先日、35歳の弟さん(仮にK男さん)のことで、お兄さん(S男さん)から連絡をいただき、話をうかがった。

内容は、「ひどい」――もう「ひどい」としか表現のしようがないものである。医師の人間性、不誠実さ、薬の知識のなさ、治療のいい加減さ――そして、この医師(T医師)が、あまりにも有名な人物であることに、日本の精神科医療というものの貧困を思わざるを得なかった。


今から17年前のことだ。K男さんは、予備校に通っているときに体調を崩した。机に向かってボーっと座ったままでいる。

心配になった家族が紆余曲折あって、T医師にお世話になることにした。そして彼の勤める病院を受診したのが始まりである。

T医師は児童精神科医、臨床心理学者という肩書をもち、都内有名大学の教授でもあり、数多くの本や雑誌を出している。彼の主張をあるところから引用する。

「人間学的精神病理学の立場を取り、統合失調症や自閉症などの精神障害を、異常性と捉えず、人間が本来持っている心の働きの一側面が突出して現れた姿であると捉える」

 S男さんの家族も、T医師のこうした考え方に共感して、期待を持って、この医師にかかることを決めたのだ。

 K男さんを診察したT医師の診断は「強迫性障害」ということだった。

そして、薬が処方された。



<10年間、処方の見直しは一切ない>

 薬を飲みはじめてしばらくすると、K男さんはひどく暴れるようになった。

近所のガラスを割る。ベランダの衝立てを壊し、隣の人に殴りかかろうとする。通りかかる人につかみかかる。石を投げつける。老人を突き飛ばす。ショーウィンドウのガラスを蹴飛ばして割る。喫茶店で火のついたタバコを投げる。家族に殴り掛かる。大声、奇声……


 薬を飲むまでは一切ない症状だった。

しかし、以下の処方がほぼ10年の間、まったく変わることなく、延々と続いたのである。


 クレミン(モサプラミン) 抗精神病薬

 トレミン(トリヘキシフェニジル) 副作用止めとしての抗パ剤

 アナフラニール(クロミプラミン) 三環系抗うつ薬

 バレリン(バルブロ酸ナトリウム) 抗てんかん薬

 セパゾン(クロキサゾラム) ベンゾ系精神安定剤

 レキソタン(ブロマゼパム) ベンゾ系精神安定剤

 アモバン(ゾビクロン) 非ベンゾ系睡眠薬

 アタラックスP

 頓服で

 テグレトール(カルバマゼピン) 抗てんかん薬

 ホリゾン(ジアゼパム) ベンゾ系精神安定剤



 T医師に相談しても、「強迫観念が行き詰って暴れている」という返事である。

 しかし、家族もS男さんも、この頃はまだ薬について何も知らず(処方の内容はつい2年ほど前、カルテ開示をしてようやくわかったのだ)、精神医療を信じ、T医師を信じていた。

 それに、弟さんの状態があまりにも悪いので、家族としてもじっくり考えるゆとりがなかったというのが現実だった。とにかく目が離せなかったのである。


 あるとき、K男さんに処方されていた抗うつ剤のアナフラニールが発売まもないSSRIのデプロメールに変薬された。

その日の夜のこと、K男さんは興奮して暴れはじめ、あまりの苦しさに自ら病院に電話を入れて助けを求めた。

電話に出た医師はT医師ではなく別の医師だった。興奮はSSRIの副作用であると考えた医師は、デプロメールを中止するように助言をしたが、T医師は「このままでいい」という意見で、以後、7年間というもの、賦活作用のあるデプロメールが、暴れ続けるK男さんに処方され続けたのである。

裸足で外に飛び出していき、暴れてパトカーが何台もやってくる。暮らしているマンションの窓ガラスを割り、壁はボコボコ。近所の人から苦情がきて、菓子折を持って謝りに行ったのも数知れず。デプロメールの影響からか、小さい子どもを突き飛ばしそうになって、あわてて止めに入ったこともある。

T医師に報告したところ「あら、まあ」と言ってそれで終わり、処方が見直されることはなかった。

SSRIのアクチベーションシンドローム、そして、抗精神病薬の賦活作用。その当時はまったく家族は知らなかった。

そして、T医師の説明を信じて、「強迫性障害が悪化して、こうなっているのだろう」と家族はずっと思っていたという。



<処方の見直しのはずが、Cp2256を投与>

一向に改善しないK男さん。28歳のときS男さんがT医師に訪ねた。

「いつも強迫観念が行き詰って暴れた、薬を出しときましょうの繰り返し。先生のこの先の治療方針を教えてください」

すると、T医師は突然怒鳴り始め、「入院ですよ!」と言い放った。

なんでもっと早く入院ということを言ってくれなかったのか、とS男さんが訪ねると、T医師は「今、新病棟を作っているでしょ」と言い訳した。

治療が始まってすでに10年ほど経過していた。家族の任意入院の希望にT医師もようやく、一向に改善の兆しを見せないK男さんに、処方の見直しの必要性を感じたのか、「一度、入院して、処方を真っさらにして、どの薬が合うか試してみましょう」と提案した。

1回目の入院は期間は5ヶ月ほどだったが、そのときのカルテを見ると、薬の処方の見直しどころか、入院してすぐに次のような処方に変更となり、その処方は入院初日から2回目の入院まで変わらなかったのである。退院後どんなに悪化しようがその処方が見直されることはなかった。



フルメジン(フルフェナジン) 抗精神病薬

コントミン(クロルプロマジン) 抗精神病薬

レボトミン(レボメプロマジン)抗精神病薬

デプロメール(フルボキサミン) SSRI

アモバン(ゾビクロン) 非ベンゾ系睡眠薬

アタラックス(ヒドロキシジン)抗アレルギー性の精神安定剤

ヒベルナ(プロメタジン)抗ヒスタミン系抗精神病薬

テグレトール(カルバマゼピン) 抗てんかん薬



 メジャーが3種。しかし、T医師の診断は相変わらず、強迫性障害である。

 それでも入院中、K男さんの調子はまあまあの状態になった。そこで退院となったが、1ヵ月後、再び状態が悪化して、このときに、レボトミンから頓服でセロクエルが追加され(イライラを増す)、メジャー(抗精神病薬)3種にSSRI(デプロメール)。

 とうとう家では対処しきれなくなり、病院に電話をすると、主治医が不在で、他の先生の計らいですぐに入院させてもらった。

二度目の入院時、T医師は「自分は古い薬(コントミン等)については詳しいが、新しい薬(リスパダール等)はわからない」ということで、薬の処方については30歳代の若い医師が担当し、そこでジプレキサ、リスパダールが出されている。

しかし、強迫性障害ということで治療をしているのに、強迫を増すジプレキサMAXやリスパダールMAXを処方して、いくら詳しくないからと主治医が何も言わないのはあまりに無責任。

さらにコントミンMAX、頓服にメジャピン(抗精神病薬)、一ヶ月でCp換算1000を越え、あっという間にCp換算2256にまであがった。

入院期間は2年3ヵ月。この入院中にK男さんが暴れることは最初から一度もなかったにもかかわらず、処方は3割がときどき変薬になるものの、7割はほぼこの調子で続けられた。

入院して1ヶ月後ぐらいにジプレキサとデプロメールによって悪性症候群を疑う40度の熱を発しているが、K男さんへの処方は変わっていない。血液検査もしてくれなかった。

後にT医師は「悪性症候群は確率の問題だから、大丈夫です」とS男さんに述べている。肝臓の数値が上限2ケタなのに3ケタまであがったが、T医師が言うには、「4ケタでないので大丈夫」とのことだった。

「血液検査は確率の問題なのでオーバーしても大丈夫」が口癖だった。

また、2回目の入院後すぐに母親が30歳代の若い医師に「薬が合っていないような気がする」と言ったところ、「そうですね、弟君には合ってないかもね」と言って、SSRIのデプロメールを一気に断薬。そのときも高熱を出している。


こうした入院治療をはさんで、T医師のもとで治療を続けたK男さん。退院時には定時薬にメジャピンがT医師のもとで追加され、さらに頓服にメジャピンが追加となった。さすがに30歳代の医師も出し過ぎではと言っていた。

                        (つづく)