権勢誇った称名寺の僧 性慶 長浜城歴博で称名寺の文化財展示 | 近江毎夕新聞

権勢誇った称名寺の僧 性慶 長浜城歴博で称名寺の文化財展示

 長浜城歴史博物館=長浜市公園町=は二十五日から企画展「尊勝寺村・称名寺(しょうみょうじ)の文化財」を開いている。浄土真宗寺院として、浅井氏とともに信長と戦った湖北十カ寺の一つ、称名寺=長浜市尊勝寺町=の歴史を、同寺所蔵の文物などでたどる企画。十二月三日まで。
 称名寺は元、美濃国安八郡津布良庄奥村(現・大垣市津村町付近)にあった天台宗寺院。文明十三年(一四八一)に教円が蓮如に帰依して以降、浄土真宗に改められ、天文年間(一五三二~一五五五)ごろまでに近江に移ったとされる。信長と対峙した湖北十カ寺の一つで、浅井氏滅亡後は、衰退していた。しかし天正十年(一五八二)に、長浜城主の秀吉によって復興され、寺領六十三石が与えられた。本能寺の変で光秀が長浜城にいる秀吉の妻や母の殺害を企てていることを知った、同寺五世の性慶(せいきょう)が、二人を美濃国に避難させたエピソードが残り、寺の復権はその功績によるものという。性慶は秀吉の養女、荒木村重の娘を妻にし、秀吉直轄領の代官を務めるなど、権勢を誇った僧。
 展示は、蓮如直筆の「六字名号」(室町時代中期ごろ作の掛軸)、絹本著色の性慶像(寛永八年=一六三一=ごろ作)、ノミの跡が迫力の秀吉坐像(江戸時代後期作)など、二十四点。
 会期中無休。入館料四百円。小中学生百円(湖北の小中学生は無料)。
〔写真〕左上=称名寺性慶像、同下=豊臣秀吉坐像、右=六字名号 蓮如筆