井上靖『黒い蝶』(新潮文庫) | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

井上靖『黒い蝶』(新潮文庫)

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井上靖『黒い蝶 (新潮文庫)

1955=昭和30年初版、作者初の書きおろし作品。

偶然の機会からさる大富豪の娘の死に目に遭遇した青年実業家が、彼女が私淑していたソ連人バイオリニストによる彼女の弔いコンサートを行おうとはったりをかまし、大富豪から金をせしめるという一編。

井上の作品は、大概女への執着と何らかの目的が混同して訳がわからなくなってゆくのだが、本書でも人妻に惚れた主人公は、彼女の大向うをはって本気でバイオリニスト招聘を試みるようになるのである。

その過程のドタバタぶりがとりあえずは読みどころなのだろうが、それにしても精彩があるわけでもない。バイオリニスト云々というネタが、今では信じがたいほどソ連との交流が難しかった当時のご時世を考慮しても、山岳遭難などに比して微温的であることはいうまでもない。

つまらなくはないがそれ以上のものではないといったネタを、井上の手腕で無理やりおもしろく読めるように仕上げたというのが正直なところである。実際、井上ファンもあまり話題には出さないようである。おそらく「中間小説」史なる奇特な文学史が書かれるときが来たならば、戦後屈指の大衆文学の書き手であった井上の初書きおろしということで、本書ももう少し注目されるだろう。

★★★☆☆
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