という親としての願いは昔から1つしかありませんでしたが、それが改めてセルフアドボカシーができる人だということがわかりました。


不当な扱いを受けたときに異議を表現し、尊重されることに心地よさを感じられること。


それだけ身につけることができれば、その人なりの力で自分の人生を切り開いていけると思います。


逆にいうと、それがなければ、そのほかにいろいろな能力や知識や地位を得たとしても自分らしい人生を生きていくことは難しくなるとも言えます。


改めて何が大切かを考える機会になりましたが、こんなことをまじめに考えることが虚しくなることもあり、気持ちは複雑です(苦笑)。


さて、いろいろな宿題を片付けているうちにすっかり遅くなりました。


まずは、明日の研修を意義あるものにして、夜には札幌に戻ります。

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2016-06-25 23:35:46

形式と実質

テーマ:支援

激務のウィークデイを乗り切ったものの、複数の宿題を抱えている週末です(苦笑)。


今日は地元釧路のNPOスタッフと個別支援計画について勉強会というのか、ミーティングをしました。


法定事業である障害福祉サービスはその運営について、基準についていろいろと詳しく定められています。


なかでも、支援の質に直結する「個別支援計画」をめぐる規定やプロセスはかなり大事なものです。


制度のルールだからという形式的な部分もあるものの、その内容は実質的なものにつながっているわけで、形式だからといって形式だけで整えばよいものでものでもなく、かといって実質はちゃんとやっているから形式はどうでもよいということでもなく、形式と実質の両立が大切です。


これは、どんなことも同じように言えること。


形式には形式の意味があり、実際の中身には中身の意味があり、大切なのはそれらの意味や意義を理解して、取り組むことです。


そういうコンセプトの下、実際に現場で支援をしている人たちから中身について、よく聞き取り、形式についてはそれなりに理解している私が整理をして、両者を整備していくプロセスに取り組んでいるわけです。


ケア事業の内部監査みたいなものといえます。


そういわれると、昨年度の終盤から、理事のくせして監査みたいなことをやっている気がします。


明日も宿題を進めつつ、今日と同様の研修をメンバー入れ替えで2回実施します。


今は、とにかく継続は力なりと唱える日々です。

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2016-06-25 00:24:43

普通の診察

テーマ:ブログ

昨日の夜のうちにいつもよりも一足早く釧路に帰ってきたおかげで、たまっていた私用を片付けられました。


一つは2月に膝がものすごく痛くなった時に検査をしたMRIの結果を聞きに病院に行けたこと。


その後、痛みは引いて、日常には最低限支障がなくなったことで、検査結果を聞きに行くタイミングや必然性がなくなっていたうえに、平日に釧路にいないためまったく現実的にならなかったのです。


正直、病院は今月の初めに札幌で行った際にがっかりしすぎて、気持ちとしてはあまり行きたくありません。


が、釧路の病院はちょっと知っている先生だったこともあり、少し期待もしていました。


結果、非常に親切に満足のいく診察をしてもらえました。


断りなしに注射なんかしなかったですし、検査した際に意味不明にひどく痛かった部位についても検査の結果を見ながら、納得のいく見立てを教えてくれました。


そのうえで、薬も治療もいりませんねと確認して、もう少しこのまま様子を見守りましょうとのこと。


自分もそれに納得し、ずっと借りっぱなしだった松葉づえも返してきました。


前に痛かった部分は痛くなる数日前に凍結路面で激しく転び、その衝撃で膝関節の膜と半月板のあたりに内出血らしき跡がみられるとのことで、おそらく急性的に損傷して出血していたものと推測されました。


それが、治って痛くなくなったわけです。


しかし、膝の伸展制限はやはり心配だそうで、膝を伸ばすストレッチ、運動が書かれた紙をもらってきました。


それは、月初めに札幌の病院でも言われていて、最近、意識してお風呂の中で頑張って伸ばすようにしているので、少しずつ回復しています。


あまりに痛みと腫れが続いているときは「いっそ、人工関節にしてくれ」と心から思っていましたが、落ち着いてみると、もう少しこのまま付き合っていこうかなぁと思えるようになりました。


まぁ、落ち着いているから、言えることです。


さて、明日明後日はいつもの週末たまり場でアトリエに行きますが、今週末はNPOのスタッフにケアについての実務的な研修をしながらのたまり場となります。


ほかにも少し宿題の締め切りもあり、研修をしながら、自分の作業も進める予定です。

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2016-06-24 00:34:59

面倒や負担を引き受ける

テーマ:主義・主張

二日間の大きな研修が何とか無事に終了しました。


さすがに、余力がなく、ブログはパスしました。


今年度はピンチヒッター事務局の仕事を引き受けているわけですが、まずは第1の山場である相談支援従事者研修の基礎研修前期講義の二日間でした。


受講者が400名という規模もあるのですが、メイン会場から5か所同時でインターネットの生中継をするという全く新しい試みがあったこともあります。


組織としてはこれまでも実施してきた仕事ですが、私は研修の一部を手伝ったことはあるものの、全体の運営は初めてです。


初めてのことは、準備をしている段階でも順調なのかどうなのかという判断基準もなく、ぎりぎりまで「今、こんなことやってるなよ?!」と自分で突っ込みを入れたくなるような進み具合でした。


ただ、いろいろな人たちの協力もあり、おおむね無事に終えることができました。


インターネット配信については、FFPの若者たちが手伝ってくれ、講師の方たちがパワーポイントを流すのに合わせながら、配信用のパソコン画面を操作し、多少のカメラワークや会場運営などの全般も手伝ってくれ、大活躍でした。


このインターネット配信が私にとってもかなりのドキドキでした。


何せ、生中継ですから、通信トラブルがあれば運営が止まります。


事前に何度か中継先とテストをしたのですが、うまくいかないこともたびたびあり、丸二日間は大丈夫か?!ということもありましたが、一部、不具合が短時間起こることはあったものの、運営に影響がでるほどのこともなく、進めることができました。


それにしても、デジタルな世界があまり得意とは言えない自分がインターネットの配信で研修をするとは少し客観的に振り返ると、不思議です。


そのちょっと不思議とも思えることを力を入れてやった背景にあるのは「地方の負担を減らしたい」ということでした。


自分自身がずっと釧路という北海道の東の端の方にいて仕事をしていたとき、研修や会議というといつも札幌が当たり前でした。


今回のような2日間、3日間という研修が札幌であり、その間は現場や家を離れ、泊りがけで研修に行かなくてはなりません。


地方の方が人手も厳しいし、事業をやる上でもハンディキャップがある中で、研修に行くのに泊りがけで職場を抜けていかなくてはならないなんてなんと不公平なんだ!と思っていました。


しかも、私の場合には長女の介護もあるので、子育て中の人や家で介護を抱えている人などは、日帰りの参加ならできても、泊りがけで参加となると負担が大きくなります。


それが、いつも地方の人の方が負担を強いられ、札幌にいる人はお金も時間もかけずに参加できることは同じ北海道という条件なのにおかしいと思っていました。


そんな思いがあり、この仕事を引き受けた際には「地方の人の負担を減らす」ことは自分の中では大きな目標で、今回の慣れないくせにインターネット配信するという方法へつながっています。


今回の研修は昨日、今日と行った前期の講義のあとに後期の演習3日間というのがあり、こちらは札幌で3回のほか、釧路、旭川で行うのですが、その調整の際にも地方の不平等を実感しました。


400名の受講生が5回の後期日程に分散するのですが、申し込みの際に希望をとって調整します。


今回の地方開催は釧路という離れたところであることもあり、釧路の希望者が定員よりも少なく、結局、希望が札幌に集中しました。


そこで、いろいろな基準をもって札幌を希望した人でも釧路の会場に振り分けざるを得ない人たちがいたのですが、その結果の反応の多くが「釧路まで研修を受けに行くなんて、信じられない」というもの。


もともと札幌の人たちにとってはその反応は当然ですが、ちょっと考えてもらいたいのは、「地方の人たちはいつもそれが当たり前なのですよ」ということです。


反対だったら、「信じられない」ということを地方の人たちは当たり前に負担を強いられているということを逆の人は想像することはできないのです。


こうやって、多数派(マジョリティ)の意見や感覚が当たり前になり、マイノリティは想像の外になり、悪気なく排除されていくんだろうなぁと実感したのです。


受講生の中には「たまには家や職場から離れて研修で札幌に行くのも楽しみだよ」と思っている人もいるとは思いますが、余裕のない職場や家で子育てや介護がある場合にはそれをフォローしてくれる人や体制がない弱い立場の人ほど、参加しにくくなることは配慮しないといけないと思うのです。


立場の弱いものにできるだけ配慮する、負担を減らそうと思うと、運営する側にはコストや負担はかかります。


今回も実際には、会場を複数確保し、インターネットの配信のために札幌のメイン会場もかなりお金をかけましたし、機材などの環境も準備をして、さらには人手をかけて、神経もかなり使いました。


運営する側にはほぼメリットはありません。


ちょうど、今回の研修の最初の講義で「社会モデル」についての話で講師の先生が話していたことを思い出しました。


社会モデルで考えたときに障がい者が生きづらいのは障がい者自身の問題ではなく、社会に原因があるのだということで、障がいがあってもそれがハンディにならないような環境づくりをしましょうということが基本的な概念になります。


しかし、そう考えたときに私たちが抱く当たり前の感情、感覚として「それって、ちょっと面倒だよね。負担だよね」ってものがあるだろうと。


その「面倒だな、負担だな」という気持ちや実際の負担を引き受けることが社会モデルの前提になるんだという話があり、なるほどと思いました。


地方へ配慮するということのまさにそういうことです。


つまり、多数派ではない人たち、特に社会的に弱い立場の人たちに配慮するということは多数派が何かしらの負担を引き受けることを意味します。


実際にある種の負担は必須なのです。


ある種の負担というのは、おそらくお金だったり、手間だったり、時間だったり、つまりは物理的なコストという意味です。


社会保障とか福祉とか、社会制度というのはそういう人の支えあいを仕組みとして公的に備えて、作られています。


おそらく、日本社会も社会保障などを備えて、立場の弱いものを放置したり、見殺しにしないような制度を持っている国です。


一方ではそうした仕組みを人々がどう思うか、認識するかはまた別の問題なのだろうと思います。


一部の人たちのために、自分が享受できるはずのメリットを譲るとか、ちょっと我慢をするとかそうしたことへの意味や主体性が薄れてしまったときには社会の仕組み(ハードどいってもいいですね)を運営する人間の心のありよう(つまりソフトといってもいいかもしれません)がついていかないということが起こります。


今の社会はおそらく、そのあたりの難しさがあるのではないかと感じています。


どんな人たちも、特に放置されると不利益が生じてしまうような状況をいかに想像し、自分のことや身近なことに置き換えて考えて、ちょっとずつ負担しあえるかがとても重要だと思います。


公的なお金が潤沢にあったり、全体に余力があるような状況から少しずつ人々の生活が厳しい中ではなおさら、心のありようが厳しくなります。


格差社会と呼ばれるような状況になると厳しい人同士でシビアな排除が始まることもありますし、格差によって離れた人たちはお互いを想像するのが難しくなることもあります。


障がい者の問題はいわゆる社会的弱者の問題だけではなく、さまざまな不平等や不公平を社会的に考えていくことの一部であり、それは地方にいる人たちが都会の人が負わなくてもいい負担を負って参加していることとつながっていると私は思っています。


また、それは女性だけが妊娠、出産を引き受けることへのハンディとも重なります。


女性だけに負担がある以上、その負担を当たり前ととらえるのではなく、その負担を補い、埋め合わせをするだけの配慮がないのはおかしいのですが、実際には負担を強いられるうえに、それゆえに起こる更なる差別や不利益が生じることもあります。


まさに、私たちの今の社会は「ちょっと面倒なこと」「ちょっと負担なこと」をどうやって想像し、理解し、分け合えるのかという問題を突きつけられているのだと思います。


今回の研修でほかにもいろいろなことを感じたり、気づいたりしましたが、振り返ってみるとこのあたりが一番考えさせられたことでした。


さて、まだまだいろいろと書きたいこともありますが、疲労感とともに実際の寝不足もあり、このあたりでやめておきます。


この二日間、運営に協力していただいた人たちに心からお礼を伝えたいと思います。


ありがとうございました。お疲れ様でした。

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2016-06-21 00:10:30

やるべきことは

テーマ:ブログ

朝一番のJRで札幌に戻ってきました。


実は今回の帰りの時間はぎりぎりまで悩んで、始発を選択。


基本、日中に長時間の移動は時間がもったいないので、したくない。


効率を考えると寝ているうちにつくのが最もいいのですが、布団で寝ないとさすがに疲労に跳ね返ります。


今週は大きな研修が22、23日に控えていて、それに向けて結構な準備もあり、なおかつ初めての試みで道内4か所にインターネット中継を行うため、初めてだらけのこの試みがちゃんとできるのか?!とさすがに緊張感。


だから、体力と精神力は温存したいこともあり、布団で寝てから移動することにしたのです。


金曜日に頑張って仕事をしたおかげで、今日は午後からでもよさそうな感じだったのですが、やはり少しでも早くに行って確認したいこともあったので、席も空いている始発が時間的にはいいだろうと。


もう一つの悩む条件は長女の朝の介護。


朝、ベッドから起こしてトイレに連れて行き、着替えをして座位保持に座るところまでが結構体力を使うので、それを終わらせてから行こうと思いました。


始発は6時26分に釧路駅発。


家を6時には出なくてはいけませんが、長女はいつも5時過ぎから5時半には起きているので大丈夫だろうと思っていたら、今日に限って6時が近づいてもすーすーを気持ちよく眠っていました。


せっかく、少しでも家庭に貢献しようと思っていたのですが、目論見は外れてしまいました。


生活全体の介護が必要な長女と暮らしていると、それが当たり前になりますが、家で朝に自分のペースで起きて自分のことだけをすればよい生活というのはありません。


今は札幌にいるときは一人ですし、出張でホテルなどに泊まることはありますが、それは仕事があってのことですから、朝、自分のペースということにはなりません。


それを考えると、休みに自分だけの時間で自分のペースで起きるような朝というものは長女がお腹にいたぐらいまでさかのぼるのかも?!


今年は特に平日は札幌でピンチヒッターの仕事を引き受け、週末は釧路のNPOの運営の手伝いを覚悟してやることを決めてしまったので、つまりはそれは休みなく働くということを意味しています。


時々、ふと「こんなに一生懸命、何やってんだろう」:と思うこともありますが、与えられたものや必要性にはめっぽう弱いので、自分にとっても何か意味があるのだろうと思ってまずはもくもくと目の前のことに取り組もうと思っています。

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