幕僚長の論文 | 守田比呂也の見たり聞いたり、話したり

幕僚長の論文

たまたまTVのスウィッチを入れた時、当節なにかと話題となっている元空幕長が映った。インタビュー番組らしくアナウンサーと思しき人の質問に応えていた。


もう一人かなり年配の男性が同席して、空幕長の話に意見を述べていた。話の内容はやはり空幕長が発表した論文についてであった。


田母神さんという元空幕長を初めて画面でみた。幕僚長とは旧軍で言えば大将か中将クラスに当たるのかよく知らないが、いずれにしても将軍と呼ばれる地位であろう。

TVで観た印象では制服ではなく私服のせいのためか、およそ将軍とはほど遠い感じであった。

おそらくどの監督がキャスティングしても彼に将軍の役を振らないと思う。そんな風貌の持ち主であった。

あとで知ったことだが、彼は脳梗塞を患ったことがあるらしい。旧軍ならその時点で予備役入りであったろう。自衛隊も人材不足なのか。


元幕僚長の意見というか歴史認識のうち、素直に同調できない点がいくつかあった。

まず大局的な観点で、日本は蒋介石にだまされて日中戦争の泥沼に引きずり込まれた、と彼は言うが、蒋介石の戦略を見抜けずに局地戦で勝利を納め、盧溝橋から上海、南京、重慶と中国奥地に引っ張り込まれ、ついに和平のチャンスを逸したのは日本政府と軍である。

日本軍をどんどん奥地に誘い込み、その間に欧米の援助を受けるというのが蒋介石の戦略であった。日本軍部はその戦略を見抜けないで連戦連勝と喜んで泥沼にはまり込んでいったというのが真実であろう。

それを今日なお、あれは蒋介石に騙されたのだなどと幕僚長が言うかねェ。


戦時中、海軍士官の教育を受けた時、海軍士官は「目先が利かねばならぬ」という教えが会った。

この目先が利くというのは、株の売買などで言う目先とは意味が違う。今ここでしてはならぬこと、やらなければならぬことを瞬時に判断することである。

情勢判断といってもいいだろう。


元幕僚長は自分のポストを考え、今この論文をこのような形で発表すればどのような事態が発生するかということ全く思慮に入れなかったのであろうか。


単なる論文ならいいが、これが実戦になればどうなるのか。


かつての参謀本部もそうであった。全軍が滅んでも作戦の誤りを認めなかった。おかげ、たくさんの仲間が死んだ。

軍において上に立つものは常に部下のことを考えるべきである。第二次大戦のインパール作戦を忘れてはならない。


田母神さんは今度の論文発表がこんな大騒ぎになるとは思っていなかったであろう。

まして空幕長の職を追われるなどとは夢想もしなかったに違いない。うしろから鉄砲玉が飛んできた思いではなかったか。

だとすれば情勢(戦況)判断が甘いと言われても止むを得ないと思う。