エテ彦に泳法のセンスはまったくなく、力任せに水をかきまくり、100mの全速タイムと、400mの100のラップタイムがまったく同じという驚異的な心臓を持っていた。
つまり、最初から最後までグローブのような手で全速を通す一途な男なのだが、口癖は「水をかいてもかいても前に進まん~!」で、ペース配分などと言う言葉は頭の片隅にもない。
あんな無茶苦茶な泳ぎで進むはずもなく、短距離では野人の足元にも及ばない。
正式に泳ぎを覚えたらエテ彦はオリンピックまで行ったかも知れない、バテると言うことを知らないのだ。
試合前の酒も半端ではなく、ウィスキーはボトル1本近く、煙草もヘビーだった。
それで何処からあの馬力が生まれるのか誰にもわからなかった。
男が千人いた津久見高校の全校マラソン大会でも陸上部や野球部を押さえてあの巨体で優勝してしまったのだ。
もったいない話だが、エテ彦は中学高校と大分県で400m自由形を制覇した後、あっさり水泳を捨て大工の棟梁の跡を継いだ。
捨てた理由は単純で、「かいてもかいても前に進まんからつまらん・・」だった。
つまり、かいて進む方法を考える頭がなかったのだ。
言い方を変えれば「余力」を残して引退したことになる。
野人も幾つかの大学から特待生として勧誘が来たが関心もなかった。
理由はエテ彦と同じ単純で、「魚も貝もいないプールには夢が無い」だった。
それにエテ彦と違い、練習が大嫌いで性に合わない。
生きる為にしか体力は使いたくはないから当然練習には行かず海での潜水漁ばかりだ。
準備体操も予選も適当、レース本番で全速を出せば事は足りる。
野人は先生に頼まれ、試合本番だけ請け負った水泳部員だった。
海のスプリンターの野人は100m自由形で優勝、つまり、100と400の県の覇者二人が仲良く密漁に向かったことになる。
続く・・
スイミン愚物語 スポーツマンヒップ1
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