■全ての始まり…
発端… 2008年8月、
私はまだプロの声優さんの実状を全く知りませんでした。
「声優さん、大変らしいよ、仕事が減って。アルバイトしてる有名声優さんもいるって」
こう私に言ったのは、親友のゲーム・プロデューサーです。
実は全てはこの言葉から始まるのですが、この時はまだ「何かをしよう」という考えには至っていませんでした。
その頃の私は「自分がすべき事とは…」と悩む日々の連続で、親友のゲーム・プロデューサーから話を聞いて1週間が経っていても
『声優さん大変って言ってたなぁ。制作本数も減ってるからだよなぁ』
とは思いましたが、そこまででした。
私はプロデュースの様な業務をずっとやってきましたから、声優さんに対しては《仕事を依頼する側・発注する側》です。
業務として必要な時だけ依頼をする立場でしたから、声優さんの現状は知る事が難しい職務でした。
そんな私が声優さんの現状を知ろうとすれば『0からのスタート』に等しい事で、動こうとすれば一般の方と同じように、ある所に電話をかけるしかありませんでした。
『有名アニメーション専門学校の横浜校』
当時の私の知識で声優さんの事を聞く先は、ここが限界でした。
そこまでして調べようと思ったのは、他にすべき事がなかったからです。
「まず目の前の疑問を知ろう」 そういう動機でした。
その専門学校に
電話をして、この私でも驚いた事がありました。
「音響制作会社って何ですか?」
アニメーション制作、中でも声優業務に関わるなら当然の「音響制作会社」という存在を、その学校の声優科主任先生が知らなかったのです。
卒業する生徒が知らないのは当然ですね。
声優にとって「音響制作会社」は仕事をくれるクライアントの様な存在、繋がりは深くあるべき先です。
目指すべき先 → 声優事務所の所属!
ある意味正しいですが、声優は業務者ですから、目指すべき先は仕事の場=現場のはずです。
「事務所の所属!」 この一点にだけ絞られた知識が、偏った目指すべき先を植え付けたのではないかと思いました。
声優になれない… 仕事が無い…
実はこんな小さな理由から始まっているのかも知れません。
そして数日後、学校の見学をさせて頂きました。
でもこれが、運命の始まりだったのです。
この日見学したのは
1年生と2年生のクラス、1年生は25名で2年生は11名でした。
見学後、この人数差を私は素朴に主任先生に質問しました。
私:「この人数差は何か理由があるのですか?」
先生:「やはり家庭の事情や進路の変更で減っていきます」
私:「金銭的な理由もあるのでしょうか?」
先生:「専門学校ですから学費は親御さんが出す事が大半です。
無関係ではありません」
事前にこの専門学校でかかる費用は調べました。年間約100万円。
そしてこの直後に、私に火をつける出来事が起こったのです!
1人の生徒が受付で、[お金がないので辞めたい」と言っているのです。
『お金が理由で夢を諦める? そんなバカな事があってたまるか!』
私が今までプロデュース的な事をして来れたのは、ウエストケープ・コーポレーション(宇宙戦艦ヤマト製作会社:当時、事務所と言っていた)に出入りをしていた果ての事です。
そのきっかけでさえ、亡くなった西崎義展プロデューサーから名刺を貰っただけの事です。
当時、高校生の私の手に500円もあれば、
『地元でコーヒー飲むなら、これを交通費にして事務所に行って、タダのコーヒー飲もう』 その程度の考えで、週3で通っただけです。
それと対照的に、ここでは「100万円が払えない」と夢を諦める生徒がいました。金額ではありません。理由が「お金」という点です。
『お金が理由で夢を諦める? そんなバカな事があってたまるか!』
わたしは私の中で何か火が付いたような、『ボッ』っという音を聞いた感じがしました。 この時からです。
「自分にも出来る事が何か必ずあるはずだ!」
そう思うようになっていました。
そして次に思った事、
「自分には作品を作る事が出来る」
その先の考えに辿り着くまでに、時間はかかりませんでした。
「そうだ!一般を対象にした作品オーディションをやろう!」
プロデュースをする以上、クオリティーの維持は作品なら絶対です。
それを崩さずみんなの夢を叶える方法、それがオーディションでした。
そこから音声ドラマ・オーディションの企画と準備が始まるのです。
オーディションの企画と準備
とは言え、一般が対象ならクオリティーの維持は難しいと考えました。
そこで審査方法を【出演者】と【指導後出演者】に分けて選出し、既に演技指導をしていた方に審査・指導をお願いしました。
そこで行なったのが、指導~審査~指導~審査を繰り返すブロードウェイ式の本格的ワークショップでした。
その後インターネットTV番組での音声ドラマ放送を決め、番組は声優志望者のバラエティ番組として先行配信が始まります。
当初、私は作品の設定/原作と放送媒体選定などのプロデュースをして、脚本は《若手の脚本家》が担当しました。この時自分で脚本を書かなかったのは、父親を見てそう思っていたからです。
私の父は売れない雑誌小説家、資料集め~執筆時間…
作業の割りに賃金は低く、決して裕福ではありませんでした。
だから私は小さい頃から
「本書きには絶対なるまい」
と思っていたからです。
それでも、私がやりたかったはずのプロデュースをしていても、なぜか 《しっくり》 は来ていませんでした。
ただ最初に出会った大プロデューサーが、「プロデューサー・ディレクター」と自称していたのを聞いて、
『作品を元から作るのは、プロデューサーという職なんだ』
と思い込んでしまったから なのかも知れません。
その後、音声ドラマは
演技指導をしていた方が作品演出として著しく拘り、台本が全く上がらないという事態が長く続きました。
結果、私は原作の作品を置き去りに、そのインターネットTV番組から引き離される事になりました。
「でも、作品があれば集まったみんなは声を当てられる」
そう思って離れ、新たなラジオドラマ番組の企画を始めるのでした。
その後《若手の脚本家》が私の原作作品を引き継いだものの結局書けず、放送する作品を変更したのだそうです。
その結果、インターネットTV番組の方向性も変更せざるを得ない状態になり、その後番組は終了…
そして私の原作作品も宙に浮いたまま…
しかしその後、新たなラジオドラマ番組で制作する為、私は原作作品を引き取りました。
この新たなラジオドラマ番組
脚本家が少なく、私も書かなければ時間が足りないという状況でした。
背に腹は代えられず、手段もなく、人もいない。
だから、そして気がつけば私は本書きに…
あれだけ避けてきた本書きに、私はなっていました。
「これが運命か…血か…」 と思わずにはいられませんでした。
ですが書き始めると、何か心地よさを覚える瞬間があったのです。
これが「作品を元から作る」という事だったのかも知れません。
しかし、ある疑問が
浮かぶようになっていました。
現在のラジオドラマ番組や以前のインターネットTV番組でオーディションを繰り返して思った事です。 その数、700名以上。
「これだけ声優になりたい子が大勢いて、これだけ教える所がいっぱいあるのに、どうして上手い子が少ないんだろう…」
アニメーション制作現場にいた映像屋の、素朴な疑問でした。
アニメーションの現場は、現場が新人を育てています。
スタッフが少ない事もあって、早く戦力になって欲しいからです。
そんなアニメの現場にとって「声の現場」は、かけ離れた輝く別世界…
だからこそ新しい声優さんも「声の現場」が育てていると思っていて、疑いもしませんでした。
デビューできる子が少ないのは解ります。そこの全ては《運》ですから。
でもデビューできなくても、技術の面では 《うまい子》 がもっと居てもいいのにと思いました。
例えば、これを数学的に考えるとしたら、上手い子と下手な子の比率は、単純に【50/50】であるべきです。
それでも何かの要因があると加味しても【30/70】、上手い子は ザッと 30%… 20%は居ても良いはずです。
でも、それがいない。
オーディションを何回開催しても、上手いなぁと思える子はいつも3%以下、これは何か原因があると思わないではいられませんでした。
でも この3%という数字、私よりも養成所や専門学校に行った皆さんの方が解るのではないでしょうか。同期で上位クラスに上がった人数、預りや準所属になった人数、それが当てはまるのではありませんか?
所属となる数字は、もっと厳しくなるでしょう。
ちなみに、チョコボールで「おもちゃの缶詰」が当たる確率が2%だそうです。
もう、声優を養成してるの? 自然発生を待ってる? という数字です。
しかし最近その理由が
少しずつ 見えて来ました。一つは、
①演技・滑舌以前の発音と発声ができない
②台本読解力の乏しさ
③現実社会で抱えている問題の大きさから役になりきれない
恐らく①と②は、どの育成機関でも最低限(義務教育/一般社会レベル)はあるだろうと判断して演技を中心に教えていると考えました。
でもその①②各々を分解して掘り下げると、そこには学校教育以上の奥の深さがあるものです。
①は自然環境の変化で「肺活量/筋力」という基本的身体能力の衰退が原因の殆どで、これは個人の問題でしょう。
②に至っては「本を読め」としか言われない様で、これは教える側の問題です。
映像社会で想像力が減退しているのに、「本を読め」と言われても、どう読んで良いのか解らないでしょう。
それらを理解せずに演技や表現を習っても、結局現場の要求には対応出来ません。
③は個人的な問題の事ですが、現実で悩みを持ったままでは役の人物にはなれません。
悩みのない人は殆どいませんが、それを解決に導く方法を考えるのは誰もが可能です。
その上で役になりきる余裕が生まれ、表現作業が可能になると信じています。
ですが、どれも個人差がある問題で、その人にあった対峙法でなければならないでしょう。
とは言っても個人別の指導は大変な事です。
でも、もしこの考え方が正しいのなら、個に正しい方法を伝えれば上手くなる人が増えるはずです。
そして声優志望層の土台が力をつければ将来の原動力になって、また憧れる人も増えると信じています。
それも実現したい、それがこの番組です。
■このラジオ番組は…