ある日
森のなか
クマさんに
であった――。


雨の日になると
きまってわたしは
部屋で横になりながら、
森のクマさんの歌詞を
おもいだしている。

クマは少女を
食べようとするその一方で、
少女に、
お逃げなさい、と
述懐する。
クマの内面はあきらかに
分裂している。
わたしは
おそらくここにおいて
一匹の動物の恋愛論を
まのあたりにしている。

恋愛とは、
おそらく、
恋愛対象を
身体的・精神的に
侵食していくその一方で、
逃走させていくこころみでもある。
恋愛とはつねに
矛盾であり、両義的なものである。
わたしが生きるために
わたしはあなたを食べるだろう。
しかし、
あなたが生きるために
わたしはあなたを逃がすだろう。


クマは少女と出遭ったときを
想い出しては
こんな風におもったはずだ。


「大空のなんと青かったことか」


たちすくむぐらいに
抜けるような
青い大空のもと、
ふいうちのように
予想だにもしなかった言葉が
くまの口からもれいづる。


お嬢さん、お逃げなさい。


それにしても、
逃げろといわれたにも関わらず、
わざわざ落とし物をしていく少女の
恋愛論はどうなるのだろう。
おそらくは、
こうだ。
恋愛とは、
無意識領域におけるゲームである。


いまでも

彼女はときどき
あのクマのことを

想い起こしている。
私をみつめていたあのクマ。
私を通り抜けたところにある私自身を
じっとみつめていたそのクマのことを。


そして――、
私はある日
森のなかで
クマに出逢った。