若者に対する精神科「早期介入」については、本家本元であるオーストラリアでも、現在かなり問題視されているようだ。

 前のエントリでコメントしてくれたmyuさんから、そうした情報を伝えていただいたので、お知らせします。



過半数の精神科医が、早期介入による過剰な薬物治療を危惧

 まず、オーストラリアの精神医学ニュースサイトが、マクゴーリが唱える早期介入モデル(EPPIC)について、現役精神科医を対象にアンケート調査を行った結果がある。(投票には免許番号を登録する必要があるので、信頼度の高い結果と思われる。)

 それによると、

①オーストラリア政府がマクゴーリのEPPICを支持することに賛成ですか?

 強く反対する――19.8%(24人)

 反対する――38.8%(47人)

 強く賛成する――12.4%(15人)

 賛成する――18.2%(22人)

 どちらとも言えない10.7%(13人)

 これを見ると、約60%の精神科医は、「反対」していることがわかる。


②EPPICは若者を過剰な薬物治療のリスクにさらすことになると考えますか?

 強くそう思う――14.9%(18人)

 そう思う――37.2%(45人)

 強くそうは思わない――12.4%(15人)

 そうは思わない――18.2%(22人)

 どちらとも言えない――17.4%(21人)

 これを見ると、50%以上の精神科医が若者を過剰な薬物治療のリスクにさらすことになると考えていることがわかる。



早期介入による予防のエビデンスは不十分

 そもそもオーストラリアのパトリック・マクゴーリ医師が熱心に進める「早期介入」とは何なのか?

 先月(2011年9月)、オーストラリアのメディアが取り上げた記事の一部を紹介する。

http://www.theage.com.au/national/drug-trial-scrapped-amid-outcry-20110820-1j3vy.html

(myuさん訳)



早期介入とは、例えば統合失調症のような本格的な精神疾患に至ることを予防するために、その初期段階で精神病を同定し、治療しようというものである。

パトリック・マクゴーリ教授の早期精神病予防介入センター (EPPIC) では、精神病様エピソードの経験がある若者を、心理療法、家族療法、薬物療法、およびそれらの組み合わせで治療する。彼によれば、早期の治療が回復の機会を有意に向上させ、また長期障害を軽減するという。しかし、精神疾患の診断というのは難しいもので、誰が将来精神疾患を発症するかを予見する正確な診断ツールは存在せず、また介入によって予防できるとするエビデンスは極めて不十分なものであるとの批判がある。




家族歴やメンタルヘルスの悪化などのリスク要因を言う「精神病リスク症候群」のある80%もの人は、実際には何らの精神疾患も発病しないことも問題視されており、こうした早期介入は多くの患者に誤って精神病のレッテルを張り、不必要に薬物を投与する危険性があると指摘されている。



最近発表されたコクラン共同計画 (Cochrane Collaboration) による文献レビューにより、早期介入によって精神病が予防できるとするエビデンスは不十分なものであり、それによって得られる何らかのベネフィットも、長期的なものではないことがわかっている。これに対してマクゴーリ教授は、レビューの方法に欠点があると言う。」

(以上)




 この「コクラン共同計画」とは、世界的に急速に展開している治療、予防に関する医療技術を評価するプロジェクトのことである。1992年にイギリスの国民保健サービスの一環として始まったもの。


その目的は、世界中の臨床試験のシステマティック・レビュー(sytematic review; 収集し、質評価を行い、統計学的に統合する)を行い、その結果を、医療関係者や医療政策決定者、さらには消費者に届け、合理的な意思決定に供することである。

 つまり、ここで言われていることは、根拠に基づいた医療(EBM)におけるお墨付きというわけだ。

そこが、早期介入によって精神病が予防できるとするエビデンスは不十分なものであり、それによって得られる何らかのベネフィットも、長期的なものではない と言っているのである。



つまり、日本において早期介入を推進する人たちが主張する

「早期介入によって重症化が防げる」という、親の立場からすれば脅しともとれるような言い分は、まったく根拠(エビデンス)に乏しく、利益(ベネフィット)どころか危険性(リスク)のほうが大きいということだ。


 早期介入の本家オーストラリアでさえ現在このような批判があがっているのである。そのことを、そして、早期介入のエビデンスの不確かさを、日本で現在「若者の精神科早期介入」を推進している人たちは知っているのだろうか? 知っていて、なお推進しようとしているのだろうか?


 さらに、ヨーロッパ最大の神経精神薬理学年次総会においても(先月(9月)パリで開かれた)、早期介入を積極的に推進する専門家の中でも、オーストラリアのマクゴーリ(McGorry)やヒッキー(Hickie)以外は、精神疾患のウルトラ・ハイ・リスク群(UHR)の少なくとも70%は精神疾患に移行することはなく、また科学的に証明のある予防介入など存在しないことを例外なく認めているのだ。

 70%の偽陽性率。いや、80%(前出)、そして90%(発症するのは10人に1人・後述)という数字もあるくらいだ。



早期介入に関する多くの反対意見

 2009年6月のことだが、アメリカの「統合失調症フォーラム」において、「精神疾患の早期介入・予防」について議論が行われた。

http://www.schizophreniaforum.org/for/live/detail.asp?liveID=68

 その中のいくつかを紹介する。(ブログ「光の旅人」より)

http://schizophrenia725.blog2.fc2.com/blog-entry-52.html



 まず、フォーラムのリーダー、ウイリアム・カーペンター(メリーランド精神科研究センター)は以下のように述べている。

「DSM-Ⅴに(精神疾患リスク症候群を)含めること――2012年発行のDSM-Ⅴに含めるかどうか現在議論中である」には、数多くの懸案事項が発生する。疾患もなく誤診を受けてしまうことで個人が被る偏見はどうだろうか。有害無益なだけの薬剤治療が広く行われる結果にならないのか。一次医療に携わる医師をはじめ、専門知識のないものに、信頼性のある有効な診断ができるのだろうか。」



研究者 Daniel Mathalon の意見 一部抜粋訳
「現在、精神疾患の発病リスクありとされるUHR/COPSの基準を満たし、実際に2年以内に発病するのは約35%(キャノンら、2008)と予想されているが、この予想は研究サンプルの中でも一定したものではなく、もっと広く臨床的に急を要さないコミュニティー・サンプルを基準にすれば、さらに低い予想になる。

UHRの基準を満たすものの治療にあたる臨床医にいかに注意を促し、治療に制約を加えたとしても、大なり小なり薬剤治療になることは避けられず医療的にも重大かつ非難を受ける副作用(運動障害や肥満)につながる治療となる。 」



研究者 Dirk van Kampen の意見 一部抜粋訳
「マクグラシャン医師やウッズ医師がこのカテゴリーを定義するためにスライドキャストで提示した5つの症状は、すべて精神病様、あるいは弱い精神病様症状といえるものばかりである。単に陽性症状にだけ基づいて、リスク症候群、あるいは統合失調症前駆症状と定義するのはきわめて時期尚早である。



研究者 Andrew Thompson の意見 一部抜粋訳
「例えば、近年引用されるメルボルンのPACEクリニックでの発症率10~15%(ヤンら、2007年)のようなNAPLSグループに比べ、他の複数国のクリニックでは、明らかに精神障害を発症したとする率は極端に低い。その率も、それまでの年に比べて有意に減少しており、しっかりとしたクリニックにおいてですら精神疾患に進行すると正しく識別されたのは、おそらく「リスク症候群」の基準を満たした10人のうち1であることが示唆される。また事実、精神疾患に進行した群の中でも統合失調症らしき精神疾患を発症したのは、わずか55%であった(キャノンら、2008)。」



研究者 Ashok Malla の意見 一部抜粋訳
「精神疾患のリスク症候群」をDSM-Vに含めようというのは崇高な意図ではあろうが、見当違いである。その理由は、なんら治療方法も特定されていないと同時に、予測という点においてもその特異度に対するエビデンスが明らかに欠けているだけでなく、社会的被害をもたらしうるからだ。」



日本における早期介入を促す言説

 こうした世界的な意見をまったく無視する形で現在、日本では「若者への精神科早期介入」が進められている。

 パンフレットやホームページなどでは、ほとんど何の根拠を示すことなく次のような記述が多く見受けられる。上の記述と読み比べてほしい。



「心の病気ハンドブック」より

「発病をできるだけ早く発見し、早く治療すれば経過がよいことは、数多くの研究で実証されています。ただ、現状ではなかなか早期発見・早期治療に至っていません。わが国の統合失調症の例では、発病してから治療開始までに1年もの時間が費やされています。治療開始が遅れると治りにくくなり、重症化し、社会適応が悪くなり、さらに再発率が上がることも判明しています。」



ユース・メンタルサポートセンター MIE(三重県のホームページより)

「近年、精神疾患についても他の疾患と同様に早期発見・治療・支援の重要性が認識されてきています。

 近年精神病の早期発見・早期介入の研究は国際的にめざましい進歩が認められ、実践的にも一定の成果が報告されるようになっています。特に、Birchwoodらは、『病初期数年間(3~5年間:臨界期)の経過は、中・長期的な経過を予測する可能性がある』、

『病初期数年間の経過を可能な限り良好に維持することによって、中・長期的予後を改善する可能性がある』、

『病初期に最善の治療・支援を提供することが重要』(1993)と報告しています。また、西田らの疫学調査研究より『10歳代早期に精神病様症状(PLEs)を体験している児童思春期の一群が存在する』ことや、様々な臨床研究により『発症前にハイリスクを同定し、発症を回避したり発症しても重症に至らせないことや、発症後の転帰と関係するといわれる精神病未治療期間(DUP)を短縮することが良好な予後に繋がる』ことなども報告されています。」



 赤字の部分は、すでにコクラン共同計画の発表によって、エビデンスの乏しさが指摘されているものである。

 さらに、この文章は、ひたすら不安をあおり、早期介入によってその不安を軽減できるかのような書き方に終始しているが、ハイリスク群として同定されることによる偏見の問題、誤診(偽陽性)に対して薬物治療を施すことへの危険性、倫理的問題に対する答えは何一つ示されていない。


 精神科早期介入・若者への過剰な薬物治療による被害の報告をお待ちしています。

 

 kakosan3@gmail.com