第6話 母の手 母の耳 母の存在
母の付き添いの日々。
眠り続ける母の横で
何をするわけでもなく
ただ付き添うだけの日々。
緩和病棟内に流れる
オルゴール音楽に身を委ねながら
時々訪れる見舞い客と話をしたり
看護師さん、ボランティアの人と
他愛ない会話をするだけの日々。
悲しいとか辛いとか
そんな感情は無くなってしまったかのように
ただ私は母の付き添いをしていた。
もう本当に母は目を覚まさないのだろうか・・・
このまま私達家族とさよならしてしまうのだろうか・・・
母は今どこにいるんだろう
本当にただ眠っているだけなんだろうか
私達の話す声も
もう届いていないのだろうか
母の寝顔を見ながら
そんなことばかり考えていた。
「お母さん。おはよう」
「お母さん。ちょっとご飯食べてくるね。」
「お母さん。おやすみ」
私は出来る限り母に話しかけた。
決して返事は無かったけれど
母はまだそこにいる。
母の存在はここにある。
聞こえていないかもしれないけれど
母の存在を大切にしたかった。
まだ母の意識がある頃
妹がこう言った。
「お母さん。これからは帰るときに握手してから帰るからね。」
「・・・そうね。じゃあ握手!」
そう言って母は私達に手を差し出した。
それから病室を後にする時は必ず
父と妹と私の手を握った。
子供達が来ているときは
子供たちとも握手をした。
あの時の母の手の感触。
少し照れくさそうにしていた母の顔。
バイバイと振った母の手・・・・
今ではもう
母が手を差し出してくれることは無くなってしまったが
母の存在全てが私達に沢山のことを
語りかけてくれるような気がした。
何も言わない母だったが
帰るときは「またね」と、
来たときには「来たのね」と、
朝になれば「おはよう」
夜には「お休み」と
母は語りかけてくれている気がした。
それが気のせいであったとしても
私は信じていた。