第3話 母への言葉Ⅲ | 笑顔とありがとうを~大切な人たちへ~

第3話 母への言葉Ⅲ


緩和病棟は奥まったところにあった。


本館の駐車場を抜けて


緩和病棟の入り口にやっとたどり着いた。




入り口から入る前に


ふぅーっと深呼吸をして


母への言葉をもう一度心の中で繰り返した。
















「お母さん!!」







息を切らしながら母の枕元へ行った。


病室には看護師さんと妹とおば、そして父がいた。






「お母さん!お姉ちゃん来たよ!」





妹の呼びかけに母は目を覚まし私を見た。








「お母さん!わかる?私!Mだよ!」




「・・・・わかるわよ・・・・どうしたの?・・・・・そんな急いで・・・・」




「T君の実家に行ってて、今帰ってきたんだよ。」






母の容態は明らかに以前と違っていた。


意識は朦朧として目もかなりうつろな状態だった。


そして苦しそうに眉間にしわを寄せていた。





もう本当に母への言葉を言うのは今しか無い。


もう母と会話できるのはこれで最後だ


直感的にそう感じた。


悲しいけれどそれは事実だった。








「お母さん。帰ってくる間ずっと考えていたんだけどね


私を生んでくれてありがとう。


お母さんの子供で私は幸せだよ。


本当に・・・ありがとう・・・・」








母は私の言葉を聞いて


少しの沈黙の後に言った。






「・・・・・何言ってんの・・・・急に・・・・」




「どうしてもこれだけはお母さんに言いたかったから・・・・」




「・・・・・」




「本当にありがとう」




「・・・・急に・・・・そんなこと言うなんて・・・・」








そう言ってから母はまた眉間にしわを寄せて


苦しそうな表情をした。





「お母さん!苦しいの?お母さん!」




「看護師さん。鎮静剤をお願いします。」




「いいですか?では先生を呼んで来ますね。」







そう言って看護師さんは静かに病室を出て行った。


数分してから先生が来て私達家族に同意を求めた。








「では鎮静剤を投与しますね。


今までより量が増えるので眠られる時間が増えると思いますが


よろしいですね?」





私達家族は皆静かに頷いた。


誰も反対は出来なかった。


これ以上母を苦しめるわけにはいかない。


たとえ会話が出来なくなったとしても


母を苦しませることは


とても出来なかった。


母はもう十分に苦しんだ。


様々な苦痛を耐えてきた。


今はだだ楽になって欲しかった。


会話が出来なくなっても


母はそこにいる。


母の存在がまだそこにある。


もうそれだけで十分だった。







私達が見守る中


先生は鎮静剤の投与を始めた。














母はしばらくしてから


深い眠りに就いた。










そして私が感じたように


母との会話は


この日が最後になってしまった・・・・・