古在 由重, 丸山 真男『一哲学徒の苦難の道―丸山真男対話篇 1』(岩波現代文庫) | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

古在 由重, 丸山 真男『一哲学徒の苦難の道―丸山真男対話篇 1』(岩波現代文庫)

「丸山眞男対話篇」の一冊として出版されたものだが、もちろん古在こそが本書の中心である。戦後にもさまざまな「啓蒙」活動を行っていた古在だが、やはりその生涯でもっとも劇的なのは戦前の唯物論研究会に関係していた頃だろう。

本書で読むと古在の思想的来歴は、実のところ意外にもさほどマルクス主義へと直結するようなものではなく、あくまで新カント派特にマールブルグ学派を中心とした「科学」としての哲学に由来しているといえ、それが唯研におけるろくでもないイデオロギー抗争から一線を画していたところにつながるように思える。党派性云々よりも、「科学」的な態度もしくは「常識」的なそれといいかえてもいいかもしれないが、核にすべきものがあったということだろう。これは『唯物論研究』あたりをひっくり返してもらえばすぐにわかるが、唯研のマルクス主義者連のなかでは、かなり異色である。いうなれば健全なのである。そして健全であるがゆえに、注目されることもかえってさほどない人物といえる。

本書では古在の家庭環境が詳しく語られるのだが、驚愕したのは母親が清水紫琴だということだ。知っている人は知っているかもしれないが、彼女は松本健一あたりが高く評価している明治期のアジア主義者・大井憲太郎の恋人だった作家で、本書の読後調べたら古在自身が彼女の全集を出版していた。不明を恥じる次第である。

それにしても息子がとてつもなく危険な運動に邁進しようが、彼をあくまで信じ何もいわずにその苦難の道を見守り続けた父・古在由直の温かさときたら。淡々と父親について語る古在であるが、そのなかから垣間見える元・東大総長の姿にはなんともいえず感銘を受ける。もちろん、帯にあるような「思想史入門」という観点からは何かを得る部分では別段ないのだが、とりあえず本書の読みどころのひとつである。

正直にいえば、「昭和思想史」という観点から読んでいくならば古在の回想というよりも、それに寄り添うかたちで明らかにされてゆく丸山の青年時代の姿にこそ、本書の核は存在する。学生時代に唯物論研究会に関係して逮捕されたというのは有名な話だが、その一端に触れられるとともに、丸山がどのようにマルクス主義を受容し感じていたか、さらには当時の共産党物神化についての興味深い指摘などがぽつりぽつりと散見される。もし本書が丸山相手の対談でなかったら、これほどの内容にならなかったことは間違いない。思想史というよりも、当時の社会科学にかぶれた青年たちの雰囲気を嗅ぐという意味ではなかなかの一編である。


kozai

古在 由重, 丸山 真男
一哲学徒の苦難の道―丸山真男対話篇 1』(岩波現代文庫)
★★★☆☆