第5話 慟哭Ⅰ
母が一番こだわっていたこと。
母が一番最後まで頑張り抜いたこと。
それは以前にも書いたが自分の足で歩いてトイレに行くことだった。
健康な人から見れば大したことではないのかもしれない。
実際私自身だって
トイレに行くことにこだわる母の気持ちが最初は理解できないでいた。
母が家に戻って来て
母のそばに付き添い始終母を見ているうちに
母のこだわり、母の気持ちが
少しずつ理解することが出来た。
だからこそ母の体が許す限り
母を自分の足で歩かせて(もちろん支えは必要だが)
トイレに行かせてあげたいと強く思っていた。
母の病室は個室でトイレも個室内にあった。
ベットから降りてすぐ隣がトイレだった。
私達からすれば僅かな距離。
でも母はついに自分の足でトイレに行く事が困難になってきた。
支えられても辛そうにしている母を見かねて
看護師さんは車椅子を持って来てくれた。
「これならトイレにも行けますよ」
そう言って優しく微笑んだ。
母は歩けなくなった自分の体にショックを受けながらも
車椅子に乗ることで少し安心したようだった。
しばらくはこの車椅子に頼ることになるだろう。
車椅子さえあれば母はまだ自分でトイレに行ける。
自分でトイレに行くことを支えにしている母に
強い助け舟になるだろう。
そう思って私達は安堵した。