叙情詩的半夢人の世界




           



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那智勝浦町災害ボランテイア・ベース「和」(なごみ)に参加して-11

2012-02-14 07:43:47 posted by n-masakazu Theme: 国際
台風12号の豪雨災害から5ヶ月が過ぎて、
街の風景も日々変化し、
日本有数の観光地那智山への観光客も、
元の水準に戻ることはなくても、
ある程度の、復活はあるのかなと、
思いたいが、ある程度の水準へも、
達することはない。


ボランテイアに参加している私は、
日々、復旧もままならない現場を見ているわけで、
日々、変化していく風景の中にも入らない、
そんな地域も、そんな場所も、そんな屋敷も、
そんな浜も、そんな畑も、そんな田んぼも、
見ているわけで、
自分自身が日々変わる風景に取り残されている感じだ。



ボランテイアに参加しながら、
私の関心はもっぱら、
ボランテイアに参加する、
ほかの人たちの心の風景だ。
ボランテイア作業は山があるから、
登る的な思いで険しい道も覚悟で登るように、
どんな作業も苦にもしない私の関心はメンバーの心模様だ。



感心はメンバーの心模様だが、
楽しみや、喜びは、ばあちゃん達のと語らいだ。
被災されて一人でがんばっているばあちゃん達との、
たわいない話が、
とてつもない物語へと、
大河ドラマ的な展開をするかのように進むのは、
創造的であり回顧的ではないと、私は思う。



すべての話が昔話であっても、
語られる先には未来がある。
短くても壮大な未来がある。
女性の凄さを感じながらのばあちゃん達との、
語らいが、ボランテイアメンバーの心の風景への感心と、
同じ比重で私のエネルギーとなっている。
ボランテイア・ベース「和」(なごみ)に参加するエネルギーだ。


那智勝浦ボランテイア・ベース「和」(なごみ)に参加して-2月12日

2012-02-12 23:07:34 posted by n-masakazu Theme: 日記的に
那智勝浦ボランテイア・ベース「和」(なごみ)から、熊野市大泊海岸の流木処理に参加したのは昨日土曜日のことだ。熊野市は私にとっては、地元同然の土地だ。去年の3月27日までは、いや、引越し日の3月28日までは住んでいた。また、その後も、毎週日曜日には、熊野に行くから地元同然というより地元だ。だから、すべての風景が、その中で生活している感覚になるのは当然だ。


親しかった人たちも大泊海岸近くに住んでいる。親しかったというのは、熊野に住んでいた時から、様々な要素が重なり、疎遠疎通となっていた人たちだ。そんな人たちの安否を確かめると、一人が寝たきりで、一人が入院中とあっては、何となく気も滅入る。それでも、ボランテイアの受付が終わり、流木撤去作業の段取りが始まると、気持ちが砂浜の流木へと飛んでいく。



台風12号から、5ヶ月が過ぎて、熊野灘に面する海岸線は流木がそのまま残っている。いや、そのままではなく、流木拾い、流木撤去作業は、様々な形で繰り返されてきたが、それでも、いまなお、海岸線の風景に占める流木の割合は大き過ぎると表現を変えるが、兎に角、流木だらけの海岸線が紀南の海岸線だ。特に目立つのは大泊海岸などの砂浜だ。岩場に打ち上げられた流木は、仕方ないと思うが、砂浜は何とかして欲しいと思うのは人情だ。流木の砂浜に佇み、海水浴の子供たちの姿や、ビーチパラソルなどが並ぶ風景を想像することは出来ない。



70人のボランテイアが、東は埼玉、西は兵庫県の豊岡から集まった。「和」(なごみ)からの参加メンバーは6人だ。男子は大将のマルさんに、このボランテイアの案内人であるタニやん、そして私の3人で、女子はというと、美しく逞しく若いショーたんに、ボランテイア中学生のミューちゃんにエリカちゃんの3人だ。それに、午後から参加のボランテイアの権化的髭男、ミスター・トム(トム吉)と合わせて7人ということになる。


70人のボランテイアが、それほど大きくない大泊海岸で作業する風景は、壮大な絵巻だ。被災地ではそれほどの数でもないと思われるボランテイア70人の作業風景、大泊海岸では、砂浜のキャンバスに描かれる絵のような風景に違いないと思いながら、私は砂浜で下りる階段の中ほどで、しばし、佇み感慨にふけったりした。



ボランテイアの中で、とりわけ印象的だったのは、二人の女児連れの若い夫婦。その家族と同じグループになった幸せをかみ締めたのは、夫婦が小さなテントをいち早くセットし、歩き始めたばかりの女の子なつきちゃんがテントの中に隠れ、お姉ちゃんが、人見知り気味の妹を気遣って、言葉巧みにテントから出るように促している風景を見た時だ。そんな、幼い姉妹の様子を伺いながら作業説明を聞いた。




さて、私の作業は、一日中チェーンソーでの丸太切りで、腕が少々しびれ気味だった。でも、昼食時に、幼い姉妹で話し込んで時を忘れ、休憩時には、彼女たちの姿を求めて、浜を見渡し、また、流木やボランテイアの波を掻き分けるように歩き回り、ボランテイアの誰かと話したりしている姉妹を探しあてた時、私の心の中では、嬉しさで不思議な音色を奏でていた。そして私は、幼子の持つ力と魅力を改めて感じる日でもあった。


70人のボランテイアの作業で、目的の何分の一かは終わったというが、さて、何分の一かは私には判断できない、砂浜の流木撤去、流木拾いは、今日の日曜日で終わるかもしれないが、岩場とか、宮川河口周辺や、磯崎海岸や、鬼が城の下辺りまでの流木などを考えると、さて、何日で終わるか?。


今日は約40人のボランテイアが、大泊海岸で作業をしていた。本当にご苦労さんです。

補遺とニー・ヒューストンの死に思う

2012-02-12 21:52:15 posted by n-masakazu Theme: エッセー
ホイットニー・ヒューストンが亡くなった。アメリカの休養同然というか、リタイヤしたアーチストの例に漏れず、アルコールか、麻薬などの薬物が関係しての死と私は勝手に判断する。


真実は兎も角、当局の発表は事件性はないという段階のようだが、日本の報道では、真相は藪の中の感じで、事件性はないようだ程度の報道である。


80~90年代のアメリカの代表的な歌手で、世界の歌姫と称された黒人女性歌手ホイットニー・ヒューストン、若過ぎる死は48歳だ。



報道を見ると、高級ホテルの室内ではなく、廊下で死体が発見されたという。応急手当のかいもなく、蘇生することはなく、48歳の美しい女性歌手は死んだ。



モデルから歌手へ、10代からモデル、歌手としては7曲連続の全米トップを記録した。神から選ばれし美しさと、才能に長けた女性歌手は48歳の若さで死んだ。



映画「ボディガード」、「ナイト・クイン」を歌うホイットニー・ヒューストンは美しかった。ケビン・コスナーのボデイーガードとの淡い恋が、ホイットニーをさらに美しく見せた。



輝き過ぎた女性歌手は神から選ばれし者。モデルとして活躍する美貌と、天才的な歌唱力。美し過ぎた女性歌手が、その短い生涯を閉じた。残された謎はとてつもなく大きいような気がする。



神から見捨てられたような凡人には理解不能な悩みが、彼女を第一線から遠ざけたのは、選ばれしものの神への堕落的な反抗心だと、凡人の私は胆略的に表現する。



神が与えた美と才能は開花させたが、更なる願望を神に突きつける飽くなき欲望。早熟のアーチストの、堕落的な神への抵抗と定義するホイットニー・ヒューストンの死。

田中直紀防衛大臣政治話題を一人占め

2012-02-07 20:24:06 posted by n-masakazu Theme: 政治的
 
 さて、突然だが、

  田中角栄首相は偉大な総理大臣であった。ブルトザー首相と呼ばれ、「日本列島改造論」を掲げての政治力は凄まじいものがあった。日本列島に高速道路と新幹線網を張り巡らせると豪語し、土建国家へのレールを引いた。山は壊され、海は埋められ、日本列島は改造へと進んだ。現在の日本列島の高速道路網、新幹線網の基礎を築いた大政治家である。政治力が利権となり、利権が資金を生み、金力が権力を増幅させた。首相の在位は短く、金権の言葉を生んだ田中首相は、金権で首相の座を降りた。そして、ロッキード事件で逮捕され、自民党を離党したが、その後も、闇将軍として政界に君臨し、キングメーカーの名を欲しいままにした。その田中首相は、堀の上を歩く政治家でもあり、毀誉褒貶相半ばする政治家である。その業績を認めない人はいないが、政治家としての偉大さは認めない人も多いだろう。政治家としての偉大さを、認める認めないは兎も角として、偉大な政治家であったと繰り返す。そ偉大な政治家田中角栄首相の娘がご存知田中真紀子元外相であり、その旦那が田中直紀防衛大臣である。因みに秘蔵っ子といわれるのが小沢一郎である。


 誰もが知っている田中角栄元首相のとその娘夫婦。田中真紀子元外相の口封じのための、夫の入閣などの辛らつな言葉は当然あったが、適材適所の野田首相の言葉を少しは信じた国民は、大いなる失望を味わった。今更、野田首相の適材適所の言葉を少しは信じるなどの戯言をのたまう人は少ないとは思うが、その少ない人の一人である私は、田中直紀防衛大臣が、オタク的な防衛論者だと思った。そして、自民党の石破元防衛大臣との論戦を期待していたが、それは幻となった。田中直紀防衛大臣は、オタクでもなく、防衛問題の素人で、前の大臣と同じだった。素人大臣の後がまた素人大臣では、野田政権への国民の期待は完全に消えたことになる。


 さて、素人振りが際立つ田中直紀防衛大臣の政治力はどこにあるのか。田中真紀子の旦那だけで国会議員になったのか、田中角栄の娘婿で国会議員になったののか。辛らつな言葉が飛び交うテレビの討論番組でも、少々同情的に扱っているような気がする。本人に罪はなく、任命者に罪があると、任命責任が指摘される。私は単純に、野田首相の田中真紀子封じ込めが成功した思っている。そんな、穿った見方をするのは私だけだろうか。田中真紀子の口を封じ、次は法廷が小沢一郎の力をそぎ落とせば、野田政権は長期政権となる可能性もあると思うのは、私だけだろうか。


 それにしても思うのは、民主党政権の防衛大臣の資質である。野田政権の一人目の防衛大臣は素人を強調しての大臣就任だった。二人目の田中直紀防衛大臣は、ど素人を際立たせての沖縄訪問だった。そして、現在、田中大臣は政治的話題を独り占めしている。国会は政治的論争がなされるのではなく、防衛大臣の防衛的一般知識のテストが行われている。それというのも、適材適所を強調する野田首相が哀れに思えるほどの答弁には、野党さえも同情気味だだからだ。辛口のテレビ・コメンターも、出掛かった言葉を呑み込み笑うだけで、開いた口が塞がらないようだ。


 田中直紀防衛相と、自民党の石破茂元防衛大臣の論戦はどうだったか。誰もが認める防衛問題安全保障問題のエキスパートである石破茂元防衛大臣の質問に、土素人的な現大臣は明確な答弁は出来ない。石破元防衛大臣も、攻める気にもならなくなり、解説者になったようだ。圧巻といえるかどうかは別にして、民主党議員の質問には、「極秘」文書を暴露したとか。沖縄普天間基地視察で、「意外にヘリコプターが少ないね」と、のたまった田中大臣の圧巻発言パー2である。そして、政治ニュースは、田中防衛大臣が一人占めだ。


「防衛計画の大綱」
「動的防衛力」
「基盤的防衛力構想」
「自衛隊の合憲性」

そんな防衛用語も、、、、あるにはあるが、
さて、さて、田中防衛大臣の在任期間は?。
さて、さて、野田政権の第三人目の防衛大臣は?。

「あなたもGKB47宣言!」とは、嘆かわしい。

2012-02-07 07:31:48 posted by n-masakazu Theme: 政治的
怒っている。民主党政権に怒っている。
後悔している。民主党の候補者に投票したこと。
民主党政権に失望している。発足後直に失望は始まった。
民主党政権に失望している。かといって、変わる政党もない。
日本人であることが不幸だと思わないが、
日本の政治は不幸だと、嘆きたくなるのは、
現在の多くの日本人の共通の思いだと私は思う



 怒りの前置きが必要なのは、「あなたもGKB47宣言!」のキャッチフレーズだ。



3万数千人の自殺者が13年も続く日本、
適切ではない表現をあえて使えば、
自殺大国日本ということになる。
毎年3万人以上の人間が自らの命を絶っている国が日本だ。
3万数千人の自殺者の数を現実的に理解するための目安として、
人口3万人前後の地方都市が毎年消滅することだ。
また、東日本大震災の犠牲者の数よりも遥かに多いということだ。



神の権能である。
神の意思により両親に授けられた神秘なる力が、
生命誕生の真実で、生命は神の意思が先にある。
神の意思で両親にさずけられ、
誕生した命は、
神以外には絶つことは許されない。
私の生命への思いである。



そんな私も何度も死を考えたことがある。
でも、私の死への思いは実に胆略的であり、
自殺した人々の思いからは遥かに遠いから、
安易に自殺のことを云々言うつもりはないが、
あえて言えば、あえて断言すれば、
命は神の権能であり、
本人でも命に関しては何の権利もないということである。





私たち人間は神が其の終焉の時を告げるまで生きるしかないと、断言する。



3万数千人の自殺者が続く日本の政府も、
その現実に手をこまねいているわけではない。
というわけで、
内閣府自殺対策推進室が自殺対策強化月間を設けたという。
3月が自宅対策強化月間で、そのための標語が、
「あなたもGKB47宣言!」だというから、
誰でもふざけているのかという思いになる。



テレビニュースの国会模様は参院予算委員会。
委員長は民主党の長老石井一さん。
「あなたもGKB47宣言!」の見直しをと、苦言を呈した。
テレビのまねをする子供たちのような、
内閣府というわけで、ふざけるなの思いが、
大方の国民と共通する石井一さんは、お怒りであった。
GKBは「ゲートキーパー・ベーシック」で、「47」は都道府県だとか。




でも、若者の間では「GKB」はゴキブリのことらしい。
民主党議員からの指摘に野田首相の答弁は、
「キャッチフレーズを見た瞬間、私も率直に言うと違和感を感じた」だった。
自殺対策を、
ユーモアを前面に打ち出す無神経さということになるだろう。
内閣府が、、、、である。
自殺さえユーモラスに語る民主党政権ということなるのか。
「あなたもGKB47宣言!」である。




くたばれ民主党政権と声高に言いたい私は、
民主党に投票した一人だ。
後悔はしないが、情けない思いになる。
政権交代を望み、政権交代は果たしたが、
こんな政権になるとは、夢にも思わなかった。
政権交代を望み、民主党へ投票した多くの人々同様に、
政治不信は最高潮に達している私だ。




でも、変わる政党もない。
だから、多くの人々同様に、
日本人である現実を嘆きたくなる。
被害日本大震災の復興も進まず、
多くの災害地で多くの人々が塗炭の苦しむ現実さえ、
ユーモラスに語りそうな民主党政権への、
失望感に日本の不幸を嘆く私です。



2月1日、那智勝浦町とボランテイアベース「和」(なごみ)

2012-02-01 00:28:52 posted by n-masakazu Theme: 日記的に
早いと思う。早いと誰もが思う。
誰もが、いや、殆どの人が早いと思う。
早いのは過ぎ去った歳月である。

幼い子供、少年少女、そして、
大人への第一歩を踏み出す若者は、
早く月日が流れることを望む。

ある年齢を超えると、個人差は当然があるが、
誰もが早いと思うのが、
歳月の流れだ。

光陰矢のごとしというまでもなく、
歳月は矢のように飛んでいく。
振り返る日々は早かった。




1月の最後の日から2月最初の日へと歳月の垣根を越えると、
2012年の1月が特別早いような気がする。
そんな風に、いつでも過ぎ去った年月は、特別の速さであったと感じる。


そんなに歳月の速さを感じるようになるのは、
何時ごろかと考えても、
明確に線引きなどできるわけもない。


でも、この年あたりからではないかと思い当たる年はないでもない。
もちろん、あやふやが先に立つ、
回顧録的な発想での、この年あたりだ。



と言う訳で、
特別に早く過ぎた思いになる2011年の1月が終わり、
今日からは2月である。




 3.11東日本大震災、1周年を目前に控え、それなりの復旧や復興はあったが、とりあえず、生活するだけの復旧であり復興である。復興のための多くの問題が山積しながらも、何の解決策も示されないまま、国の復興政策も遅々として進まないのが現実で、被災地の冬は、政治的な冷却装置も働いているかのように寒々とした感じである。自然の異変は大雪などの恐怖となり、容赦なく被災地と被災した人々に降りかかる。そして、福島の東京電力の原発事故で故郷を、我が家を負われた他人々には、二重三重の苦しみに、さらに、苦しみが重なる。最も苦しいのは、自分たちの意思では描けない未来があることだ。夢が描けない放射能汚染の現実だ。



和歌山県東牟婁郡那智勝浦町の台風12号の豪雨災害の地区も、復旧から復興への道を歩んでいる。復旧は終わり復興へ歩き出した。そんな印象を抱きながら、ボランテイアー活動を続けている私が見た被災地の現実は、復旧から取り残された人々が、まだ、いるということであり、多く奴婢とびとが復興へと歩みだしのは確かでも、復旧もままならいない人々もいるということだ。

 那智勝浦町ボランテイア・ベース「和」(なごみ)は、復興への手助けとともに、復旧から取り残された人々のために活動している。様々問題が立ちはだかり、復旧の妨げになっている。そんな復旧の障壁となる問題は兎も角として、被災者の心に寄り添うをモットーに、色々なプロジェクトを立ち上げている。忙しく働く婆さんに声をかける。何となく始まった世間話。その中から、とんでもない現実と知る。そして、「おばあちゃんが望むなら、そんな手助けもできますよ」と語りかける。

 4ヶ月が過ぎても、水道もなく、電気もない。そんな人々もいた。まだ、まだ、多くの災害支援が残っている。それでも、復興は確かに進む。観光の町に観光客の姿も見ることができるようになった。世界遺産熊野古道、那智大社、那智の滝、西岸渡寺、阿弥陀寺、などのある那智山。その那智山への観光道路でもある県道那智山線周辺はいまだに災害の爪あとを残すが、観光資源は無事である。日本有数のマグロの水揚げ量を誇る那智勝浦漁港では、土日祝日の、C級グルメフェアーが3月中旬まで続く。マグロ祭りは終わったが、勝浦漁港と、その周辺は、さまざまな復興イベントが盛んに行われる。



東京で雪が降った23日の朝も、色川にロックが流れた。

2012-01-24 19:35:37 posted by n-masakazu Theme: 日記的に
 日本列島を寒波が覆いつくす。もちろん沖縄には寒波の外だ。日本列島を寒波が覆いつくしたと、オーバーな表現で、この冬一番の寒さを伝えた女性アナウンサの唇が黒ずみ、吐く息は白い。23日の夜は、東京でも雪が降り、この冬初めての積雪と伝える女性アナウンサーが、雪の中で、凍えるような声で寒さを伝える。



 東京の積雪といったところで、雪は直に溶けてなくなる。温暖化の日本でと、少し大げさに言うと、温暖化の日本の、都会砂漠の東京の積雪などは、直に消えてなくなる。東京の雪など、冬のお祭り的なもので、次の朝には消えている。東京でも積雪が観測されても、白一色の雪の風景は消えて、シャーベット状の路面で車が立ち往生したり、おぼつかない足取りの歩行者を見るだけだ。



 紀南地方は、沖縄同様とは言わないが、日本列島を覆いつくす寒波から開放されたかのように、温い日だった。大寒の時期の寒波に覆われた日の温さは、地球温暖化の影響でとしか表現できない。そんな気がする。そんな温さを感じた23日月曜日、「和」(なごみ)のボランテイアー作業は、色川デーだ。ボランテイア・ベース「和」(なごみ)の色川デーである。



 海岸部で温くても、山間部は寒いのが普通だ。そんな普通の、いわゆる常識を覆すかのように、色川は海岸部同様に温い日だった。表現を変えると、昨日の色川は、海岸部並みの温さだった。作業を始めたら直に汗ばみ、服を一枚一枚と脱いでいく。休憩になって体を動かさなくなると、ひんやりとは感じても、寒さは感じない。冬の山間部色川で感じる温さかな、である。


 
 東京の雪と、紀南地方の山間部色川の温さに、何の関連性もないが、日本列島の気候の複雑さ強調したいがために、あえて並べてみる。単純に表現する気候の異常さや複雑さは、台風12号豪雨災害の地、和歌山県那智勝浦町色川地区のボランテイア作業に入った家の初老の御主人がロックファンだという現実に比べると、色あせてしまうと思っている私は表現にあくせくしている。



 色川入植者である御主人と古臭い表現で云う。確かに初老であるが、年齢不詳ともいえそうな御主人はロックファンだ。山間部の過疎の地で農業作業に従事し、養鶏場も営む男性の、目覚めと同時に山間部にロックが流れる。隣の家は谷の向こうで、隣の家とは高度も、極端言うと標高も違う山間部にロックが流れる朝を想像すると、さて、あなたは、どんな映像が頭に浮かぶだろうか。



 ロックと聞いた時には、御主人の顔がミック・ジャガーに見えた。矢沢ではなく、ミック・ジャガーだ。東京に雪が降ったなどは、山間部色川にロックが流れるのに比べると、驚くにも値しないと、ボランテイア・ベース「和」(なごみ)の活動に参加し、山間部色川で、ロックファンの初老のご主人のお宅の鳥小屋周辺の泥出しをした私は思うのである。



 くどいようだが、少々表現を変えて繰り返す。

 
 日本列島が寒波に覆われ、東京でも雪が降り積雪が観測された日、私は那智勝浦町の山間部の色川で、あるお宅の鳥小屋周辺の泥出しのボランテイアに参加し、御主人がロックファンだというのに驚いた。そして、山間部のロックファンの目覚めと同時に、ロックが山間部に流れると聞かされて驚き感動した。平家の落人伝説が色濃く残る山里にロックが流れるのだ。



 ボランテイア仲間の一人が、バッハでもなく、ベートーベンでもなく、モーツアルトでもなく、ロックですかと聞き返したことに思わず噴出した。さらにもう一人の仲間の言った、山間部には鳥羽一郎が似合いますよの諧謔的な言葉に首を振る初老のロックファンの首をかしげる風情に腹を抱えた。山里に流れるロック。悪くはないと私は思った。



東京で雪が降った日の朝も、
紀南地方山間部色川にロックが高らかに流れ、
多くの鳥の声がロックに乗る朝だったに違いない。


平家の落人伝説が色濃く残る山里色川は、
いまだに、台風12号の豪雨被害の爪あとが残る。
山肌にも、谷にも、川原にも、家々にも生々しい爪跡が残る。 





 さて、23日、雪の降った東京。一夜空けた朝の報道では、普段通りの通勤風景がテレビ画面に映し出される。前夜の雪と、何センチと報道された積雪の風景は、遠い過去の映像のような錯覚さえ覚える。シャーベット状の道路で、車は横滑り、シャーベット状の歩道で、歩行者が転ぶ。確かに前夜23日の夜は、東京に雪が降り、積雪も観測されたのだ。

ダルビッシュ・有、記者会見で見せる自信。

2012-01-21 20:29:47 posted by n-masakazu Theme: 国際
ダルビッシュ・有の大リーグ入団記者会見に思う。 



日本人大リーガーの草分けは野茂投手で、
変則投法のトルネードが大リーグに新風を送り、
イチローが、打者としての新風を送り、
松井が日本人ホームラン打者の存在を示した。
そして、ダルビッシュが、新たな風を大リーグに送ると、
台風12号の豪雨災害の地で、
遠くアメリカメキシコの別世界の出来事に思いを馳せる。




また一人、優秀な日本人投手が大リーグへと向かう。ダルビッシュの記者会見は、これまでの日本人投手の記者会見の風景とは違う。ダルビッシュの控えめな発言は、その自信を表現している。そして、大リーグの地域性と、アメリカの国民性が、無条件に歓迎する。日本でも札幌では、契約成立の号外が出るほどで、異様とも異常とも思えるダルビッシュ投手の大リーグ入団だ。送り出す側の札幌で、歓迎される大リーグ入団であるから不思議であり、ダルビッシュは凄い投手であ利、札幌市民は、ファイターズファンは優しい。



 日本人野球選手にとって夢のまた夢であった大リーグ。大リグーの球団が増えたこともあって、日本人選手の大リーガーへの門戸は広くなったのは事実だが、日本人選手のレベルが高くなったこともまた事実である。そんな流れの中でも、大リーグはやはり夢であった。夢の大リーグへの門戸を開いたのは野茂投手であり、そのトルネードだった。日本人大リーガーといえば投手であったが、イチローが野手として、打者として大リーグの記録を塗り替え、松井が続き日本の選手層の厚さを証明し、今や、猫も杓子も大リーガーの可能性を感じる時代となったと皮肉交じりのコメントを発したい。


 それにしてもダルビッシュは凄い投手である。入団記者会見模様が全米で生中継されたというから凄い。「頭が悪いから、プレッシャーは特に感じない」とは、謙遜しながらの自信の表現だ。改めて契約内容を見ると、期間は6年でサイ・ヤング賞受賞などの条件で、5年目終了後に契約解消可能な条項もついたとか。破格の契約金の話など面白くもなく、兎にも角にもダルビッシュは背番号は11で、テキサス・レインジャーズのマウンドに立つ。そして、ダルビッシュ・有の入団を歓迎するメキシコの人々に見るアメリカの国民性は、ダルビッシュ・有の父親がイラン人で、アラブの血が入っていることなども問題にしない。力ある者、優秀な人間は素直に認め歓迎するアメリカの国民性は、移民国家の国民性であり、今でもアメリカは、若者に夢を抱かせるアメリカンドリームの国だ感じさせる。



野茂が、イチローが、
松井が、松阪が、、、、
そして、ダルビッシュが、大リーグを変える。



那智勝浦町豪雨災害復旧ボランテイア・ベース「和」(なごみ)に参加してー6

2012-01-20 20:45:47 posted by n-masakazu Theme: 日記的に
 那智勝浦ボランテイアグループ「和」(なごみ)
 1月20日の作業は、畑の泥出し。


 組織には「和」は存在し得ないかもしれない。だから「和」を求める。その結果としての「和」(なごみ)かも知れないと思う事態が起きた。つまり「和」ではない、感情的対立が生み出す、混乱であり、実に些細な、実に愚かな、人間くさい対立が生み出す混乱だ。ボランテイア活動を続ける人もまた人間なら、当然感情的な対立は起きる。



 大小に関係なく、組織内混乱の原因は、主流非主流的対立の構図であり、普遍的な混乱の原因としてカリスマ的指導者の抜けた後の主導権争いが混乱を生み出す。「和」の内で起きた和らしからぬ出来事は、混乱とはいえないかも知れないが、参加する人にとっては、苦い思いのする小さな混乱だ。ボランテイア・グループ内の、主導権争いに、苦々しい思いになる。私は被災地の住民でもあるから、複雑な思いだ。混乱を招いた一人として、被災した人々に詫びたい思いであるが、幸いにも、混乱が大きくなることはないと、報告する。それは、後でわかるが、、、、。


 
 様々な形のボランテイア活動がある。そんなボランテイア活動の底辺に幅広く広がる災害ボランテイアは、被災地で被災した人々と心を一つにし活動するのだ。心を被災地の被災した人々と一つにして、その心に、希望を生み出し、勇気を生み出し、力を生み出し、忍耐を生み出すきっかけをつくり、足がかりをつくるのでなければならないだろう。ボランテイア・グループにも、組織力や資金力が必要なのも当然で、ネットワークの必要性も当然で、活動実績が作り出す情報発信力も必要である。



 那智勝浦町の豪雨災害の復旧のためのボランテイア・グループ「和」(なごみ)は、有志連合的な限定的な活動範囲の組織である。代表的な存在のいない組織であっても、中心的な存在はいた。いやいや、カリスマ的な存在として、組織を束ねた美髭将軍的な沖縄生まれのミスター・トムがいた。彼が抜けて、主力メンバーの緊張感がなくなったよな気がしたが、案の定、組織の箍が緩んだ。もう、ボランテイアを必要としないのではの声も聞こえだしては、ボランテイアベース「和」の存在理由も薄れる。



 災害発生から4ヶ月過ぎてもボランテイアの必要性は高いと、ボランテイアが必要な場所をニーズと表現すれば、ニーズは、まだまだ、多く、特に高齢者の声なき声が、ボランテイアを求めていると思っていた。それは、殆どボランテイア参加者に共通する思いであった。そして、そんな声を聞くために、一日かけて被災地を歩き回った。災害発生から4ヶ月過ぎた、これから、必要なボランテイア作業が多くあると痛感し、これからの活動方針を決めたのは、つい先日だった。



 でも救いは、活動の継続を約束されたことだ。有志の一人というか、有志グループの一つというか、石巻ボランテイアベース「絆」の助言が特効薬となった。後でわかると、前に書いた通りである。混乱消滅の特効薬があったということである。そして、私は、明日の色川デー、関西からの大学生の参加に胸躍らせている。




選考委員を辞めた石原都知事と、受賞者田中慎弥の芥川賞毒舌合戦

2012-01-20 19:40:36 posted by n-masakazu Theme: 日記的に

 久々に更新するぶろぐの話題としては、、、、?・


 芥川賞と直木賞が発表され、小説家石原慎太郎氏が芥川賞選考委員をやめた。芥川賞受賞者の田中慎弥が石原氏に挑戦的な発言をし、石原氏が軽く受け流して、生意気な若者を受け止める心の広さを示して、話題性を提供した。



受賞作がどうのこうのよりも、毒舌、皮肉合戦で、大量に生み出される芥川賞、直木賞に異を唱える結果となったのは、まさに皮肉である。





 小説家石原慎太郎氏は言わずと知れた、石原都知事だが、小説家石原慎太郎氏の呼び方が皮肉にも聞こえる。大政治家石原都知事が芥川賞の選考委員というのも、まさかの思いになることだが、芥川賞受賞者との毒舌皮肉合戦も、まさかの思いになる。


 
 芥川賞受賞者の田中慎弥という新進作家と、重々しく光る石原都知事という権威の繰り広げる毒舌と皮肉のバトルは、どちらかに軍配を上げることはできないが、刺激的で馬鹿馬鹿しくて、そして、何となく腹立たしく、心が冷え冷えとする冬的話題だ。



 二人の発言を、マスコミ報道を思い出し、思いつくままに列挙してみる。



石原発言は、

「物書きとしての緊張感を覚えさせてくれる作品はない」
「読み物としては読めたけど、ある水準には達してない」
「審査では○、△、×で採点するけど、僕は△しかつけなかった」


「ばかみたいな作品ばっかりだよ」
「自分の人生を反映したリアリティーがない」
「田中君の方(作品)は『まだマシ』だったと思う」


「飽きたから辞める」
「全然刺激にならないから」

「とてもひねくれていて、生意気でいい」
「小説家ってああいうもんだ」





芥川賞受賞者田中慎弥発言は

「賞をもらっておいてやる」
「1回目で受賞するのが一番いいんで、5回目っていうのは、間抜けです」
「4回も落っことされたあとですから、ここらで断ってやるのが礼儀といえば礼儀ですが、わたしは礼儀を知らないので」
「もし、断ったとて聞いて、気の小さい選考委員が倒れたりなんかしたら、都政が混乱しますので.」
「都知事閣下と、東京都民各位のために、もらっておいてやる」
「おじいちゃん新党を作ろうとしてる」
「新党結成にいそしんでいただければと思います」

「気持ちの変化はありません。わたしに意欲はありません」
「下関の恩師から喜びの声。それは、うそですね。わたしは教師に嫌われてましたから」

「終わりましょうよ、もう」



本当に終わってほしかった、記者会見だった。


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