安藤忠雄研究2

※間が空いたので安藤忠雄研究1を11月29日付から移してきました

先日の自民党無駄撲滅チーム河野太郎議員による
新国立競技場ののヒアリングは紛糾したようですね。
今回の新国立競技場のコンペをめぐる議論についてなのですが、
なんでもめてるの?とか、何が問題なの?
といった疑問に答えていたつもりだったんですが、

審査員長の安藤忠雄さんってどういう人?っていう質問がありました。
えっ?安藤さん知らないの?って答えると
皆さん、知っていると。

安藤忠雄という人は知っているけど、
なにやった人?とか
建築家なんでしたっけ?とか
有名な人ですよね?とか

みなさん、安藤忠雄さんって人は、
その風貌や、なんだか偉い人っていうことで
知っている。
しかし、何やっている人か知らない、っていうことがわかったんです。
驚愕しました。

コンクリート打ちっぱなしの安藤忠雄だよ。
浪速のガウディ安藤忠雄だよ。
って言ったんですが、

一般的には
安藤忠雄は知っているが、どんな人か知らない。
というのが普通だったのか、、、

われわれの建築世代では知らない人などいない。
また、安藤さんの業績も含め建築設計関係者なら、
その仕事についてはみなさん熟知していると思うんです。

一般にも知名度の高い建築家といえば、
高度成長期にはもちろん丹下健三さんですよね。
まず、苗字が丹下。
丹下左膳とか丹下段平とか、丹下っていう苗字には何か凄い魔力があります。
次に、黒川紀章さん。
ちょうど大阪万博のころに建築界から一般メディアにさっそうとデビューし、
奥様が若尾文子さんということで一斉を風靡した。

丹下→黒川ときて安藤忠雄さんだと思っていたんですが、

僕が聞いてまわったところ、一般での建築家知名度は
実際には、丹下健三→黒川紀章→エドワード鈴木→安藤忠雄だったんです。

建築家の安藤忠雄さんではなく、
有名な安藤忠雄さん、でなんかやってる人、美術館の人?白い花の人?

「安藤忠雄」がもはや、ひとつのジャンルなんですね。

建築エコノミスト 森山のブログ

しかしながら、建築家のちびっこ達の間での知名度は、
圧倒的に安藤忠雄さんです。

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その安藤忠雄さんなんですが、
もっとも流布されているパブリックイメージとくれば
「建築を独学」というやつです。
そして、コンクリート打ち放しのデザインですよね。

この独学っていうのにはロマンがありますよね。
なにか、建築家って有名大学の建築学科を卒業しなければ、なれないんじゃないか、、というそれまでの風潮を打破するような、インディーズ魂。
何者にもとらわれないような独立独歩な気風や夢の実現、
そんなものを感じさせてくれる超カッコイイ言葉ですが、

今回、新国立競技場の審査員長の安藤さんってどういう人?という疑問に、
答えようと安藤忠雄さんについて研究してみてたんですが、、

ちょっとビックリしたんですが、
まず大前提のこの独学ってやつがどうもそうではない、
なんかちゃんと師匠についている、
いわゆる無勝手流の独学じゃないじゃん!ってわかっってしまったんです。

むしろ、そんなアウトローなイメージとはほど遠いんです。
もっとちゃんとやっている人なんですよね。

これ、都市住宅っていう建築専門雑誌の1974年5月号です。

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安藤忠雄さんが雑誌に取り上げられて二回目のころなんですが、


独学じゃない。

師事している。


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この写真、ビックリしたんですが、俺にむちゃんこ似ているんですけど、、、

1941年大阪に生まれる。
1960年大阪府立城東工業学校卒業
建築、IDなどの事務所を転々として、
1968年都市計画設計事務所で水谷頴介に師事。
1970年安藤忠雄建築研究所を設立。
昨年よりアトリエを本町に移転。
今年は仕事を放り出し、中近東へフウテン旅行を計画中。
今回の住宅は、市街地と郊外分譲地という立地条件の違いはあるが、
ともに<閉ざされた箱と開かれた部分>というテーマに共通項が見いだされる。

そうなんです。


安藤忠雄研究2