大阪地方裁判所(民事部)において平成15年に判決の出た、精神病院内死亡事故における損害賠償請求が認められた事例を紹介する。(詳細は以下を参照してください。)

 http://homepage3.nifty.com/medio/watching/hanrei/150530.htm


 

 結論からいえば、争点の一つであった患者の死亡原因を判決では「麻痺性イレウス」と認め、その上で、精神病院を経営する○○会、当病院長、および病院経営者(経営者が死亡したため3人の相続人)に対する注意義務違反を認めている。



原告側の主張

 事件は、平成8年12月13日に起きた。

 原告側の主張(原告は死亡した患者Gの母親)

①12月7日、G(当時29歳)は自宅で父親と諍いになり、翌8日、当該精神病院・Y病院に入院(以前にも2度この病院に入院している。また、Gは1年ほど前から精神分裂病の病名で他病院にも通院、入院経験がある)。



②12月8日午前,Gは,主治医のJの診察を受けた。Gは,精神的には不安定であり,胸部心音が不純であったが,食欲は正常で,他に訴えはなかった。


Gは,12月8日,1日当たり,抗精神病薬である100ミリグラム・スルピリド錠9錠,10パーセント・プロペチル細粒1.5グラム,10パーセント・プロクラジン顆粒1.0グラム,1パーセント・ハロペリドール細粒1.0グラム,50ミリグラム・ゾピテ錠3錠,25ミリグラム・パドラセン3錠,10パーセント・ピレチア細粒1.0グラムチスボン2錠の処方を2日分受け,同月10日,同じ内容の処方を4日分受け,入院時から,毎日,投薬を受けた。



④12月10日ころ、Gは補助看護人をしていたEに対し,便秘がひどいことを申告し,「どないかしてくれ」「浣腸してくれ」と訴えた。そこで,Eは,看護婦の主任のIに相談したところ,Iは「Eさん,いいのよ。いざとなったら座薬を入れたらいいのよ」といって,Gに対し,何の措置もとらなかった。



⑤Eが,12月13日の朝,投薬のためにGのもとを訪れると,Gは,Eに対し,「飲むの勘弁してくれ。飲んだことにして,捨てておいてくれ」と訴えたので,EはGに投薬しなかった。

同日の午前中,Eが巡回の都度,Gの様子を見ると,Gは苦しそうに呻いていた。

同日,正午ころ,Gの隣のベットの患者が,Eに対し,Gの様子がおかしいと告げに来たため,Eが様子を見に行くと,Gの腹部が異様に膨らんでいた。

そこで,EはIに対し,「Iさん早く下剤を与えるか,浣腸しないと」と言ったが,Iはとりあわなかった。

さらに,約1時間後,Eが,Gの様子を見に行くと,Gは口から便のような黒いものをはき出し,脈もほとんど無い状態であった。Eが,IをGのもとに連れてくると,Iは病院全体に点呼をかけるようにEに指示し,廊下にいた他の患者を病室内に入れ,Gを1階の重症患者を収容する部屋に収容した。



⑥Gは,12月13日午後1時45分ころ死亡した。死亡診断書を作成したのはFであるが,同医師がGの死亡に立ち会ったわけではなく,家族への説明のため,Gが急死したことと,糖尿病と不完全右脚ブロックの既往症がカルテ上から認められたため,死因を心筋梗塞と記載したに過ぎなかった。



⑦12月13日午後4時ころ,原告(Gの母親)は,Y病院でGの遺体を見たが,その状況は,腹部のあたりが腫れて膨らんでおり,目の周りには涙がたまっていた。自宅に帰ってから,Gの鼻から出血があり,葬式の際,Gの遺体を棺桶に入れるとき,腹部を押さえたためか,Gの口と肛門から大量の内容物が排出された。



被告側主張を退ける

これに対して被告側の主張は、まず、死亡後肛門から内容物が出たことを理由に、麻痺性イレウスに罹患していたとは考えられない。また、Gは糖尿病に罹患しており、さらに肥満,喫煙等の危険因子が加わって動脈硬化が進展し,心筋梗塞を引き起こして突然死亡した可能性が高いとしているが、裁判ではこれら被告の主張はことごとく退けられた。



原告側の主張が受け入れられた背景には、Gが投薬を受けていた抗精神病薬のクロルプロマジン換算が1日当たり1630ミリグラムであり、一般的に用いられるクロルプロマジン換算50ミリグラムから450ミリグラムの3・6倍から32・6倍に相当することを重視したことが挙げられる。

 判決文にはこうある。

Gの死因は,原告の主張するとおり,多量の抗精神病薬を多剤併用投与されたために,その副作用である自律神経症状として,高度の便秘状態を呈することとなり,これが高じて麻痺性イレウスとなり,便通が阻害され,腸内容物が腸内に蓄積し,それに伴って腸内細菌が増殖し,小腸粘膜の損傷によって,これが体内の血液に入り込んで敗血症を引き起こし,ショック状態を呈して死亡したものと認める



 ここで注目すべきは、麻痺性イレウスについて、判決文の中で非常に詳しく述べられている点である。参考までに記しておく。

抗精神病薬は,副作用の多い薬物であり,近年大きな問題となっているのは,自律神経症状であり,特に,下部消化管の機能障害,すなわち,慢性便秘,麻痺性イレウス,巨大結腸症などである。慢性便秘は,抗精神病薬の長期服用により,抗アセチルコリン作用によって腸管の拡張が起こり,運動不足などが重なって糞塊の停滞が慢性化し,大腸の筋緊張が低下して更に拡張が続くという悪循環によって起こると考えられている。麻痺性イレウスは,腸管筋の緊張低下に起因する腸の通過障害である。特にクロルプロマジンなどの薬剤は,抗アセチルコリン作用が強く,これらを大量に使用ないし併用することは,腸管の蠕動に抑制を来しやすいとされている。麻痺性イレウスは,大腸の動きが止まり,腹部も異様といえる程膨満し,小腸も停滞,充満し,腸内細菌の増殖が始まり,小腸粘膜が損傷されると,腸内の大量の細菌,エンドトキシン等が一気に血管内に進入し,悪寒,発熱等の症状をみる間もなく,容易に敗血症を引起し,同時にショック状態となり,救命は困難になるとされている。腸内容物は出血した血液が混じると黒くなり,腸から胃にまで充満し,嘔吐するようになる。あまり痛みはなく,腹痛もあったりなかったりで,気付かないうちに麻痺性イレウスになっている例もある。このような場合には,腸内の便が,一部排出されることもある。(甲10ないし14)


 

また、注意義務違反については、被告○○会とその経営者、およびY病院の職員には,Gの治療ないし看護に関して,次の注意義務違反(過失)が認められるとしている。

適正な人員の医師及び看護婦を配置して,精神分裂病に罹患していたGに対して十分な治療及び看護を実施できる体制を整備しなければならない注意義務を怠った。

②医師によってGに対して適時適切な診察を行わなければならない注意義務を怠った。

③診察に基づいて,Gに対し適切に投薬治療を施さなければならない注意義務を怠って、機械的画一的に多剤多量の抗精神病薬を投与した。

④Gの病状を適時適切に観察しなければならない注意義務を怠って、漫然と多剤多量の抗精神病薬を投与し続けた。

⑤Gの病状に応じて適切な治療を施さなければならない注意義務を怠って,浣腸を望んだGの懇願を無視した。

⑥Gの精神分裂病及び腸閉塞(イレウス)に対し,自らが適切な治療を施すことができないのであるから,その治療が可能な他病院へ転院させなければならない注意義務を負っていたにもかかわらず,他病院への転院措置をとらずにGを放置した。



 しかも、①の部分については、以下の事実が判明しているのだ。

 Y病院の病床数は524床。常にほぼ満床の状態であったが、平成8年12月当時,常勤の医師は,内科専攻の医師を含めて約4名,非常勤の医師が4,5名。看護婦が約30名,看護補助者が約6名しか勤務していなかった。

Y病院は、大阪府知事に対し、入院患者6名に対し1名の看護婦を配置する「6対1看護」の届出をしているが、内実は、退職した看護婦の氏名や免許証のコピーを無断で利用して,看護婦の数を水増したり,勤務日数を大幅に水増してタイムカード,勤務表,病棟管理日誌などを偽造していた。平成8年度の医療監視の結果、Y病院全体では,医療法で要求されている人員数より医師は5・1名不足,看護婦は38・1名不足していたことが判明した。



 以上のことから、判決では、Gに対する慰謝料として3000万円、原告に対する慰謝料     500万円、弁護士費用200万円を認め(G死亡のため、相続分2分の1)、被告○○会に2200万円の支払いを命じている(経営者死亡のため、相続人である3被告がそれぞれ3分の1ずつ支払う)。


 

 このケースは稀なケースだろうか?

 裁判という意味では稀なケースと言えるだろうが、このような経緯で精神病院内で亡くなるケースは決して稀ではないと思う。

 つまり、過去の院内における患者突然死の事例を掘り返せば、どれほどの病院が訴えられ、法に裁かれ、賠償責任を負うことになったか……それを思うと暗然とした気持ちになるが、これからの裁判においてはこれが前例となり(麻痺性イレウスに限られたことかもしれないが)、少しでも精神病院の杜撰な経営、医療の荒廃が改善されることを願うばかりである。