人間用語の「肥えた土」などは地球上には無く、土中は常にクリアーだ。
人の手の入らない山の地下水は飲めるだけでなく美味しい。
化成肥料有機肥料を問わず、無農薬であっても、畑の下の地下水が飲めるかどうか比べれば野人の言うことがよく理解出来るだろう。
このことが何を意味するのか改めて考えてもらいたい。
土中には「元の成分」以外は何もないと言うことなのだ。言い換えるなら有機質の残骸も窒素リン酸カリなどの無機質も基本的には無い。
表土には残るがそれもやがて地表に戻される。その仕事を担うのは植物で、植物が土壌浄化の中心的な役割を果たしている。
分解中に表土から雨で溢れた有機物の大半は川の微生物が分解、分解された無機質を藻類や水草が吸収して繁殖、川の生態系を保っている。
肥沃な土壌と呼ばれた土地も、表土の循環が完全なだけで土中の養分が常に豊富なわけではないが、農地としてそこに人の手が入れば完全にメタボの土壌になる。
人間がまんべんなく化学肥料や有機肥料を土壌に入れれば植物は浄化し切れず、根の届かない土中深く染み込んでしまうからだ。
まして人は草を排除するだけでなく野菜も根こそぎ抜き取ってしまう。
残留成分を残したまま再び土をかき混ぜればそうなるのが当たり前だ。
無機の化学肥料はそのまま、有機は分解されたとしても無機になり、無機は微生物の関知するところではない。草がなければどうにもならないのだ。
まして有機が土中に閉じ込められれば最悪だ。
分解されない化石や石油はそうやって形成された。