第19話 悲しげな瞳 | 笑顔とありがとうを~大切な人たちへ~

第19話 悲しげな瞳





夜が明けて朝が来た。

それは無限に変わらないことであるが

今日ほどそれを恨めしく思ったことはなかった。

外は薄曇で霧がかかっているようにも見える。

母はまだ眠っている。

目が覚めた私と妹は布団を静かに片付けて

気持ちとは裏腹に病院へ行く支度を始めた。





「お母さんまだ起きないね・・・・」




「・・・うん・・・・」




言葉少なげに妹と会話を交わす。







このまま母がいてくれたらいいのに・・・

病院へなんか帰らなければいいのに・・・

ここは母の家なのに

どうしていることができないのだろう・・・・





確かにその時

妹と私は同じことを考えていた。

話をしたわけでもないけれど

二人は同じ気持ちだった。





しばらくして母は目を覚まし

いつものように体を支えられながらトイレに向かう。

ベットに戻りゆっくりと横たわってから

私達に呼びかけた。



「もう用意は出来てるの?」






「うん・・・・お母さんはもう大丈夫?」





「いつでも大丈夫よ・・・」





その母の言葉を聞いてから

私は救急車を呼ぶために電話の受話器を取った。

5分ほどして救急車が到着する。

救急隊員が部屋に入ってきて母を担架に乗せる。

担架に乗せられた母は横たわったまま救急車に乗せられ

驚いた近所の人が救急車の近くで佇んでいる。

妹が説明をしてお詫びをしている。



その光景を私はまるで他人事のように見ていた。





私は母の乗る救急車に乗り込み

父と妹は車で後を追う。

バタン!と、救急車の扉が閉められた。

その音が母を家から連れ出してしまう悲しい音に聞こえた。

担架に寝ている母の体に

救急隊員は色々な器具を付けたりしていた。

やがて救急車のサイレンと母の心拍数を知らせるアラーム音と共に

救急車は動き出した。





病院に着くまでの間

私は自分の手を固く握り締め

母の心拍数が少しでも乱れると私の心も乱れ

さらに手を強く握り締めた。




母は何も言葉を発することなく

固く目を閉じていた。

それが母の気持ちを表していることを

私は知る由もなかった。








~【第5章】完結~