俺が須藤さんに捕まったのは大学の校門を出る時だった。

「入江、時間あるか!?」と腕を掴まれて言われては逃げる術がない。

正確にはあるが、いちいちそんな面倒な事をしてこの人を躱しても『スッポンの須藤』の異名を持つ須藤さんの事だから実家にでも連絡する事だろう。

そうなるとおふくろを巻き込んで更に面倒な事になるので、今すぐ話を聞く方が楽だった。

「手短にお願いします」と俺が言うと、須藤さんは「明日居酒屋○×△で7時から飲み会だから出てくれ。いじょ・・・」と言ったところで「待ってください」と話を止めた。

「何だよ、入江。デートか!?」と聞かれたが、普通に何のためらいなく聞くところをみると松本の確約は取ったのだろう。

「違います。教授の手伝いで大学に泊まりこみです」と言うと「何とかならんのか~~~あせる」とさっきと打って変わって縋られた。

大方、松本を俺の名前で釣ったのだろう。毎回毎回面倒みられるかっむかっ

「前から約束の教授の頼みを直前に断って部活の飲み会に出席できるほど暇じゃありません」と断ると渋々引き下がってくれた。

「い、入江・・・食事くらいはするよな!?」と言われても、大学に泊まりこみだと言ってるのに外食するとでも??

「食事はしますが、教授の奢りで弁当でも差し入れてくれる・・・か、自前でコンビニの食事でしょうね。売店も閉まってるでしょうし」と言うと、須藤さんは急に復活して「やあ!! 入江くんも大変だね。頑張りたまえ。わっはっは」と言って居なくなった。

今日は明日の準備の為に早く帰れるだけだ。今日からだと着替えも何も手持ちがないからな。

それに本日までテストだったのだから、教授も流石に今日は手が離せなかった。

明日俺の結果をいの一番に教えてくれるそうだ。

・・・別にどうでもいいと思っている事は周りには伝えていない。

それよりも俺が気になるのは琴子の成績だ。

それに拠っては―――なんて事はきっとないのだろうが、あの俺に向かうパワーだけは侮れない。


そう思いながら家に帰ると、おふくろから琴子がどうしたのか聞かれた。

俺が知るかっむかっ

いや、待てよ。さっき須藤さんがこれから部活だと言っていた。

「部活だろ。朝余計な荷物持ってなかったか!?」と返したら、おふくろは「そーだったわ」と嬉しそうに言う。

何で毎日毎日俺に琴子の予定を尋ねるんだか・・・。

そのせいで・・・いや、気のせいだ。

部屋で明日から泊まりこみの準備をして夕食を食べに行くと琴子が帰って来ていた。

「あっ 入江くん」と弾んだ声で言われて「何だよ」と返すと、琴子は須藤さんと同じ質問を俺にぶつけてきた。

須藤さん同様に断ったら分かりやすいくらいに凹む。

おふくろも加担して「もう!! パパを危篤にして電話しようかしら」とか言うの止めろっむかっ

琴子も「お、おばさん。大丈夫です。みんな知り合いなんで」と止めるが、おふくろはヒートアップして「ダメよ、琴子ちゃん!! 知ってる人ほど危ないんですからね。琴子ちゃんにはkissした仲のお兄ちゃんが居るんですから、きちんと」と言われたところで、ガタンと音を立てて席を立った。

「ご馳走様」と声をかけて部屋に戻る。

毎度、キス キス キス キス 煩いっむかっむかっ

たかが唇の接触だろうがっっっ

しかし・・・琴子の唇の柔らかさは今もまだ覚えている。

あいつが飲んでいたオレンジの香りがして、唇を離した後の呆然とした顔も良かった・・・。

90点・・・

取れる訳がないのに・・・心がザワザワする。

飲み会に対して忠告してやっても『教授になる』という明後日方向思考が飛ぶ奴にテストで高得点が出せる訳がない。

分かっているのに・・・琴子ならもしかしたらという考えが拭えない。

俺の為に才女で料理上手でCカップか・・・なれるもんなら、なってみろバーカッ


その日の夢は何かの先生になって裕樹に教えている琴子の夢だった―――悪夢だ。

もう慣れ過ぎて叫ぶ事もなくなったが・・・。

* * *
うっかり1話じゃ終わらない長さにショック!