元木昌彦の「編集者の学校」

「FRIDAY」「週刊現代」「オーマイニュース」など数々の編集長を歴任
政治家から芸能人まで、その人脈の広さ深さは、元木昌彦ならでは
そんなベテラン編集者の日常を描きながら、次代のメディアのありようを問いただす


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 朝新幹線で京都へ行く。ビジネス情報誌『エルネオス』 のインタビューのために京都大学の佐伯敬思教授に会うためである。

 佐伯教授の新著『反・幸福論』(新潮新書)は大変おもしろい本である。『エルネオス』のインタビューのまえがきにこう書いた。

「佐伯敬思京大教授の『反・幸福論』(新潮新書)は大変刺激的な本である。帯に「人はみな幸せになるべきなんて大ウソ!」「希代の思想家が『この国の偽善』を暴く」とある。
 マイケル・サンデル教授の哲学論から始まって、無縁社会、諸行無常の日本的人生観から、脱原発、民主党政治まで幅広く論じているが、全体を貫いているのは「自由を求め、利益や権利を増大させることで、その先にある幸福を手にできるとみなした戦後の日本人の生き方」に対する疑義である。
 混迷の時代に取り戻すべきは日本人が古来からもっている死生観や人生観であると説く。次の言葉を日本人一人一人が噛みしめるときではないか。
「『死』とは『無』に帰することであるとすれば、『無』こそがもっとも根源的なものになります。(中略)われわれの『生』のほうが偶然的で一時的な、それこそ『うたかたの夢』であり、『川にうかぶあぶく』のようなものです」
 京都大学で佐伯教授に話を聞いた後、いくつか巡った寺院がこれまでとは違って見えた」

 想像に反して佐伯教授は優しい温和な方だった。2時間ばかり研究室で話を伺ったが、出来の悪い学生を諭すように話をしていただいた。

 そこから河原町まで歩いて、夜、川端康成が愛したという割烹「瓢正」へ行く。高瀬川のほとりにあるカウンターだけの小さな店である。

 雨が降ってくる。冬の京都で、菊正宗の熱燗をちびりちびりやりながら、次々に出てくる刺身や汁物、焼き物をいただく。至福である。

 最後に川端康成が好きだったというお寿司が出てくる。お寿司というよりまん丸いおにぎりに近いものである。

 川端さんはよく来られたのですかと聞くと、ちょくちょく一人でお見えになりましたと返ってきた。

 店の主人に、この近くで気の利いたバーはないかと聞くと、すぐ隣に古くからやっているバーがあるという。雨に濡れることもなく隣へはいると、昔の雰囲気を残したバーで、これも年を経たと思われる古老のバーテンが一人でやっている。

 早速ハイボールを頼み、店を眺める。その先にあるサンボアの祇園にある本店のような作りである。こういうバーが東京では珍しくなってきた。

 そんな話をしながら、京都の夜は更けていった。


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 岩波書店が縁故採用しかしないと発表した。

 作家や社員の紹介がないと応募できないとするため、ネットなどではコネしか採用しないと騒いでいるらしい。

 講談社も大昔は社員の紹介がないと応募できないようになっていたと思う。そのかわり応募できれば全員が試験を受けることがで、その上位何百人だかが面接に進めた。

 その後、そうしたことをやめて募集したら、応募者が1万人近くになってしまった。わずかに20数人しか入れないのにである。

 岩波の採用人数は数人であろう。そこへ千人以上が応募してくるのだ。

 それならば、作家はともかく社員の紹介をとってこれる人間に絞るのも致し方ないかもしれない。誰も知らないから受けられないと嘆くだけの学生は、この業界には必要ないのだ。

 会社の前で何日も粘って、片っ端から「紹介者になってください」と頼むぐらいの意気込みのある人間が、会社側はほしいのである。

 だが、そのうち、岩波の社員は、あまりの学生の攻勢にねを上げて、外へ出るのが怖いという社員も出てくるかもしれない。

 出版界の採用人数は、多いときでも合わせて100人いくかいかないかであろう。いまは出版不況でその半分近くに減っているのではないか。

 そこへ多くの学生が押し寄せる。そういう意味では狭き門である。

 だからといって編集者として優秀な人間が多く入っているかといえば「ノー」であろう。

 銀行や商社にでも入ったほうがよさそうな学生が、出版でもいいかと入ってくるのである。

 そうしないためにはどうするか。出版界を再生させるためには、採用から手をつけなくてはダメなところまできていることは間違いない。

 三度の飯より編集が好きだという人間をどれだけ集められるか。出版社のエライさんたちには、そこにも頭を働かせてほしいものだ。

 


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 月曜日の『反・幸福論』著者・佐伯敬思京大教授のインタビューのレジメを作る。

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