見渡す限り食いもんじゃ! | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

「たかしちゃん!釣りに行こうや」友達が誘いに来た。「海、川どっち?」と返事する。

「ホゴとギザメ・・」、「よっしゃ準備だ!」。確か小学校高学年の頃だ。方言でホゴとはカサゴのことで、ギザメはベラだ。どちらも簡単に釣れた。

道具は竹竿で簡単なもの、針、糸、重りしかない。糸のことをテグスとも言うが、上級生に騙されて、テグスは毛虫の腸から出来ると信じ込み、乾かして酢に浸したり何度もチャレンジしたが当然成功するはずもない。今でこそ何でも買えるが当時は自分で調達するのが当たり前だった。竿も自前、餌も調達する。川釣りなら山や下水の側のミミズ、海なら浜へ行きゴカイを掘る。それが出来なければ釣りが出来なかった。高いルアーなんてとんでもなかった。ハイカラな釣りが出来る今の子供と比較したらどう見ても「田舎っぺ」だ。麦藁帽子にゴム草履に竹で編んだ魚篭・・比べ物にならない。クーラーなんてない。大潮の干潮は昼前後だから、朝から海釣りに行く時は前日にゴカイを掘らなければならなかったがこれがまた楽しい。ミミズ掘りに「余禄」はないが、ゴカイ掘りと海釣りは余禄だらけだ。浜ではアサリ、磯では「磯もの」と呼ばれる巻貝がたくさん獲れた。「たかしちゃん、ゴカイ獲らんで何やっちょるん?」。「ここはアサリの宝庫じゃ!」と、掘って掘って掘りまくった。磯釣りでは、「たかしちゃん、引いちょるぞ!」「魚待たしとけ!デッカイ貝が張りついちょる、もうちょいじゃ」こんなやりとりが幾度もあった。どうも魚でも何でも食い物が獲れればいいという節操のなさがあったようだ、それは今でも変わらない。先人の遺伝子を引き継いだまま大人になったようだ。遊びで苦労した分、不屈の知恵をもらった。餌がなくなれば船虫や貝で代用し、竿が折れれば手釣りに変え、岩の割れ目のカサゴを釣った。糸が短くなりパンツのゴムだって付け足した。毒魚に刺されると毒を吸い出し迷わずオシッコをかけた。今でも海に出ると、目的が釣りでも、総合的食料に目が向いてしまう。ワカメがプカプカ浮いてるとしたら、釣りそっちのけで満載して帰るだろう。子供の頃の夏の海も、海水浴場は数えるほど、ほとんどが岩場で水中眼鏡とモリは必需品だった。浜や磯は一年中生き物の宝庫だが、春、暖かくなってくると自然に足が磯へ向く。潮が引いた後の岩場は今でもワクワクする。殻を割って食べるウニ、取り残されたサザエ、ジンガサやカニ、大き目の巻貝バテイラにガンガラ、巻貝はイシダタミ貝が簡単にいくらでも獲れた。家で茹でてもらい、中身を針で手前に回すように引き出す。美味しくて毎年食べていた。三つ子の魂百までと言うが、今でも似たようなことをして、同じようにときめきを感じるのが可笑しい。「お~い、たかしちゃん!でっけえタコがいたー!」と言う幼馴染の声が聞こえて来そうだ。