建築エコノミスト 森山のブログ

マンガ建築考の森山高至が「たてものと生活と社会と文化」を考えています。
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築地の豊洲移転に様々な問題が起こっているの続きです。
これまでいろいろと見てきましたが、

私も含めて多くの方が思うのが、なんで?こうなった?です。
なんでこうなったんだろう?

その大きな理由のひとつが、

どうやら、東京都が考えていることというのは、

「築地(でやっているコトや人)が→豊洲という新しい場所に移るんじゃねえよ!築地は捨てていくよ!」

ということのようなんです。

そして、東京都の態度は

「築地(そこでやってるコトや人)を辞めさせて、豊洲に別の仕組みの市場を作り、築地に居る人で移りたい人だけ移ればいいじゃん、むしろ築地の人は来なくてもいいじゃん、豊洲には新たな流通チェーンを設けるからよ!」

ということのようなんです。

つまり、現状を見る限り、「築地の豊洲移転」という言葉に皆、まやかされていて、
実際は「築地を消滅させ、豊洲で何をしようか?」という計画に結果としてなっているみたいなんですね。

このままいくと、「築地消滅」なんです。

なぜ消滅してしまうのか、その前に築地がなぜ特別なのか?について大まかに理解しておく必要があります。


築地というのは東京卸売市場が存在する場所の地名です。
しかし、元は一般名詞で土木・建築用語の築地(ついじ)です。

築地塀(ついじべい)という塀があるのですが、板の間に土を入れて突き固めて硬く締めて作った壁の上に瓦を葺いた塀のこといいます。

たとえば京都の御所を取り巻く壁が築地塀です。


このように作りました。


この土を突き固めて作るから転じて、そうして作られた土地、いわゆる埋め立て地なんかも、「築地」と呼ばれるようになったんです。
そうして新しく出来た町を「新地」と呼んで地名になっていたりもします。

で、東京湾の埋め立て地であった築地ですが、いつ埋め立て工事をしたのかといいますと、江戸時代です。

江戸時代も初期の頃、1657年の第四代将軍家綱の時代にとてつもない大火事があったんです。明暦の大火、別名振り袖火事とも呼ばれますが、徳川家康から第三代家光までに整備された当時の江戸の町のほとんどが灰燼に帰したといわれています。


ほぼ城下全域に及んでいます。
数万人の方が亡くなっています。


江戸城天守閣もこの火事により焼失したのです。

この火事以降、江戸幕府は防災都市計画に取り組みました。

結果、橋の架け替えや屋敷の移転、防災道路として広小路の設置。土蔵や瓦等を用いた燃えにくい耐火構造の建築を奨励、市街地や道路の区画整理を全域でおこなったのです。

そのときに、現在の浜町にあった西本願寺の別院が、幕府より復興区画整理のため移転を命じられました。


が、幕府も無茶を言ったと思いますが、移転先はその時点で未だ海の中を代替え地として与えました。

そこで自らそこを埋め立てして土地を築いたので、築地の御坊、築地御坊となったのです。


それが、現在に続く「築地」のはじまりです。


なので、築地イコール魚河岸ではなく、築地は埋め立て地、本願寺の門徒、しかも佃島の門徒衆が中心となって新たに築いた土地なのです。

佃島というのは、江戸期を通じ日本の漁業において非常に重要で面白い存在なのですが、後述します。

では、その頃の魚河岸はどこにあったかといいますと、、、
日本橋にありました。

落語の「百川(ももかわ)」等に出てくる河岸というのは日本橋のことなのです。


「百川(ももかわ)」という落語の一席は、私は大好きなのですが、老舗の料亭百川にやってきた田舎っぺの奉公人と河岸の若えしのやりとり、大店の番頭さんの慇懃なところなんかの人物像が、当時の江戸の河岸の息吹が、雰囲気が、とっても良く伝わる作品です。

私は20年ほど前に、新宿末広亭で、柳屋さん喬師匠の高座を見まして、死ぬほど大爆笑すると同時に、その勢いに大変感銘を受けました。
私が、もし、落語家になるとするなら、この人の弟子になりたい!という人です。

これは、大変オススメですので、是非ご覧ください。
また実際の高座でさん喬師匠の百川をご覧になると、もっと面白いと思います。





その日本橋の魚河岸でっすが、
江戸から明治になっても、まだ日本橋にありました。


かつては、荷物は海上輸送がメインですから、運河が高速道路みたいなもので、これらの船が現在でいうトラックに相当します。


その後、関東大震災を契機として、河岸が日本橋から築地に移るのですが、
これまで300年以上も続く魚河岸の諸制度や言葉を今に引き継いできたのが、築地です。


卸(おろし)、仲卸(なかおろし)という制度がどのようになっているのかを理解しないと、築地の空間構成と豊洲のデタラメ空間の齟齬は理解できないのです。

しばしハコモノの話題から離れて、この魚河岸の仕組みを見ていきましょう。



で、これまで築地でやってるコトと人は現在どうなっているか、


この表を見て、まず驚くのが、1日3000トンというその取り扱い数量です。現在はその取り扱い高は減っていて2000トン弱なのですが、1日あたりですから、1年間300日(市場は水曜日がお休みです)で換算すると、60万トンというそれでも膨大な量です。

この表を左から見ると、「出荷者等」となっていますが、これは漁場から買い付けして、発送する人たちです。

次に、「小揚会社」というのがありますが、「こあげ」と読みます。

小揚の存在は魚河岸に限った話しではなくて、かつて運送の主体は船でしたから、船荷を陸揚げする仕事としていずれの港湾にも存在した仕事です。
小さな油揚げのことではありません。

続いて「卸売場」(おろしうりば)、略して「おろし」と呼ばれます。
次に「仲卸売場」(なかおろしうりば)、こちらも略して「なかおろし」です。

買出人(お店の仕入れ担当)の魚の購入は通常この仲卸からします。

それぞれにいろんな矢印で結ばれていますが、仲卸を通さない取引が昨今増えてきているのです。

それどころか、市場すら通さないで漁港からスーパーに直送なんていうケースも出てきているのです。

一見、流通のショートカットで効率化が図られる?と考えてしまいがちですが、事はそうでもないのです。


築地でいえば、卸は7社存在します。

どの会社も創業が昭和22年~23年となっています。
あれ?魚河岸は江戸時代からあるんじゃなかったの?と思われるでしょう。

実は、関東大震災によって日本橋から現在の築地に移転するときに一大改革があって、魚河岸の仕組みと制度は大きく変わったのです。

問屋兼仲買、板船権、平田船権といった既得権の整理がおこなわれました。このとき10年がかりで現在の卸売、仲卸売の制度を整えなおし、昭和十一年に築地市場が動き出したと思ったら、今度は太平洋戦争に突入してしまったことから、戦時中の統制経済となり、敗戦後はGHQの支配下となり、事実上、築地市場が動き出したのは昭和20年代後半からなのです。
その間、魚が流通していなかったわけではありませんが、それで、卸売会社は昭和22~23年創業となっているのです。

では、仲卸売。
実は、築地市場の活気を生み出しているのが仲卸なのです。
魚河岸の華です。

朝日新聞に「魚河岸仲卸マップ」という素晴らしいページがありますので、そちらを見てみてください。


http://www.asahi.com/special/tsukiji/map-nakaoroshi/

この地図では鮮魚を選んでいますからオレンジ色で「鮮魚屋」さんが明示されています。

その他、エビ、タコ、サケ、大物、といったようにたくさんのお店が並んでいますが、これらの専門店ひとつひとつが「仲卸」さんなのです。

エビの目利き名人、天ぷらのタネ専門、江戸前寿司のネタ専門といったように、それぞれのお店には得意ジャンルがあり、お客はそのお店の競取りと目利きをたよりにして仕入れに行っているのです。

初めて行った人にはお祭りにしか見えない築地の「にぎわい」というのは、小さな専門店がひしめきあっているところから来るのです。


もっと身近な商売として似ているものとしては、神田の古本屋街の専門書店みたいなものでしょうか

この店は日本画専門、ここは理工書でも建築、この店は料理本、浮世絵専門、レア物グラビア専門、週刊誌バックナンバーならここ、という感じに古本屋さんは、お店ごとに目利きのご主人が競取りをして仕入れをし、そのジャンルを専門とする文化人、大学教授、学生、趣味人といった人向けに本を売ってくれますよね。
自分で探していたんでは、決して巡り会えなかったような本や希少本が必ずあの店に行けばある!というのが専門古書店の強みです。

築地の仲卸とは、魚のそれです。
しかも、古書とは違い、毎日全仕入れ、全売り切り、なのです。

なので、仲卸さん達は季節や漁獲、お客の好みや流行といったものを抑えながら、自分の専門知識や味覚や感性で、仕入れで勝負をし続けてきたのです、毎日。

その!仲卸さん達が、豊洲には行けない!
行くことができない、行くと仕事にならない!

って言ってんだ!

また、続きを書きますね。

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