那智勝浦町災害ボランテイア・ベース「和」(なごみ)に参加して-11
台風12号の豪雨災害から5ヶ月が過ぎて、
街の風景も日々変化し、
日本有数の観光地那智山への観光客も、
元の水準に戻ることはなくても、
ある程度の、復活はあるのかなと、
思いたいが、ある程度の水準へも、
達することはない。
ボランテイアに参加している私は、
日々、復旧もままならない現場を見ているわけで、
日々、変化していく風景の中にも入らない、
そんな地域も、そんな場所も、そんな屋敷も、
そんな浜も、そんな畑も、そんな田んぼも、
見ているわけで、
自分自身が日々変わる風景に取り残されている感じだ。
ボランテイアに参加しながら、
私の関心はもっぱら、
ボランテイアに参加する、
ほかの人たちの心の風景だ。
ボランテイア作業は山があるから、
登る的な思いで険しい道も覚悟で登るように、
どんな作業も苦にもしない私の関心はメンバーの心模様だ。
感心はメンバーの心模様だが、
楽しみや、喜びは、ばあちゃん達のと語らいだ。
被災されて一人でがんばっているばあちゃん達との、
たわいない話が、
とてつもない物語へと、
大河ドラマ的な展開をするかのように進むのは、
創造的であり回顧的ではないと、私は思う。
すべての話が昔話であっても、
語られる先には未来がある。
短くても壮大な未来がある。
女性の凄さを感じながらのばあちゃん達との、
語らいが、ボランテイアメンバーの心の風景への感心と、
同じ比重で私のエネルギーとなっている。
ボランテイア・ベース「和」(なごみ)に参加するエネルギーだ。
街の風景も日々変化し、
日本有数の観光地那智山への観光客も、
元の水準に戻ることはなくても、
ある程度の、復活はあるのかなと、
思いたいが、ある程度の水準へも、
達することはない。
ボランテイアに参加している私は、
日々、復旧もままならない現場を見ているわけで、
日々、変化していく風景の中にも入らない、
そんな地域も、そんな場所も、そんな屋敷も、
そんな浜も、そんな畑も、そんな田んぼも、
見ているわけで、
自分自身が日々変わる風景に取り残されている感じだ。
ボランテイアに参加しながら、
私の関心はもっぱら、
ボランテイアに参加する、
ほかの人たちの心の風景だ。
ボランテイア作業は山があるから、
登る的な思いで険しい道も覚悟で登るように、
どんな作業も苦にもしない私の関心はメンバーの心模様だ。
感心はメンバーの心模様だが、
楽しみや、喜びは、ばあちゃん達のと語らいだ。
被災されて一人でがんばっているばあちゃん達との、
たわいない話が、
とてつもない物語へと、
大河ドラマ的な展開をするかのように進むのは、
創造的であり回顧的ではないと、私は思う。
すべての話が昔話であっても、
語られる先には未来がある。
短くても壮大な未来がある。
女性の凄さを感じながらのばあちゃん達との、
語らいが、ボランテイアメンバーの心の風景への感心と、
同じ比重で私のエネルギーとなっている。
ボランテイア・ベース「和」(なごみ)に参加するエネルギーだ。





