子ども発達支援センター

こうした経験を乗り越えて、ユキさんは現在、減薬断薬を目指しながら、仕事を続けている。職場は、大学で専攻した専門性を生かして、地元の社会福祉協議会が運営する「子ども発達支援センター」。

 センターには嘱託医が3人いるという。通園の希望がある子どもや、検診で指摘された子どもたちが療育相談という形で嘱託医の診察を受け、療育が必要と判断されると、通所できる機関ということだ。対象は、就学前の0~6歳。

 診断は医師によってばらつきがあり、3歳で比較的社会性が高いと感じていた子どもが、「ADHD、アスペルガー」の診断をされたときは驚いたとユキさんはいう。



「てんかん薬を服薬しているケースはありますが、年齢が小さいため、睡眠や情緒の安定のために服薬しているお子さんはいません。

ただ、将来的には薬も必要になるかも……という話はたまに耳にします。特に所長は診断や投薬を積極的に行うべきという考えなので、「あの子、早く薬入れちゃえばいいのに」とか平気で言っているのを聞いて、ゾッとします」


とユキさんのメールにもあるように、問題行動(と大人が感じる)のある子どもは「すぐに薬でおとなしく……」――そういう流れは、もう止めようがないほどの勢いを感じてしまう。その子どもの将来より、いま、目の前にいるときだけ、薬を飲んででも静かにしていてくれれば、それでいいのか――?

こうした職業に就く人の、精神薬に対する認識の甘さと、薬に依存する気持ちは、現場がたいへんという現実といつも天秤にかけられるが、そもそも天秤にかける問題なのかどうか……。


情緒障害児短期治療施設

ユキさんが勤める「子ども発達支援センター」は就学前の子どもが対象だが、それより年齢が上の子ども(小・中学生を中心に20才未満)が対象「情緒障害児短期治療施設」というものがある(全国に37か所)。短期と言っても、平均在園期間は28か月だ。

この施設は、児童福祉法43条の5に基づき、心理的・環境要因でつまずきや混乱の生じた子どもとその家族を援助の対象とした児童福祉施設だが、「治療施設」ということで、そこには専門医や心理療法の担当職員が配置されている。

ネットに、情短施設に関する厚労省の会議資料が公表されている。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000011cpd-att/2r98520000011dbj.pdf

気になるところだけ抜き出してみる。


児童精神科医による医学支援

・医学的な視点を欠く場合、刺激の多い施設の生活が子どもに悪影響を与えてしまうことがある。医師が入所児童の生活の様子を見聞きし、子どもの支援を考えること、職員への適宜助言を行うことが施設の支援機能を担保するために必要である。

(つまり、医者が介入した方が施設運営がうまくいくということだ)。

• 集団生活では落ち着かずパニックを起こしてしまう子どもなどには、薬物療法などの医学的支援が必要である。(読んで字の如く)。

そして、こうした情短施設では、

200910月の調査では32%の子どもが薬物療法を受けている

• 児童の状態によっては入院治療が必要になることもあり、医師がいることで病院との連携がスムーズになる。

• 夜間などにパニックを起こす子どももおり、職員は関わりだけでなんとか落ち着かせ夜を過ごさなければならないこともある。その負担は計り知れない。夜間でも医師に連絡をし、投薬などの医療対応の指示がもらえる体制があるだけで、職員の安心感は増大し、バーンアウトの防止につながる


だから、医師の確保は絶対必要ということなのだが、それにしても、こうまではっきりと「投薬」は、児童のためというより職員のため、と書かれると言葉もない。

ブログの読者で、この情緒障害児短期治療施設にいたことがあるという女性から連絡をもらったことがあるが、彼女の場合もやはり投薬を受けていた。(連携する病院があり、通院させられていた)。

家庭的な問題を抱えて、こうした施設に送られてくる子どもは多い。もちろん、この施設も家族支援をうたってはいるが、多くは子ども本人をどうにかしようという流れである。本来なら、環境要因による子どもは犠牲者であるはずだが、一番弱い立場の子どもに、情緒が不安定だからと、投薬をする……。

しかし、これが今の子どもたちをとりまく一つの現実でもあるのだ。


家庭環境、親の病気

さらにユキさんからは次のようなメールもいただいている。

「一つ気になるのが、私の所に通って来るお子さんは、大半が家庭の問題を抱えています。

両親の不仲、離婚、父親のDV……そして、目立つのが、お母さんが精神科に通院していて「統合失調症」で服薬しているケースです。

お母さんと話していると、お母さん自身、幼少期に辛い思いをされていたり、落ち込みがちだったりするのですが、私から見ても「統合失調症」はまずないなと感じます。

そして、服薬による倦怠感で、ネグレクトに近い状態になる。

そうすれば、お子さんは大事な時期にお母さんとの信頼関係を築けず、不安定になり、言葉の発育が遅れたり、環境の変化に過敏になったりします。これを、所長をはじめとするベテランの先生たちは、はやく「診断名つけた方が良い」と言うのです。

大人によって不安定にされ、薬を投与されたら、それは「虐待」以外の何物でもないと思います」


まさにその通りである。

そして、こうした「子ども発達支援センター」で診断をつけられた就学前の子どもたちが、もう少し大きくなった頃、上述の「情緒障害児短期治療施設」へ送り込まれるのは、ごく自然の流れなのだろう。そして、およそ3分の1が投薬を受けることになる。

しかし、現場に身を置き、ユキさんのような考え方をする人は少数派といっていいかもしれない。もちろん、頑張っている職員も多いと信じたいが……。


さらにユキさんは、センターで行われる検査についても疑問を感じている。

例えば、児童相談所や保健センターで実施されている発達相談で、知能検査を実施して、診断につながるケースも多いらしいが、もともと不安定な家庭環境で、環境の変化に敏感な子どもたちである。そんな彼らが、慣れない場所で、知らない人に囲まれて、受けさせられた検査において、実力が出せるはずもない。

そうした状況への配慮も一切なく、出てきた検査結果だけで、即「知的障害(の疑い)」などと診断がついてしまう。そのことへの理不尽さや怒りもユキさんは感じている。

とくに、先ほど例に出てきた3歳でADHD・アスペルガーと診断された子どもについては――、

「周りの大人の反応を気にする分、周囲が静かになると多弁になる傾向があり、それが診断書の症状として「一方的なコミュニケーションが多く、落ち着きに欠ける」と記述されていました。きっと周りのいつもと違う雰囲気を察しての行動だったと思うのに、何でも症状に結びつける、それは精神医療でも同じようなことが行われていると感じます」


 こうした施設における過剰診断、それに対して危機感を抱くどころか、診断を促す方向で動こうとする現場。

 子どもを取り巻く状況は、なんだか悪い方悪い方へ向かっているように感じられてならない。しかも、そうした施策には常に「子どものため」という大義名分がついてくる。そのことも、社会が問題の本質を見ないで済ませてしまう一つの要因だろう。


 ユキさんも小さいころから家庭的な問題を抱え、成人したとき、それがさまざまな症状となって現れ、結果として投薬というパターンをたどった。が、それが何も解決に結びつかなかったことを考えても、薬はその子どもが抱える問題を何も解決してはくれない。

 それどころか、投薬はただただその子がもっているマイナスの部分を増大させることになりかねないのだ。

しかし、こうした動きはすでに全国的なもので、ごく「一般的」なこととして通ってしまっているに違いない。もうこの流れを止めることはできないのか。

あまりに安易に処方され続ける子どもへの向精神薬。こういう子どもたちにはどんな未来が待っているのだろう。投薬が子どもたちの未来を暗いものにしてしまう可能性があることを、施設側、さらにはそれを管理する行政、国はもっと真正面からとらえる必要があるのではないだろうか。