今の若い子はあっさりとしたもんだな。


彼女はそう考え、年寄りじみた自分の考えに苦笑いを浮かべる。

彼女もまだ若く、自分の教える生徒たちの姉、と言っても通用する年齢にしか過ぎず、ちょっとした縁からこのスクールの講師をすることになってまだ一年ほどしか経っていない。


自分が他人にダンスを教えることに向いているのかどうかはまだ分からなかった。


嫌いじゃないな、とは感じている。


ダンサーとして成功することを諦めたわけではない。

今でも様々なオーディションがあれば積極的に受けていくようにしているし、それなりの結果を得てはいる。


自分自身がもっとチャンスを見つけて挑んでいかなければならないのに、自分より若いというよりは幼い子供たち、その大半は芸能界に憧れながらろくにダンスのレッスンを受けたことすらない子供たちを相手にしている場合か、と思う時もある。


それでも、何も出来ないに等しかった子供たちが少しずつダンスの基本を身につけ、時間が経つにつれてそれなりに形のようなものが出来上がっていく様子を見ることは楽しかった。


嫌いじゃないんだろうな、やっぱり。

向いているとは思わないんだけど。


生徒を持つ、という作業の大変さは技術的なことを指導する、それ以外であることが多い。


たとえば彼女が勤務するスクールでは、生徒同士を競わせるためにグループを組むことを奨励している。

基本的には本人たち、同じクラスの気のあった者同士がメンバーとして組み、時折自分たち講師がメンバーを選んで組み合わせることもある。


目的意識を持たせるために、発表会へ出演するためにもオーディションを設け、グループごと、個人ごとに演目の課題を与える。


振りをつけるだけでなく、パフォーマンス全体の相談ごとにも乗ってやらなくてはならない。

技術的な問題だけでなく、メンバー同士の誰それが気が合わなくて、なんてことを聴かされることもある。

そのことの方が多いくらいだ。


本当は誰々と組みたかったんだけど、何々ちゃんが先に声をかけちゃったから…


自分ばっかり目立とうとするんです、あの子…


なんでわたしが~ちゃんなんかより後ろで踊らなきゃいけないんですか…


子供同士の間でも人間関係は複雑で厄介だ。

しかも、このスクールに来る生徒の大半は、ただ芸能人になりたいというわけではなく、歌ったり踊ったりすることに憧れを、別の言い方をするならこだわり、を持った子供たちばかりであって、お互いに対するライバル心が強い。


才能に恵まれ、自分に自信のある生徒ほど色々な問題についての不満が大きくなる傾向が目立つ。


「ゆか」ちゃん、本当にやめちゃうんだね。

でも、それだと発表会やイベントはどうするの?

ぱふゅ→むでなくなるのなら出られないかもしれないよ。


それはいいんです。

色々と考えてやめたんで。


今会話を交わし、立ち去っていった少女のことを考える。


いいグループだと思ったんだけど、やっぱりダメだったか…


スクールに入る前の音楽やダンスの経験の浅い子供を中心にしたクラスから出てきたぱふゅ→むは、いまや講師たちも注目する期待のグループになりつつあった。


相当練習しているみたいですよ。


ボイストレーニングの講師がそっと彼女に教えてくれたこともあった。


でもちょっと、お互い意識しすぎると言うか、張り合っているみたいなところもあるかな。

自分たちで組んだんだから、うまく出来ないものかしらね。


その時の言葉を思い出しながら、T先生は、生徒たちのことをよく見てるな、と彼女は思う。


「ゆか」ちゃんが辞めることも分かっていたのかもしれないな、あの先生なら。

ぱふゅ→むをどうするのかも、相談しないと。


発表会やイベントに出演するための校内オーディションに合格しているぱふゅ→むからメンバーが抜ける、ということは本人たちだけの問題ではなくなっている。


「ゆか」に出演する意志が無いのは確認出来た。


あとは、綾香や「かしゆか」がどうするつもりなのか、だ。


二人でそのまま続けて出演するのか、或いは。


もう一人いたほうがバランスがいいんだよね、二人だとちょっときついかも。

ダンスはともかく、歌がちょっとな。


かと言って急に新たなメンバーとして加われるような、ダンスも歌もある程度以上のレベルにあって、グループにも参加していない生徒なんて。


…いた。


彼女の頭の中にある生徒の姿が浮かぶ。

現在スクール内で話題の、あの子。


あの子なら、歌もうまいし、特にダンスのセンスは素晴らしい。

ちょっとやる気があるのか無いのか分かりにくいけど、わたしが教えたことで出来なかったことはない。


たしか学年も同じだったはず。

スクールでのクラスは違うけど、組み合わせとしては面白いかもしれない。


あ~ちゃんと「かしゆか」は、ちょっとガツガツしているというか、前へ出ようとする気持ちが強すぎるところがあるから、そこにふわっというか、へにゃっとしたあの子の雰囲気が加われば。


グループでの活動経験も豊富だし、なんといってもステージに立つと華があるんだよね、あの子。

普段はボーっとしているかと思えば、急にはしゃぎだしたりして、何を考えているのか分かりづらいのは確かだけど、ステージに立つと変わる。


あの子なら…。


そこで彼女の思考は足踏みをする。


でも、あの子は…グランプリ、獲っちゃったんだよね。

まだ自分の生徒ではあるけど、いずれもっと高いレベルのレッスンを受けることになるんだ。

あとは、いつ東京に呼ばれるか、だけ。


ぱふゅ→むのメンバーには、なれないかな…。


諦めかけた彼女の頭の中にイメージが浮かぶ。


まだ実際には見たことの無い、3人が歌い、踊るステージ。


歌ならあ~ちゃんが、ダンスなら「かしゆか」があの子と張り合えるかもしれない。

グランプリと獲ったからといって、あの子を中心にする必要は無いな。

曲によって立ち位置を変えて……同じ曲の途中で、クルクルと立ち位置を変えて固定しないほうがいいかもしれない。

サッカーのフォーメーションみたいに、曲にイメージによって3人の踊る場所を変えていって…3人いるから三角形の組み合わせが数パターン出来る。

いや、三角形にこだわらなければ数百パターンかも。

立っているだけじゃなくて、座らせたり、お互いを押しのけたり、お芝居の要素も入れて…


夢想が尽きることは無かった。


あの子が入れば、あの三人娘なら。


ダメでもともとじゃない。

T先生にも聞いてもらおう。

本人たちの気持ちも聞いてみて、ああそうだ、あそこお母さんが熱心だからみんなで話し合って。


わたしがあの子達の先生なんだから、チャレンジしてみなくちゃ。


グランプリを獲った子だからダメだって言われたら、東京に行くまでの間だっていい。

きっと、いいグループになる。


だから、言ってみよう。


彩乃ちゃんがいいんじゃないって。

3人でやってみないって。


「ゆか」が立ち去った部屋から、彼女も立ち去って消える。

走るように、踊るように。


ダンスレッスン専用の部屋には、講師である彼女の名前を記したプレートがかかっている。


ミズノミキコ、とそれは読める ▽・w・▽