上海万博日本館の話題の中でお話した英国の建築家ピーター・クック(Peter Cook)のように、建築家として構想しているビジョンが時代に先駆け過ぎていて、実物の建設機会に恵まれないタイプの建築家もアンビルドアーキテクトとして評価する慣習が海外にはあるという説明をしました。

アンビルドアーキテクトには三つあると思うんです。
ひとつは、その時点で物理的にも技術的にも実現が不可能、もしくは実現に多大な労力と資金をともなう建築を構想している建築家
ふたつめは、その時点で技術的には建築可能だが形態や機能や表現形式が社会風潮や施主の事情や投資効果などから実現するには意識革命を必要とするような建築を構想している建築家
みっつめは、建築というジャンルには未だ接続不可能な新規のコンセプトを他の表現形式や表現技術を導入して実現しようとしている建築家
大体上記のみっつがすべて含まれているのがアンビルドアーキテクトなんですが、設計図面よりもスケッチやドローイング、模型でしか作品発表できないにも関わらず、そういった新規の建築ビジョンが現実の建築に多大な影響を与える力をもっている人たちのことです。

アンビルドアーキテクトにどんな人がいるの?
というご質問もありましたので今後いろいろとご紹介していきたいと思うのですが、
私がこいつはすごいぜ!と思っている人たちからまずはこの人をご紹介します。

近未来風景の創造者、色鉛筆の錬金術師
レベウス・ウッズ 
Lebbeus Woods
1940年 ミシガン州ランシング生まれ
1964年 イリノイ大学建築学部大学院終了
この間、ケヴィン・ローチ事務所勤務
1970年 レベウス・ウッズ事務所主宰 RIEA(実験建築研究所)創設
クーパー・ユニオン教授

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近未来の廃墟といった感じの風景ですが、ウッズがこういったドロウイングを書いていたのはもう、40年も前からなんです。
これらはすべてCGのない時代に色鉛筆で描かれているんですよ!

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フィフスディメンジョンとかトータルリコールなのど映画、甲殻機動隊とかアキラとかその後のSFアニメーションのビジョンに多大な影響を与えていますよね。
特にウッズの建築表現で重要なのは、ワイヤーとチューブです。なんの機能的意味があるかどうかは知れませんが、すべての構築物に緊張感をもって張り巡らされているのがワイヤーです。
これは電線や配線、配管を意味し、物体の吊り下げもしくは浮遊体の緊結を意図していると思うのです、未来(現在)の建築物がそういったインフラの拘束下にあることが白日のもとにさらせれていることから、これらのドローイングデザインにリアリティを生んでいると思います。
また、腐食金属部分とまったく白銀の輝きをもった金属部分が張り分けられています、前者は鉄や銅、真鍮といった古い時代のローテク金属を、後者はチタンやステンレス合金に代表される現在から将来のハイテク金属を象徴しています。

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中世的な街並みに突如表れた未知の構築物とか、廃墟を占拠したサイバー武装集団とかいった感じです。これらのドロウイングのリアリティを下支えしているのは昔の建物の素材やディテールの精緻な表現と新規の建物がもつ技術表現です。

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こういった文明の堆積物として建築をとらえ、そこに積層するように未来の建築の姿をみるところがウッズの真骨頂であり、現実の世界が根無し草的に新しい建築を構想することの無意味さを逆説的に批評しているといえます。
ウッズの建築デザインコンセプトは話題になった発表当時よりも今現在、またこれからの世界でむしろリアリティをもつような気がします。ウッズのように自分の構想を中途半端な妥協のもとに無理やり現実化して建設するよりも、デザインコンセプトを純粋に維持したかたちで創作を続けることのほうに意味があるまでに高めることは至難であることがうかがえます。
これらの建築による文明風景はウッズの前にはバンドデシネで有名なメビウスが作品世界で構築したものと思いますが、メビウス(バンドデシネ)→レベウス・ウッズ(建築)→アキラ、甲殻機動隊(マンガ、アニメ)→ニール・ディナーリ(建築)→フィフスエレメント、マトリックス(映画)→ヘルゾーグ&ムーロン(鳥の巣)といったように、世界中に様々な表現形式、メディアを通じて循環していくものなのです。
そういった意味で、アンビルドアーキテクトの役割は構想や妄想と現実をつなぎ、再度現実から妄想を生み出すデザインビジョンの錬金術師として重要な位置をもっていると思われるのです。

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上記はウッズの特徴的な部分ディテールがもっともよく現れたドロウイングです。
既存外壁面のハガレや汚れ、傷や目地に加え、昔ながらの壁厚の内側に設置された窓枠にカーテンが見えます。一方、その外壁に打ち込まれたワイヤーロッド、大きく湾曲してはらみ出した真鍮、銅などの非鉄金属の配管類と複雑に折り込まれながら平滑な継ぎ目をたもつ曲面を構成するチタン外装に一部緑色を呈しているのは最近になって実用一般化した陽極酸化処理したマグネシウム合金と思われます。
建築表現の特徴はあくまで現実にその根底を置きながらも、どこまで飛翔できるかにかかっているのです。