眠れない最大の理由 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

こう言うとヒンシュクを買うかも知れないが、眠れない最大の理由は「眠ろうとする」ことだ。眠ろうとするには立派な理由がある。寝ないと翌日の仕事に差し支えるからだ。それが仕事を持つ人間の習慣になっている。だから眠るために人は努力する。電気を消して暗くする習慣を作り、静かな環境を作ろうとする。そうしないと眠れない人は多いはずだ。自分で条件を狭める習慣は止めたほうが良いと思っている。習慣は一生付きまとうものだ。生涯を通して「眠る努力」の時間はどれくらいになるだろうか。しかもあせるばかりで楽しいはずがない。他の生き物と比べてもわかるが、人間特有のまったく無駄な時間だ。

睡眠は意志の力でどうなるものでもない本能。腹も減ってないのに食べようとするのと同じことだ。食べられることもあるが食べられないこともある、それと同じことではないだろうか。夫婦の夜の生活も同じ、簡単に「意思」で出来るものなら男は言い訳を考える苦労はしないだろう。じゃあどうするんだ・・この野郎!と言われそうだが。簡単なことだ、本能に逆らわなければ良いこと、眠ろうとしなければ良い。人の身体は黙っていても眠りにつくようになっている。何日も起き続けることは物理的に無理だ。眠くなるから居眠りする。やることないからほとんどの人は電車内でコックリコックリする。身体は疲れていなくても寝る時は寝る、睡眠は脳が活動を休止すると言うことだ。「眠ろうと意識を集中する」ことは脳を働かせていること。一生懸命徹夜で仕事すれば眠くても脳は頑張るはず。そしてリラックスした途端に眠くなる。睡眠時間はこれくらいなどと決め付けないことだ。最初は睡眠が少なくて翌日仕事がキツくても体は必ず順応してくる。睡眠時間が3時間しか取れなかったら足りない分は帰ってからにすれば良い。徹夜よりははるかにマシだ。体は必ずツジツマを合わせるように出来ている。犬のように「分割睡眠」でも何の問題もない。本能に逆らい無理に習慣づけようとすることは体に良いはずがなくストレスや病気の元だ。つまり自分で原因を作ることになる。人体は科学も及ばないほどのセンサーと機能を持っているからまかせておけば良い。

電気代は無駄になっているが、年間の9割以上は朝まで電気やテレビはついている。何十年も、さあそろそろ寝ようかと思ったことがないからだ。つまり夜仕事中であろうが、休憩中であろうが、テレビを見ていようが、本を読んでいようが、知らないうちに寝てしまうのだ。テレビがうるさくて目覚めることが多いが、熟睡している時は絶対に目覚めない。目覚めると言うことは睡眠も充電も出来たと言うことになる。だからセンサーが音をキャッチして目覚める。この自然流とも言える方法の難点は、「構える時間」がないから電気代がかかること。利点は、常に体が「清算」しているから疲労が蓄積せず、「定期休日が不要」と言うことだ。床でも炬燵でもソファーでも所かまわず寝てしまう。だからパジャマに「着替える」という習慣が20代から無くなり、布団に寝ると言う習慣は30代から無くなった。服を着たままいつでも何処でも寝ているがこんな便利なことはない。その辺に毛布を置いてあれば体は無意識に引き寄せる。疲れが取れないとか、そんな馬鹿なことなどあるはずもない。今では、時差ぼけとも無縁で、野宿も岩の上に寝ることも簡単だが、ただ、たまにホテルに泊まると「布団はいいなあ~!」としみじみと感じる。どんな形でも、少々節々が痛くても、熟睡出来れば疲れは取れる。そもそも「疲れ」とは脳のことだ。筋肉痛や凝りは残るが肉体はそんなに柔ではない。心臓や内臓は脳が寝ている間も生涯動き続けているではないか。

不眠症に苦しむ人は、常識や習慣に流されず、人体の本質を知り、自分で判断を下してみたらどうだろうか。別に布団が嫌いなわけではなく大好きだ。不精しすぎて布団のいらない体になってしまっただけのこと・・・・