東シナ海流47 野人の哲学 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

海難事故から相次いで島の中心人物2人が事故で命を落とした。

一人はヤマハ現地スタッフのお父さんで、いつも山羊料理をご馳走になったり、巨大イラブーを料理してくれた山木さんだ。

通船作業が終わり船を切石港から本浦港に回す途中、岬の三角波にあおられて転覆、数人が海に投げ出され山木さんが亡くなった。


もう一人は長年にわたり実質的に島を取り仕切ってきた園山さんだが、崖下で変死体となって発見された。

警察権力も及ばない島では彼が法で、独裁とも言ってよかった。

誰も彼に逆らえなかったのだ。

若い頃は隣人の奥さんを力ずくで奪い取り、その亭主を鎌を持って追い回したと聞いた。

通船作業の指揮もすべて彼が下していたが、ヤマハが来て切石港を作り、もう一隻の船が協力するようになってからは気に食わないのだ。


ヤマハの船舶施設にまで指図をして、皆の前で野人と大口論になったことがあった。

皆を振り回すあまりの傲慢さに野人が怒って怒鳴りつけたのだ。

顔を真っ赤にして怒っていたがさすがに野人には向かって来なかった。

鎌を持ってかかって来ようが、チェンソーで向かって来ようが一向に気にしない。


島には高齢者が多かったが、園山さんを面と向かって怒鳴りつけた人間は初めて見たらしい。

園山さんは崖下で頭が割れた状態で発見された。

単に誤って落ちたのか、めまいか何かで足を滑らせたのかはわからない。

これでわずか1年に満たない内に、災害や事故で島民50人のうち7人が相次いで亡くなり、住友の社員と作業員が二人、合わせて9人が命を落とした。



神仏を信じないさすがのじいさんも思案したのか島にお地蔵様を作った。

自らの経験からこれほど異様に連続した不幸はなかったらしい。

強気で進撃命令を出していたじいさんが静かな口調で言った。


「お前は・・死ぬなよ。そして必ず皆を守れ、島の人も含めて・・」。


初めて聞いた一歩引いたじいさんの言葉だった。

ヤマハの川上天皇、浜松のアミンと畏怖されたじいさんの本当に優しさを感じた。

長年の社員採用の慣例を無視し、自ら陣頭指揮して野人を選び、強引に社員にした理由はこうなることを感じ取っていたからだろう。


じいさんは先を読み、浜松の田舎企業を世界のヤマハにした。

じいさんほど先見の目と意志の強さを持つ経営者はいまだ知らない。

戦後最大の怪物と言われたのも理解出来た。

じいさんが自分に託す期待と信頼をひしひしと感じた。


入社した時からじいさんに逆らい、口答えして、命令を無視して、くそじじいと言っても野人をクビにはしなかった。

それくらいの気骨がないと務まらない仕事だ。

たとえ自称一匹狼でも、成り行きとは言えじいさんに仕えた。

その間は命をかけるのは当然で、依頼をまっとうするのが野人の哲学だ。


入社した時から上司はじいさんで、考え方を話してくれて方向性の命令は出すが、やり方も必要備品の購入も一任されている。

自分のやり方で結果を出せば良いのだ。


施設や社員の防衛はじいさんの命令だが、じいさんのボディガードは重役達の命令だった。

じいさんは自分の身を守る為に野人を雇ったわけではない。

じいさんの魚釣りのガイドと、じいさんが国内外から招聘するVIPの案内とガードだ。


その証拠に・・こけそうになって手を添えたりすると


「もうろくしとらん!余計なお世話だバカ!」


・・と怒り、海に落ちそうになって襟首を掴むと


「わたしゃ猫じゃないバカ!」


・・と、怒鳴るのだ、感謝の一言もない。


しかし・・襟首掴んで船に引っ張りあげたら勢い余ってデッキを転がった時の言葉・・


「私は ボーリングの玉じゃない!!


・・は傑作だった。怒りにもセンスがある。