東シナ海流54 四面楚歌 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

朝4時半に起きて砂浜から船を丸太で転がしながら降ろした。

何とも原始的な方法で骨が折れる。

これでは大きな船は大変でとても使えない。

ヤマハの「DW25」は全長8mの漁船だ。

海面は硫黄分と鉄分で茶色に濁っていた。

砂の色まで茶色に染まっているのだが魚影は濃い。


5時丁度にじいさんが車で護岸までやってきた。

さっそく乗り込み大物石鯛を狙って出航したのは良いのだが、湾を出ないうちにトラブルが発生した。


船のスロットルレバーが「ボロ・・」ッと、折れてしまったのだ。汗


見ると根元が完全に腐食していた。硫化ガスのせいだ。

あわててエンジンルームに潜り、手動で速力を落とし、クラッチレバーを中立にした。

じいさんが振り向いて言った


「どうしたんだ!」


正直に言えばバカモン~!と整備不良を責めるに決まっている。


「いえ、何でもないです、ちょっとエンジン音が気になって」と言うと何も言わなかった。


その辺の「ヒモ」をスロットルのアップとダウン側に結んで操舵席まで二本引っ張って走行を開始した。

走行中は不便さを感じないが、磯に到着してじいさんの「瀬渡し」をやるのは大変だ、操作が忙しくなる。

磯が見えてきてそろそろ瀬渡し準備に入ろうとクラッチを中立にしたら、今度は・・クラッチレバーが・・


「ボキ!」ッと、折れてしまった。叫び


いったいこの船は何なんだ、初めて運転したのだが、前任者はどんな整備をしていたのだろうか。

彼は同乗していたのだが今さら文句を言ってもはじまらない。

停船してまたエンジンルームに潜った。

クラッチレバーは同じように腐食して根元から折れていた。

いつまで経っても船が磯に着かないのでじいさんがしびれを切らした。


「バカ~!早くしないか!お魚は待ってくれないんだ!」


やはりせっかちだ、魚は待ってくれる

こちらはまさに絶体絶命、四面楚歌だ。


前任者は「どうする・・?」と他人事みたいに言う。

ここでギブアップして引き返したら、じいさんに末代まで祟られる

それに・・

ヒモだらけのエンジンルームを見られたら・・


「君はまた私を騙したね」メラメラ 爆弾


・・と言うに決まっている、前科もあるし・・

どうせ私を騙すなら・・騙し続けてほしかった・・という歌もある。


「ええ~い!これしかねえ」

またヒモで前進側と後進側にヒモを通し、ヒモを引っ張って前進が効くように前方向の鉄パイプにヒモを引っ掛けてUターン、操舵席まで持ってきた。

これでヒモが・・4本になってしまった。

前任者が言った


「こんなんで磯渡し出来るんか~?」


こうなりゃ無理でもやるしかない。


ヒモだらけでややこしいがを間違えなければ大丈夫だ。

間違えればアミダくじどころか南無阿弥陀苦事ドクロになる。

舵は蛇輪ではなく昔ながらの漁船の棒舵だったのが幸いした。人間には2本の足がある。


足で舵を取りながらヒモを引いて前進に入れ、スローで岩に接近した。

波に乗せて船先を接岸、その瞬間に降りる。

そして素早く後進しないと波が引いて船底が岩の斜面にゴンゴンと当たる。

岩に当たる寸前にヒモを引いて後進!もう一本のヒモを引っ張りスロットルを上げるヒモだらけの操船。

ドドドビックリマークと音を立てて船が後進、潮に流された船を立て直しまた近づいてヒモを引っ張り後進をかけて停船。

とにかく忙しい


舵は足だけであっち蹴ったりこっちに蹴ったり、目が回りそうだった。

何とかじいさんと荷物を磯に渡し終えた。

前任者もじいさんの面倒を見るために一緒に磯へ渡った。


結局じいさんにはまったくバレなかった。バレたら大変だ。

クラッチレバーもスロットルレバーもない船で渡したら


「私を殺す気か~!バカ~ビックリマーク


と怒鳴るに決まっている。


一旦引き返し、迎えの時間までに修理してくれば済む事だ。終わり良ければすべて良し。

レーバンのサングラスにくわえタバコ、煙が目に染みるがこれほど一服が旨いと感じた事はない。

あれだけ忙しく手足を動かせばタコの気持ちもわかる。

タコから学ぶ事は多い。