「遅れてごめんね。これ、チョコレート」

「チョコレート?」

「いかんて忘れちゃ。今日は、バレンタインデーだがね。misaさんからだよ」

「misaさんて、あのKさん?」

急にAさんの口角が上がり、普段見せない満面の笑みとなった。

「決まっとるがね。Kさんからだよ」

チョコレートとホッカイロ、そしてmisaさんからの手紙の入った袋を渡すと、Aさんは、いつもおにぎりや弁当を渡すのと違い、大事そうに抱えていた。

昨夜、勤務先から帰宅すると机の上には、ブログ仲間のmisaさんからチョコが置かれていた。





静岡在住のmisaさんは4年ほど前に名古屋を訪れ、僕の行っている、金山駅でのおにぎり配りや、マザーテレサの修道院が行う炊き出しなどを体験。
その3日間をブログの記事にしていた。

白と黒
一期一会
メッセージ

金山駅のおにぎり配り体験の際、misaさんは、アルミ缶を集めて現金に替えるAさんの黒く汚れたごっつい手を取り、「あったかいですね」と言った。
その瞬間を今でもハッキリ覚えている。
それ以来、misaさんはバレンタインデーにチョコを僕に送り、そのチョコを僕がAさんに渡している。

そして今年のバレンタインデー。
夕方にAさんに渡したかったのだが、東海地方は生憎朝から雪が積もり、午後あたりから大雨になって自分の仕事や予定が大幅に狂ってしまった。

夜の9時前に金山駅に到着した僕は、雪と雨でビチョビチョになり、人通りが少なくなった金山駅の連絡通路を小走りに、地下鉄へと向かった。
途中、荷物いっぱいオバさんが駅の看板にもたれ掛かり、苦悶の表情を浮かべていたが、今日だけは目的が違っていた。
少しの罪悪感を感じながら、エスカレーターの右側を駆け下り、そしてAさんの姿を見つけると安堵し、チョコを渡したのだった。

「misaさんに俺が受け取ったって、連絡しといてな」

ホントはmisaさんと直接話したいのに、そんな濁した言い方をするAさんを可愛いなと思いつつ、

「ちゃんと渡したでね。misaさんに報告せなあかんで。電話するわ」

と言いながら、misaさんに電話をし、

「はい、misaさんだよ」

とAさんに携帯を手渡した。




「うん、うん元気だよ・・・」

会話を盗み聞きするような無粋な真似はしないが、夜の9時になろうとする地下鉄の通路は、人の往来が少なくやけに声が響いて、聞こえてしまう。
故にmisaさんと携帯で話すAさんから離れると、そこには、いつもおにぎりや弁当を渡すヒゲのオヤジや、スマイルおばさんが寒さを避ける為にいて、目が合ってしまった。

「♪こんばんは」

スマイルおばさんが、歯が一本しか残っていないのが分かる位、笑顔で近寄ってきたが、今日はAさんにチョコを渡すのが目的で急いで来た為、手元に何もなかった。
そこで両手を合わせ、

「ごめん。今日は、別の用件で来て、何も持ってないんだ。また明日ね」

と謝ると、残念そうに肩を落とし去っていった。
ヒゲのオヤジにも詫び、明日は持ってくると約束をしてその場を離れた。

5分ほどしてAさんが近づいてきて、携帯を差し出してきた。

「ありがと。misaさん元気そうだったわ。仕事も大変そうだな」

あともう一つの仕事が残っていた。




「はい、笑顔。笑顔。だめだめ。笑ってないよ」

せっかく頂いたチョコやホッカイロ、手紙を両手に、misaさんにAさんの元気な姿を見せたかった。
misaさんからのチョコだと分かった時に笑顔と違い、写真を撮ると意識してしまうのか、ぎこちない笑顔のAさんの写真は、そのままmisaさんへ写メールで送った。

「グ~」

気づけば腹の虫が鳴っていた。
夕飯を食べていなかったので、

「一緒に飯でも」

とAさんを誘い、駅の2階にあるうどん屋へ。




よくよく考えてみると4年以上もこうした関係を続けているのに、一緒に飯を食うという事は一度もなかった。

肩を並べて温かいうどんをすすりながら、misaさんの話や、僕の娘の話をしていると、うどんを食べたという物理的な熱の他に、何となく胸の内奥が、ホッとするような感じだった。

「今日は、ほんとにありがとう」

別れ際にAさんの発したお礼の言葉が、いつになく僕の中に響き、僕は、黙ってうなずいていた。