関西地方にお住まいのひろみさん(仮名・30代・主婦)から、精神科病院入院についての告発がありました。

 薬漬け、薬害、それ以外にも、精神科病院の存在そのものに対する告発です。

 これまでも、入院したことによってPTSDを負うことになった例を紹介したことがありました。また、隔離室に10日間放置された結果発症したと思われる病気によって、退院後も数々の症状に苦しむことになってしまった女性の例。

 精神科病院は精神疾患の治療という名のもとに、さらに病状を悪化させ、それだけでなく、あらたな精神疾患や身体的疾患を生みだす場所となっています。そして、多くの患者は物言えぬほど薬漬けにされ、この問題は、隠されたままの部分が多いのも事実です。


 入院経験のある、ある男性は、メールで私にこんな文章を寄せてくれました。

私は何回も、精神病院に入院しました。そして何人もの死に立ち会いました。……

でもその時は気がつかなかった。(無知でした。)彼らが孤独に死の谷の影を歩むときに寄り添いもしなかった。……

何故、病院で殺されなかったかを考えると、こんな私でも何かの使命がある様な気がしたのです。

今も塀の中で合法殺人が毎日繰り返されています。殺された人たちの叫び声は何処にも届きません。その魂の叫びを無視できないのです。私は見て、知ってしまったのです。私はたとえ生き延びてもあの地獄を忘れる事はできません。」

 そして、ひろみさんもまた、精神科病院の現状をその身で体験し、つぶさにその現実を語ってくれました。


入院

 ひろみさんが入院したのは、2009年夏のこと。

 その年の6月、ひろみさんは子供を出産した。しかし、出産後、情緒が不安定になった。本人は普段通りのつもりだったが、出産後の体にもかかわらず活動的で、元気がよすぎると、家族は思ったようだ。また、自営業で、ひとみさんも経理を手伝っていたが、資金繰りがうまくいかない状況と重なって、夜眠れなくなった。

 経理や子供のことが気になり、産後の不安定な精神状態なのかと自分でも感じていた。その後、仕事のことを夫に話すが、不安定な状態は変わらなかった。

夫は心配してひろみさんの家族に相談。家族はそれぞれひろみさんを心配し、休むよう説得したが、うまくいかず、一方ひろみさんはひろみさんで、心配されているのはわかるが、ゆっくり話を聞いてもらえないと感じていた。そんな状況が2、3日続いた。

特に、父親は、(心配のあまりではあるが)どなったり、怒ったりして、高圧的な態度でひろみさんをおとなしくさせようとしたが、ひろみさんにしてみれば、自分の家庭の問題に首を突っ込んでほしくない思いもあり、父親にいくら言われても譲れない気持ちだった。

 そして、最終的に、一度錯乱してしまう。

心配した家族が、保健所に相談すると、警察に連絡され、それから保健所の職員がやってきて「あなたのためだから」と、結局パトカーに乗せられて、精神科病院へ医療保護入院することになった。

 しかし、ひろみさんは、最初そこが精神科病院ではなく、総合病院だと思っていた。これで少し休める。ひろみさん自身、自分の不調に何となく気づいていたし、錯乱したときに怪我をしていたこともあり、病院に行けることになってかえって安堵したという。


 隔離室の恐怖

最初の診察ではまず、夫と父親とひろみさんの3人が医師に会った。父親が、産後から調子が悪くなったなど話しているが、医師はひろみさんに何も尋ねず、顔さえ見ることもなかった。医師は自分の名前も、自分が精神科医であることも告げていない。

ひろみさんが一言、「男の人にはわからないから」と言うと(そうすれば専門の医師が来て、女性である自分の言い分を聞いてくれると思ったのだ)、医師はすぐひろみさんだけを診察室から出ていくように指示した。

そして、看護師に「こっちに来てください」と言われ、何か話をきいてくれるのかと思いついて行ったが、結局そのまま閉鎖病棟に入院となった。


 病棟には、瞳がまったく動かない人、歌を歌ってばかりいる人、口が半開きの人、髪の毛がぼさぼさの人、そんな異様な雰囲気の人たちが50人ほどいた。

それでもまだ、そこが精神科病院の閉鎖病棟であることをひろみさんは知らなかった。

ベッドにひとまず落ち着くと、5人の看護師がやってきて、おしりに注射をされた。もちろん、どのような注射なのかの説明もなかったが、ひろみさんは注射後も眠ることはなく、医師から何らかの説明があると思い、待ち続けた。

しかし、医師が現れないまま夜になり、仕方がないので何人もの看護師に、話がしたい、説明を受けたいと声をかけるが、取り合ってもらえない。

そうこうしているうちに、看護師の一人(感じのよさそうな人だった)から「ちょっと来て」と声をかけられ、ついていくと、なんとそこは隔離室だった。

夜中の出来事である。薄暗い部屋、錆びついた扉、ひとつしかない小さい窓、和式のトイレ――気がつくと、ひろみさんを連れてきた看護師のほか、あとでわかったがその病院の院長で、ひろみさんを最初に診た医師と、もう一人大きな男が立っていた。

「ものすごく怖かったです。殺されるかもしれないと思いました。そのときのことを話している今も受話器を持つ手が震えてます。フラッシュバック……。あのときの恐怖がよみがえってきて……」

 電話で話しながら、ひろみさんはそう言った。

「夜中のあんな時間に、あんな場所に連れていかれて、男の人3人に囲まれて……あの行為は、人間には絶対してはいけない行為です。まして、女性にしてはいけない……


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 隔離室への収容については、以前もこのブログで取り上げたことがある。

 http://ameblo.jp/momo-kako/entry-10707895331.html

 このケースは完全に「治療」と称して、あらたな精神疾患を発病させているといってもいいものだ。

 隔離室はいわゆる「独房監禁」に近いもので、正常な囚人でも拘禁ノイローゼになることがある。まして女性で、夜中にわけもわからず3人の男に取り囲まれ、隔離室に入れられた恐怖を思うと……ひろみさんは心に傷を負い、それがPTSDとなって、のちのちまでフラッシュバックに苦しむことになった。

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ひろみさんは、居並ぶ男たちを前に恐怖に震え、看護師から注射をされるとき、「痛くしないで」というのが精一杯だったという。そして、肩に注射をされながら、目の前に一枚の紙がひらひらするのだけはわかったが、そのまま気を失った。

明け方目を覚ましたときには扉付近に倒れていた。看護師たちは注射をして気を失った患者をそこに放置したことになる。


とりあえず、床のあまりの汚さに、布団に移動した。

しばらくしてふと気がつくと、自分の寝床のすぐ横に、男が(医師)がやってきて、ひろみさんの隣にどっかと腰をおろした。

ひろみさんには、それが最初に自分を見て、昨夜へらへら笑いながらペラっと紙を一枚渡した男だということはわかっていたが、この時点で、名前も、立場(院長)も知らされておらず、「男の人は嫌です」とまず言った。距離が近すぎる。話たくないのではなく、まず距離をとって欲しかった。

男の医師は「わかった、わかった」と言い、ひろみさんから離れた。そして「檻」の外に出た。ひろみさんは何か話をしようと思ったが、男は何も言わずそのままその場を去っていった。その後、ひろみさんはその男の医師からの診察を一度も受けていない。

医師が去った後、ふと見ると、昨夜気絶する前に手渡された紙片が床に落ちていた。見ると、以下のような文章があった。                 (2へつづく)


ひろみさんが入れられた隔離室の錆びた鉄格子。





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