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2016-05-30 00:04:41

運営の場づくり

テーマ:場づくり

いろいろと追われていて、ブログをお休みしていた週末。


今日はネットワークサロンの総会が行われました。


ちょっと前から「これは、本気で法人運営を手伝わないとやばい」と思い、覚悟をして手伝い始めていましたが、ばあちゃんが亡くなったり、書籍の原稿に追われていたりして、チェックがちょっと後手に回った結果、総会資料の確認作業がしっかりできませんでした(苦笑)。


誰かの仕事を後方支援するってけっこう難しいのですよ。


気持ちは、「言われなくてもやってくれ」と思うけど、言わないと進まないこともよくあるし、その葛藤がいつもあります。


普通、子育てでも「勉強しなさいって言わなくてやってくれればいいけど、言わないとやらないし」と悩むお母さんもいるかもしれませんが、私の場合は子育てにその葛藤は全くありませんでした。


というのも、子どもが勉強しなくても私には全く関係なく、100%子どもの問題なので、ぜんぜ~ん気にならないし、責任を負う必要がありません。(多くの親は気にするようですが、私の場合にはまったく気にならん)


でも、法人運営は私は理事であり、事務局顧問という責任があるので、「言わないで様子を見よう」「自主性を重んじて」というのも現実的に限界があります。


かといって、あまりに「あれをやって」「これもやって」と指示をしているとそれこそ自主性を阻むのでいつもそのバランスに苦しくなるのです。


これは事務局代表の現場を離れた2008年から続いている葛藤で、すでに8年もグダグダを私の中で一人勝手に悩んでいるテーマなのです。


今日、総会で今年は役員改選の年だったので、一人設立当初から理事をしてくれていたS谷さんが退任したことにより、気が付くと、設立当初からいる役員は私一人になりました。


同じところにとどまったり、誰かにあてにされたり、人よりも権限を持ったりすることが心から好きじゃない私は気持ちとしては「そろそろ、私もお役御免で」と思うのですが、なかなかうまくひくことができずにいます。


これも、自分がいたときに組織を大きくしてしまった責任があるのて、無責任に逃れることができないのはわかっています。


今年はこれまでより継続的にがっちりと、運営のスーパーバイズをして現場の運営力のアップと体制づくりを行います。


結局、今までは自分がいつまでも運営を手伝っているのなんて、かっこ悪いよなと思う気持ちがあって、結果として中途半端になっていたのです。


要するに中途半端は意味がないから、必要な分だけやれということです。


敵はいつでも、私の中の「いつまでも自分がこんなことするのはどうか?」という悪魔のささやきだけです(苦笑)。


悪魔はいつでもささやいていますが、負けないように頑張ります…


さて、明日は釧路で原稿執筆をしてから、夜に札幌に移動します。

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2016-05-27 04:44:29

原稿と格闘

テーマ:ブログ

ホテルにこもって原稿を書いています。


と、かっこよく言いたいのですが、なかなか進まない現実。


研修が終わってから4~5時間集中したら頭が重くなってきたので、ひと眠りして早起きしました(とは言っても、予定の早起きよりも1時間遅れ苦笑)。


まだ、あまり頭が起床していないですが、書き進めよう。


それにしても、次々と本を書ける人ってどういう神経の持ち主なんだろうか。


私は文章を書くこと自体はそれほど苦ではないのですが、「本当にこれでいいのか?」と納得いく表現や内容にたどり着くのがなかなか難しいのです。


少し、頭が覚めてきました。



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2016-05-26 01:57:39

マンゴーエピソード

テーマ:ファミリー

祖母の葬儀が終わり、夜に東京に移動してきました。


もともと小柄な祖母でしたが、最後は入院して点滴でしばらく過ごしていたため、小さく細くなり、あっという間に骨になりました。


大阪で暮らす妹が葬儀には来れない(生きているうちに祖母に「来なくていい」と話がついていたらしい)ので、弔電を送り、それを聞きながら祖母との思い出をいろいろ思い出しました。


妹の弔電にもありましたが、孫たちで「そうそう」と盛り上がったのは、祖母の好奇心、向学心の高さです。


大正10年に農家に生まれた祖母は自分が満足に教育を受けていないことをけっこう気にしていました。


でも、何歳になっても「何かを知りたい」という気持ちが強く、私たち孫が高校生ぐらいのころに遊びに行くと、わからないことを何でも教えてほしいと質問してきて、説明するとわかるまで聞き、そしてチラシの裏にそれを書き、あちこちに貼って、繰り返し読んだり、確認したりしていたのです。


私はローマ字のあいうえお表を作ってあげたっけ(笑)。


いくつになっても、学びたい気持ちがあるばあちゃんってすごいなぁと思います。


私の一番の思い出は高校生の頃にひざのけがで入院したお見舞いにマンゴーをひと箱くれたことです!


祖母の家は青果店だったので、遊びに行くといつも果物三昧で、珍しい果物もよく食べさせてもらっていたのです。


高校生の私は確か入院する前に初めてマンゴーを食べて「こんなおいしいものはない!」といたく感動したことから、入院時にばあちゃんがくれたと記憶しています。


それにしても、ひと箱にはびっくりして、でもとっても嬉しくて、でも、一人じゃとても食べきれないので、お見舞いに来た人や同じ部屋の人たちに配りまくってもたくさん食べれました。


私にとっては、言いたいことをはっきり言う、正直で人間らしいばあちゃんでした。


10年前に病気で倒れたことを機に新しい家を建てて、同居することになったのですが、ばあちゃんと同居することになったからこそ、家を新しくしようとする機会になったのです。


おかげで、長女の介護も楽になったし、4世代で暮らすことで私だけではなく、家族の生活世界が随分と広がったと思います。


やっぱり、いろいろな人たちと生活できる機会は人の学習機会を増やしてくれることを体験をもって知ることができたばあちゃんとの10年の生活だったと思っています。


久しぶりにいとこにもあったりして、ちょっとファミリー感が増した2日間でした。


一方、予定外のこの2日間はもろもろの仕事を圧迫し、この先を考えると、心中穏やかじゃないところでもあります(苦笑)。


明日から、一気に挽回しよう(するしかない)


まず明日は、相談支援従事者養成研修の2日目からに合流します。



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2016-05-24 23:14:56

生きること 死ぬこと

テーマ:ファミリー

今日は東京に行く予定でしたが、昨夜未明に95歳の祖母が亡くなり、急きょ、出張の予定を一日遅らせました。


ちょうど1年前に特養から病院へ移り、生命力が少しずつ少なくなり、今月初めぐらいから「今月中ぐらいですね」と言われていたのですが、お医者さんの言う通り、昨日の夜中に静かに息を引き取りました。


ちょうど、私も釧路にいて、夜中に起きてテニスの全仏オープンを見ようとしていたところに病院から電話が来て、母を連れて夜中に駆け付けたのですが、到着よりも少し早くに亡くなっていました。


95歳の大往生なので、悲しいというよりも、「これで、ようやく楽になったね。お疲れ様」という感じでした。


すでに、意識もほとんどなく、入院してからすぐに導尿や経管栄養などの状態になり、生きている楽しみを経験するような状況ではありませんでした。


生きているというより、生かされているという感じです。


医療の発展が私たちに恩恵をもたらすと同時に裏側も間違いなくあるなぁと、数年前に父方の祖父母がなくなった際の最後の方を見ていても同じように考えさせられました。


新聞にも出さず、身近な人たちだけの小さな葬儀で、仕切る人たちが私の母をはじめとしてそれこそすでに高齢の顔ぶれなので、できるだけ早くに済ませようと、急いで段取りをして今日の夜にお通夜となりました。


小さな身内のお通夜ということで、長女も連れて行くことにしました。


長女に関して、心配だったのは高校卒業時にイージーオーダーで作った黒いジャケットが着れるかどうか。


作った時には今より10キロぐらい軽い、30キロぐらいしかなかったはずです。


当時はこれ以上、大幅に大きくなることはないよねと言っていたのですが、そこからここまで大きくなるとは本当に思いませんでした。


何とか、無事に着れたので、小さなお通夜に参列。


音楽も持たずに、ただし文句を言い出した時の退場介助のために、瞳は一緒に行ってもらいました。


最初は神妙&眠そうで静かにしていて、その静かに参列する姿がなかなか様になっています。


次第に、足をパタパタさせてちょっとイライラしている感じもありましたが、まだ文句を言わずにときどき私の顔を見ます。


その様子に「やるじゃん」と思って、顔を見たときにうなづきながら「なかなか、いいね~」的なメッセージを小声で伝えたところ、長女の我慢の糸がプチンと切れたらしく、「ん~!」と不満そうな声を上げ始めました。


しまった、失敗したと思ったけど遅かった(苦笑)。


声をかけたことで、自分の気持ちを聞いてくれる、伝えたいモードのスイッチが入ってしまったらしく、その後に声掛けで修正しても戻らず、場外へと退場となりました。


それでも、前に行って焼香もしたし、お通夜の後の親族の交流にの顔を出してきたし、それなりの参加はできたように思います。


明日は告別式と出棺、火葬となります。


長女は今日よりも長時間になることもありますし、今日、お参りしたので、いつも通り通所施設に行き、私と次女、末っ子は参列してくる予定です。


今回、東京の国の研修3日間とぶつかったため、このタイミングでは厳しいかな?と思ったのですが、事情を説明することで、一日遅れでの参加がOKとなって、思いがけず、家に居られてよかったです。


自分自身が参列することにそれほどの意義はないのですが、家族が忙しくなると家のことが回らなくなり、それを補う役としてや、もろもろの雑用役としてそれなりに役に立ったようです。


つくづく、家族総出の事態になると長女がいることで制約がかかることを痛感します。


でも、普段からヘルパーで来てくれているひとみも助けてくれるし、家族も多いので、まだまだ何とかなりますが、これが母子家庭で一人で担っているとなると本当に大変だろうと思うのでした。


いつも、人の死に触れるたびに思うのは「私もいつか死ぬんだよなぁ」ということです。


いつか死んでしまうのだから、そんなに必死になったり、一生懸命になるなんてばからしいとも思えるし、いつかは死んでしまうのだから、後悔しない人生を送りたいとも思います。


その両者は矛盾するのか、しないのか、それとも裏と表の関係なのか、味方の違いでどうにでもとれるのか、人が生きて、死んでいくこと。


本当に不思議なものです。

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2016-05-23 23:34:14

自然体の生き方

テーマ:主義・主張

遠軽での仕事を終えて、釧路に戻ってきました。


いつもなら長く感じそうなドライブですが、若者たちや一緒に来た釧路のスタッフとしゃべったり、しりとりをしたりしながらで、けっこうあっという間に到着しました。


でも、しゃべるのに夢中になったり、しりとりのネタを考え過ぎて、道を間違えそうになったりしました(苦笑 それには関係なく、昨日は道を実際に間違ったんですけどね)。


今日の仕事は相談支援従事者研修で事例検討の事例として協力してもらう当事者の方への取材。


初めましてで、お話を聞かせてもらい、ビデオ撮影をしました。


感想は一言、「かなり、面白かった」


というのも、その当事者の方がめちゃくちゃいい人だし、自然にその人らしく生きている人だし、ものすごく人間らしいというのかな、味のある人だったからです。


同年代(ちょっと上かな?)の男性なのですが、実に多趣味だし、一般的な不自由な価値観や常識的な発想に関係なく、人生を等身大で送っている感じがしました。


「ものすごく幸せです」ということでもなく、かといって「大変だ」ということでもなく、淡々とでもその日常の中に自分のスタイルを蓄積し、地に足の着いた生き方をしている姿を垣間に「当たり前って何だろう?」とまた考えさせられました。


長屋スタイルの古い町営住宅を訪れたのですが、すぐそばに墓場があり、猫が何匹も通り、ちらほらと高齢の人影が畑仕事をしたり、あいさつを交わすその雰囲気はまるで時間がとまったような空間でした。


夜遅くまで働いたり、難しいことを考えたり、人間関係に心を砕いたり、些細な立場や肩書についてくる責任に追われたり、そんな日常が自分にとって当たり前になり、それが自分の役割だと思いながらも、それとは別の生き方をしている人を目の当たりにして、「じゃあ、どっちが幸せか?」と考えたときにそんな比較も、正解もないだろうと思うのです。


一般的な価値観や評価でいくと、障がいはあるよりないほうがいいと思われ、能力は高い方がいいと思われ、地位や名誉や肩書も高い方がすぐれているとされ、お金や仕事もないよりある方がいいと思われています。


若者たちと一緒に活動をしていても、しばしば私のことをすごいとか、うらやましいとか、言われることがありますが、本当にそうなんだろうか?と本気でいつも思います。


まぁ、こういうことを言うこと自体、「何でもできて、それなりに評価も受けて、生活に困っていない人が何、のんきなことを言っているんだ」と言われそうだということもわかっていますが、だからこそあえてこの疑問を表明しておきたいと思うのでした。


この疑問は私が学校に行っているころから抱き続けているもので、「人の価値が能力で決まる社会なんて嫌だ、そんなところで私は生きたくない」という叫びなのですが、自分が客観的に能力が高い側の人間であるからこそ、本気にされない、疑問視される叫びでした。


でも、それが重度の障がいがある長女の存在によって、その自分の叫びがきれいごとでも何でもなく、自分の中心部分から発せられることはおそらく99パーセントは証明済みです。


でも、やっぱり自分自身の当事者性という部分では「そうはいっても、あんたは違うだろう」という疑念が自分の中でも1パーセントはあるような気がして、自分の中に葛藤をもたらします。


まぁ、その葛藤をエネルギーにして生きている感じもしますから、何も邪険にするつもりもないのですが、厄介であることも確かです。


そもそも、そんなに物事を難しく考えるからだろうと突っ込まれそうだ(苦笑)。


そう考えると、今日出会った当事者の方も日常に根差した生き方で自然体だし、私自身もこんなことをあれこれ考えながら追われている生き方も自然体なのかもしれないですね。


とりあえず、今日のところはそういうことにしおこう。


明日は夜に東京に移動し、明後日から研修実施のための国の養成研修に行ってきます。

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