綾香と「ゆか」は、同じ時間、それぞれの部屋で今日の出来事を思い返していた。


なんであんなになっちゃったんだろう。


綾香には「ゆか」を責めるつもりはなく、「ゆか」には綾香を傷つけるつもりはなかった。

しかし、お互いが言葉のやり取りをしているうちに、いつしか綾香は「ゆか」を責め、「ゆか」は綾香にきつい言葉を投げかけていた。


2人とも、自分の言葉に間違いがあったとは思っていない。

だから譲らなかった。


綾香はまだ足りないと思い、「ゆか」は充分に足りていると思った。


これ以上出来ないよ、という言葉は「ゆか」のものだ。


学校が終わってすぐレッスンがあって、レッスンが終わったらもう外は真っ暗で、お腹だって空いてるし、疲れてるし、見たいテレビだってあるもん、早く家に帰りたいよ。


出来るよ、と返したのは綾香だ。


レッスンでやっていることなんてみんなやってる。

それ以上にがんばらないと、ダメなんだよ。


何がダメなのか、分からないよ。


「ゆか」は、綾香に向かって投げつけた言葉を、自分の部屋でもう一度繰り返す。

聞くものはいない。


ぱふゅ→むは、頑張ってる。

ユニットオーディションにだって受かった。

自分たちより年上のグループや、経験の長い人たちだって受からないのに、ぱふゅ→むは受かった。

ユニットオーディションに受かれば、たくさん地元のイベントに出られる。

実際たくさん出て、おおぜいの人の前、自分の家族や友達の前でレッスンの成果を披露して、たくさん拍手をもらったし、声援だって受けてきた。

スクールの中でだって人気者だ。

ぱふゅ→むを知らない子なんていない。

みんな可愛かったよ、とか頑張ってたねって言ってくれる。


でも、それじゃダメなんだよ。


綾香もつぶやく。


あたしバカだからうまく言えないけど、それじゃ足りないんだよ。

上のクラスにいたって、地元のイベントで頑張ったって、スクールの中で人気者になったって、それだけじゃダメなんだよ。

SPEEDさんみたくなれないんだよ。

もっと、頑張って、他人よりたくさん頑張って、長い時間頑張って、いつだって頑張ってなきゃ、プロのアーティストさんになんてなれないんだよ、あたしたち。

だって。


と、綾香は考える。

鏡に映る自分の姿を見る。

あたし、別に可愛くないし。


綾香と「ゆか」の言い合いの原因は、綾香が自分の家での居残り練習を言い出したことが原因だった。


綾香には素晴らしいアイディアのように思えた。


レッスンが終わっても、ぱふゅ→むの3人であたしの家に集まって、夕ご飯や宿題も一緒に済ませて、それからずっと練習出来る。


綾香には確信のようなものがあった。

練習すれば必ず自分のレベルは上がる。

歌だってダンスだってお芝居だってもっともっと上手になれる。


自宅に戻っても綾香は一人でその日の練習を繰り返すことがあった。

しかし、一人きりの練習は、大勢の中にいることが好きな綾香には物足りなく思えた。

ここの振り付けどうだっただろう、と思ってもすぐに聞ける相手もいない。

わからないまま、その日の個人練習は中途半端に終わってしまう。


スクールでレッスンが終わった後も、みんなで練習できる場所があればいいのに。

常日頃そう感じることの多かった綾香が、それならば自分の家に友達を、ぱふゅ→むのメンバーを呼んで練習すればいい、と思うようになるまで時間はかからなかった。


喜んでくれると思ったのに。

一緒に頑張ろうって言ってくれると思ったのに。


落胆が綾香を傷つけ、傷の痛みは綾香から他人を思いやる優しさを奪った。


「ゆか」に向けられた言葉はいつしか鋭く尖り、「ゆか」は自分を守るために綾香を傷つけた。


無理して頑張ったってダメなんだよ、SPEEDみたいになれるわけないじゃん。

SPEEDは、あたしたちの年の時にはもう東京に行ってデビューしてたんだよ。

なのにあたしたちは広島にいるだけじゃん。

親とか友達とかスクールの人たち以外、誰もあたしたちのことなんて知らないし、興味もないんだって。

それに。


「ゆか」は決定的な一言を放った。


あたし、ぱふゅ→む以外からも誘われてるから。

だから、ぱふゅ→むのことだけ、そんなに頑張れない…


綾香と「ゆか」は、同じ時間、それぞれの部屋で、今日の出来事を思い返していた。


なんであんなになっちゃたんだろう。


明日、もう一度話しかけてみよう、と綾香は考える。

もう一度頑張ろうって。

きっと、分かってくれる。


明日、ちゃんとぱふゅ→むを辞めるって言わなきゃ、と「ゆか」は考える。

あ~ちゃんと、「かしゆか」にちゃんと言わなきゃ。

今まで楽しかったって。

ぱふゅ→むのことは、いい思い出だって…


▽・w・▽