海上保安庁の巡視船と中国漁船の衝突事件以後、中国の横暴が明らかに見えるようになったのは私だけだろうか。

 
 それまでは中国を日本の文化文明の元祖的信頼で見ていたのは私だけだろうか。

 
その中国の反日感情は第二次世界大戦までの歴史的な背景で生まれたもので、ある程度仕方ないと思っていたのは私だけだろうか。


 親中国的な感情が間違いだったと改めて思うのは私だけだろうか。


 そして、日本の海上保安庁の巡視船と中国漁船の衝突事件は潜在的な反日感情を利用しての中国政府演出の日本パッシングと、改めて考えるのは私だけだろうか。


 あの衝突事件は明らかに誘発的な事件であったと思うのは私だけだろうか。



 経済大国軍事大国の横暴がありとあらゆる手段を用いて、領土拡大を模索する現在的でないやり方にうんざりするのは私だけだろうか。 


 他国の領土に入り込んで領有権を主張する中国の横暴さ同様に、ノーベル賞にも圧力をかける中国の横暴さには世界が呆れるだろう。




 
 中国の横暴さは日米安全保障条約の必要性を日本国民に再確認させ、米軍基地撤去を訴える沖縄の世論を封じ込める力となった。ノーベル平和賞への圧力は、日本へのいいがかり以上に世界に衝撃を与えるかも知れない。世界の大国になった中国は今や世界の厄介者になりつつある。北京オリンピックから上海万博と世界の話題は中国にあったが、世界はそんな中国を冷ややかに見る。でも、経済は別との思いもあるし、中国政府の思いと、多くの中国人の思いは別だと思う。日本に押し寄せる中国人観光客や経済人は、別の思いだろうと思う。反日の騒ぎは、ごく一部の人間であり、極端に言えば中国政府機関の一部が準備している感じさせする。たとえば、釈放された漁船の船長は、漁民ではないと思うし、あの凱旋帰国の模様は尋常ではない。そんな中国と向き合う日本だ。通り一遍当の強気の外交とか、中国とのパイプとか、そんなものでは付き合えない奇妙な国が中国だ。


 ノーベル平和賞が反政府活動家に贈られることは、中国政府には都合が悪いに決まっているが、それでも、圧力は大きな意味がありそうだ。経済大国とか軍事大国とか関係ない出鱈目さだ。


 ノーベル平和賞候補になっている民主活動家は劉暁波さんだという。現在服役中の反政府活動家へのノーベル平和賞は反政府活動を正当化すると考える中国の圧力だ。人権意識がははなはだ低い中国への警告のようで中国政府は納得できないのだろう。経済大国になり、軍事大国になった中国のアキレス腱だ。

 
 釈放され、チャーター機で凱旋帰国の漁船船長のVサインと、ノーベル平和賞受賞の可能性のある活動家の服役姿が重なる不思議な中国は凄い国である。