二酸化炭素飽和論に関する一反証
――大気中の二酸化炭素濃度が増加すると温室効果が強まり地表の温度が上昇する――
これが一般的な理解です。しかし、「すでに大気中の二酸化炭素は赤外線を吸収しきっている(飽和している)からこれ以上増加しても温室効果は強まらない」と主張する人が、極少数ですが存在します。
図1:大気中に含まれる各種気体の電磁波吸収率。wikipedia より。
なるほど、二酸化炭素の吸収率は100%に達しているように見え、もっともそうな意見にも見えます。が、実際にはこれは明らかに誤った説明です。
仮に飽和していても二酸化炭素が増加すると温室効果は強まるというのが最も重要なメカニズムですが、もう一つの反論として「そもそも飽和してない」というのがあります。やや正確さには欠けるのですが、ちょっと実験してみましょうか。実験室にある赤外分光光度計 を用いて遊んでみました。
まずは何はともあれ大気の赤外スペクトルを測定します。
図2:大気の赤外スペクトル
縦軸は赤外線の強度で、上に行くほど検出器に届く赤外線が強く(=吸収が弱い)、下に行くほど検出器に届く赤外線が弱い(=吸収が強い)ことになります。横軸は「波数 」と言い、cm-1と表記されます。波数は波長の逆数で、例えば1000cm-1は波長にすると10μmになります。
2350cm-1付近にある大きな谷が二酸化炭素の赤外線吸収率を示します。なるほど底を打っていますね。二酸化炭素をこれ以上増やしても赤外吸収は強まらないように予想されるかもしれません。
実際に二酸化炭素濃度を上げてみましょう。試料室に二酸化炭素を充満させてから、同一条件で測定してみました。
図3:試料室に二酸化炭素を充満させてから、図2と同じ条件で測定した赤外スペクトル
確かにあまり変化はないように見えますね。しかし、よく見ると、2350cm-1付近の谷が若干広がっていますね。二酸化炭素濃度が増えると、たとえある波長では吸収が飽和していたとしても、吸収する赤外線の波長範囲が広がり、赤外線吸収量は増加するのです。
あと、600cm-1付近のピークも強まっていますが、とりあえずここではこれは置いておきましょう。2350cm-1付近を拡大しましょうか。
図4:図2(通常大気条件で測定)の拡大図
図5:図3(二酸化炭素濃度を上昇させて測定)の拡大図
図4と図5を比べてみてください。図5の方が、吸収幅が如実に広がっています。よって、二酸化炭素濃度が増加すると、赤外線を吸収する総量は増加するのです。
ところで、これまでは波数分解能 をかなり悪くして測定していました。波数分解能を向上させとより精密な測定ができるのですが、測定に時間がかかってしまう上にスペクトルが見づらくなってしまうので、機械の性能より分解能を下げて測定するのが一般的なのです。
試しに分解能を変えてみしょう。今までは分解能32cm-1でしたが、0.5cm-1に向上させて測ってみます。
図6:大気の赤外吸収スペクトル、波数分解能を32cm-1から0.5cm-1に変更(他の測定条件は図2の時と同じ)
ギザギザですね。分解能32cm-1で測定していた時は飽和していたように見えても、実は飽和なんかしていない部分があることが分かるでしょう。実際の大気観測も同様です。図1で飽和しているように見えるのは、機械の都合とスペクトルを見るときの見やすさの都合のためそう見えているだけ、という領域もあるのです。
なお、4000cm-1~3500cm-1付近および2000-1~1200cm-1付近の激しいギザギザは、水蒸気の吸収に由来します。水蒸気も強烈な温室効果ガスであることがよく分かりますね。
まとめると、以下の2つが言えます。
・仮に、ある波長で二酸化炭素による赤外線の吸収が飽和していても、二酸化炭素濃度が増加すると吸収する赤外線の波長"範囲"が広くなるので、赤外線の吸収量は増加する。
・そもそも飽和しているように見えてもそれは観測(またはグラフ化)の分解能に由来するのであり、実際には飽和していない部分もある。
結局、二酸化炭素が増加すると、地表から放たれる赤外線が二酸化炭素により吸収される量は、やはり増加するのですね。
なお、この分析はお遊び的なもので、実際とは異なります。大学のゼミなどでこれを発表すると叱られる可能性もあります(笑)。地表から放たれる赤外線と機械の赤外光源から放たれる赤外線は強度も波長分布も違いますし、二酸化炭素濃度も光路長も違いますし)。しかし、考え方としては有効だと思います。
また、最初に書いたように、仮に赤外線の吸収が飽和していたところで、二酸化炭素濃度が増加すれば温室効果は強まることのほうが重要です。が、その理屈はなかなか複雑なので(私も十分理解しているとは言えない)、こういうインスタントな理解も飽和説に対する反論としては便利かもしれません。