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2016年03月24日 06時54分

 

米国水族館の「シャチのショー廃止」を日本企業が注目すべき理由

 

米国の海洋テーマパーク「シーワールド」が話題になっている。今後シャチのショーを廃止し、繁殖も終了するということだが、この動きの背景に何があったのか。また、日本への影響はないのか。

 

[山田敏弘,ITmedia]

 

米国の海洋テーマパーク「シーワールド」が、今後シャチのショーを廃止し、繁殖も終了する――そんなニュースが報じられて世界的に話題になっている。

 

 2016年3月17日、シーワールドはTwitterで「速報:現在飼育しているシャチがシーワールドで飼育する最後のシャチたちになります」とツイートした。実はシーワールドは何年も前から動物愛護団体と対立しており、結局、彼らの主張を受け入れる形となった。この話題は水族館や動物園で飼育されている動物の扱いにまで議論が拡大し、さまざまな反応が湧き上がっている。

 

yd_yamada2.jpg 米国の海洋テーマパーク「シーワールド」は、今後シャチのショーを廃止する(出典:シーワールド、3月22日)

 

 動物愛護などの活動により、企業や国が方針転換を余儀なくされるケースが近年、世界的に目立ってきている。そしてこの傾向は日本にとっても対岸の火事ではなく、日本企業もきちんとこの実態を把握しておかなければ命取りになりかねないと言える。

 

 今回、シーワールドがショー廃止の決断を下したのに大きな役割を果たしたのが、2013年に公開されたドキュメンタリー映画だった。そのドキュメンタリー『Blackfish(ブラックフィッシュ)』は、シーワールドに勤めていたシャチ調教師がシャチに殺されたとされるケースを追い、また飼育環境がいかに動物に悪影響かを描いた作品だ。

 

 この映画は、公開後からメディアでも広く取り上げられ、その後、米ケーブル局CNNで放送されると大きな議論を生んだ。批判の対象になったシーワールド側は評論家たちに映画内容を批判する書簡を送るなど、全面的に立ち向かう姿勢を見せた。だが結局、動物愛護団体からの執拗(しつよう)なシーワールド・ボイコット活動が行われるなどイメージダウンは避けられず、2014年にはシーワールドが主催する予定だったミュージックコンサートに出演予定だったバンドが次々と参加をキャンセルする事態になった。そして同年、こうした混乱を受けCEOが辞任し、さらに米下院でシャチの移動や繁殖などを禁止する法案まで提出された。

 

シーワールドの利益は激減

 ビジネス的なダメージは甚大だった。ドキュメンタリーが公表されてからシーワールドの来場者数は激減し、運営会社の株価は50%以上下落。これは14億ドル(約1569億円)の損出を意味した。2015年にはチケット料金を引き下げたり、1000万ドル(約11億円)ほどを費やしてテーマパークの安全性を訴えるのキャンペーンを行ったりもしたが、効果は上がらず、前年より利益が80%減ったとも報じられている。

 

 皮肉なことに、今回のシャチ繁殖中止のニュースを受けて、同社の株価はすぐに6%上がった。

 

 こうした動物愛護精神の潮流は、別の業界にも波及している。その1つが、映像業界だ。

 

 例えば2012年には、米人気ケーブルテレビ局HBOが米俳優ダスティン・ホフマン主演のオリジナルドラマ『Luck』の撮影で馬が2頭死んだことを動物愛護団体から非難され、結局、シリーズ終了を余儀なくされた。また映画『ファインディング・ニモ』の続編で、2016年6月(日本では7月)に公開予定のアニメーション映画『ファインディング・ドリー』では、もともと登場する海洋哺乳類のキャラクターがシーワールドのような施設に送られるというエンディングだったのだが、『Blackfish』を見た制作会社幹部が、動物愛護の観点からエンディングを急きょ変更させたと報じられている。

 

 こうした流れは一般の企業にも押し寄せている。メルセデス・ベンツは動物愛護団体の批判によって、一部モデルでシートに革を使うのを止めると発表。IKEAは店内のレストランで動物関連食品を使わないミートボールを提供することになった。大手アパレルのラルフローレンやアバクロンビー&フィッチ、H&Mなどは毛皮商品の扱いを中止し、GAPや、アディダスやプーマなどほとんどの大手アパレル企業が、動物愛護活動によってアンゴラウサギの毛の商品を発売停止にしている。

 

 食品分野でも、マクドナルドやネスレが、ケージに入れないで飼育される鶏の卵を使うと発表している。動物愛護団体からケージに入れて飼育するのは虐待だとの批判があるからだ。現在、食品などビジネスに動物が関連する米企業の50%以上が、動物愛護的な非難を避けるために、取引する家畜についての指針を発表するようになっている。3年前に指針を発表していた企業は全体の25%ほどに過ぎなかった。

 

過小評価してはいけない存在に

 このような状況を生み出している動物愛護活動の背景には、強硬な団体がからんでいる。その代表格が、300万人の会員を誇る世界最大の動物愛護団体「People for the Ethical Treatment of Animals(PETA)」だ。この団体は、動物実験から動物園、食品や衣料品など、とにかく動物の“生き方”に反することはすべて反対し、時々ゲリラ的なデモ活動でも話題になる。また「Humane Society of the United States(HSUS)」という米国最大の団体も発言力がある。

 

 こうした団体は過激なほど徹底した抗議活動を行う。近年では、活動団体の発言力がインターネットとSNSの普及で強まっている。シーワールド批判キャンペーンでも、反シーワールドの署名活動や「苦痛のシーワールド」といったWebサイトが立ち上がったり、シーワールドの公式Twitterアカウントが事実上、動物愛護活動家に乗っ取られたり、前出のドキュメンタリーがうるさいほど大々的に喧伝(けんでん)されたりと、徹底した活動がインターネットで行われた。

 

yd_yamada3.jpg (出典:苦痛のシーワールド)

 

 動物愛護団体の考え方はあまりに極端すぎると思えなくもないが、良い悪いは別にして、今となっては動物の扱いを考え直したほうがいいのかもしれないという意識を人々に植え付けていることは確かだろう。インターネットの時代には、もはや過激な動物愛護団体と過小評価してはいけない存在になっているのである。

 

 このような活動をサポートするようなトレンドも生まれている。「ビーガン」である。ビーガンとは厳格なベジタリアン(菜食主義者)で、動物関連食品を食べない人のことを指す。米国ではビーガンが増えており、ある統計では、米国民の5%がベジタリアンで、2.5%がビーガンだと言われている。

 

 最近では米国のスーパーなどでもビーガン専用の食品などを見かけるようになった。ファッションの一部のように見る人もいるが、彼らは動物愛護精神から、動物を食べないばかりか卵や牛乳など動物から生まれる食品も口にしないし、当然のことながらシーワールドや企業による“動物虐待”を口撃する。

 

 ビーガンのトレンドをけん引しているのはセレブたちである。女優のナタリー・ポートマン、ミシェル・ファイファー、アリシア・シルヴァーストーン、男優ではホアキン・フェニックスやウッディ・ハレルソン、歌手ではアッシャーやトム・ヨーク、その他ではマイク・タイソンやカール・ルイスなどもビーガンだと公表している。ちなみに現在、米民主党の大統領指名候補争いをするヒラリー・クリントン元国務長官の夫、ビル・クリントン元大統領もビーガンである。

 

対岸の火事ではない

yd_yamada1.jpg 日本への影響は? (写真はイメージです)

 

 実はハリウッドに限らず、動物愛護の風潮には国家もからむようになっている。

 

 海洋動物で言えば、ブラジルやニカラグア、ルクセンブルグ、ノルウェーでは、規制強化によって事実上、海洋哺乳類を飼育することはできなくなっているという。チリやコスタリカ、クロアチアでは海洋哺乳類の保有を禁じ、インドもエンターテインメント目的で捕獲したイルカの保有を禁じている。

 

 また海洋動物以外でも、メキシコではサーカスで動物を使うことが禁じられているし、スペインで闘牛が禁じられたのはよく知られている。さらにインド、イスラエル、ノルウェー、ニュージーランドは動物実験で作られたコスメ商品の輸入を禁じている。もちろんこうした規制の背景には動物愛護団体の活動がある。

 

 こう見ると、この流れがもはや日本にとっても対岸の火事では済まなくなるだろうと想像できる。もっとも、実際にはすでに日本企業にも波及している。最近で言うと、キッコーマンの米国本社は2015年、動物愛護団体から1カ月にわたって、多数の電子メール送付やSNSキャンペーン、またオンライン署名が続けられたことで、動物を使った健康効果テストの中止に追い込まれた。また日本航空(JAL)も、動物愛護団体による再三の申し入れによって、実験用サルの輸送中止を発表している。

 

 日本は、イルカ漁を批判的に描写したドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』で動物愛護団体からの執拗な批判活動を経験済みである。しかし日本でもシャチのショーは行なわれており、欧米の動物愛護団体から今後どんな反応が来るのかも気になるところだ(世界でシャチを飼育している国は、日本、カナダ、米国、アルゼンチン、スペイン、フランス、ロシア、中国だけ)。

 

“社会”変化は何を指すのか

 こうした潮流を、私たちはどう理解すればいいのか。シーワールド側は今回の発表を受け、公式Webサイトにこう声明を発表している(参照リンク)。「社会が昔とは変わってきている。私たちもそれに伴って変わっていく」。

 

yd_yamada4.jpg シーワールドは声明を発表(出典:シーワールド)

 

 この“社会”変化が何を指すのかははっきりと分からないが、文脈から読むと、多くの米国人がシャチを飼育すべきではないと思うようになったということのようだ。だが実際はそれだけではないだろう。インターネットやSNSの普及という“社会”変化よって、声の大きい動物愛護団体の発言力がますます高まり、妨害活動がより効果的・破壊的なったということも含まれているのではないか。

 

 現在ではもはや、ビジネスの成功や利益を追求するためには、コンプライアンスやポリティカル・コレクトネス(偏った用語を追放し中立的な表現を使用しようという運動)といった“倫理”を重視した方向転換はやむなしだと言える。そしてその“倫理”の中で、動物愛護団体らの声がますます大きくなっているということだろう。日本企業もこの事実を肝に銘じておいたほうがいいのかもしれない。