向精神薬と攻撃性について、ブログにまとめようとしたが、なかなかうまくいかない。

 たとえば、『臨床精神薬理』2008年2月号に「攻撃性・暴力と向精神薬をめぐる問題」という特集が組まれているが、すでに2年以上も前のものであり、いまさらという感は否めないのだ。それくらい、向精神薬(とくにSSRI)と攻撃性については、この問題にちょっと関心のある人なら知っていることである。

 しかし、精神科医が「本当に」知っているか、わかっているかは、少々疑問である。

 2年も前からこのような論文が書かれているにもかかわらず、はたして、臨床現場における向精神薬処方の実態に変化があったのかどうか……。




 雑誌にある論文の一つは、「抗うつ薬による攻撃性・暴力」である。

抗うつ薬(とくにSSRI)がらみの事件としては、アメリカのコロンバイン高校の銃乱射事件(ルボックス)や、日本における「ハイジャック機長殺人事件」(プロザック)、あるいは大阪池田小学校児童殺傷事件(パキシル)の例を待つまでもなく、多くの事件で向精神薬との関係が取りざたされている。



論文ではある研究者が、FDAのプロザックに関する未公開資料を解析した結果が載っている。

それによると、プロザックの4~6週間投与で1%強が躁状態を呈したが、それは三環系抗うつ薬の約3倍であったという。


 抗うつ薬=攻撃性というと、「アクチベーション・シンドローム」という言葉が思い浮かぶが、これは抗うつ薬と自殺をめぐる一連の論争の中で、2004年にFDAの諮問委員会が指摘した概念である。

 委員会では、その症状として「不安・焦燥・パニック発作・不眠・易刺激性・敵意・衝動性・アカシジア・軽躁・躁状態」の10項目を挙げている。

 そして、不安・焦燥・パニック・不眠・アカシジアなどは抗うつ薬投与の初期あるは用量変更後に多いとされ、易刺激性・敵意・衝動性は抗うつ薬長期投与中に起こりやすいとされている。



 論文には、海外の例だが、抗うつ薬を服用後、妻や娘を銃殺し、自身も自殺した例や、あるいは妻を殺害後自首してきた男性の例などが取り上げられているが、いずれも裁判においては、「薬原性アカシジア」が原因と判断されているのである。

 アカシジアとは、錐体外路症状による静坐不能症状のことをいい、座ったままでいられない、じっとしていられない、下肢のむずむず感、灼熱感、下肢の絶え間ない動き・足踏み、姿勢の頻繁な変更、目的のはっきりしない徘徊などといった症状を呈し、抗精神病薬による副作用として出現したり、さらに、高力価な作用を持つ薬物になるほどこの症状が出現しやすくなるという。 

そして、アカシジアは、これまでは自殺の原因となりやすいと言われていたが、論文中紹介された症例の裁判結果から、アカシジアは暴力行動の原因にもなり得ることがわかった。




もうひとつの論文は、「抗うつ薬の中断症候群と攻撃性」である。

つまり、抗うつ薬は服用中も攻撃的になるが、中断後も攻撃的になる薬というわけだ。

 そして、 中断症候群の報告はSSRIだけでなく、SNRIや三環系抗うつ薬にも見られるらしい。

 三環系に関してはコリン神経系が過活動となるため、そして、SSRIについては一過性のセロトニン欠乏状態が生じることがその原因と考えられている。



 さらにもう一つの論文「ベンゾジアゼピン系薬剤による奇異反応;攻撃性、暴力を中心に」

 つまり、BZ系薬剤でも攻撃性が認められるということだ。


「BZ系薬剤によって幻覚や妄想、悪夢が出現するが……敵意、攻撃性、興奮についての報告はさらに多い。薬剤投与後、比較的早期から突然に敵意、攻撃性が生じ、激しい興奮を伴って暴力に至るケースも報告されている。また、内科、麻酔科などの領域において、手術や内視鏡検査前の投薬に使用したBZ系薬剤によって不安や焦燥が高まり、敵意、攻撃性や興奮が出現したとする報告が多く存在する」とある。

 

 奇異反応とは、抑うつ状態、精神病状態、敵意、攻撃性、興奮などが薬剤の投与で逆に出現・悪化することをいい、日本ではあまり知られていないようだ。出現頻度は0.2~0.7%と多くはないが、葛藤の多い環境や、元々衝動コントロールが不良な患者、中枢神経系に脆弱性のある患者に出現しやすく、つまり、精神科を受診する患者はハイリスク群である。

 そして、日本では、精神科受診者の多くにBZ系薬剤を併用投与されているケースが多いが、それでは、それはどういうことを意味しているのだろう……。



しかも、不安や焦燥、気分易変性、攻撃性、敵意、興奮といった症状は臨床用量の範囲内で生じるのである。しかし――

「そうした症状は患者の本来の性格傾向によるもの、あるいは本来の症状として誤診されたり見逃されたりしている可能性が指摘されている。が、奇異反応による暴力や自殺企図が深刻なケースも報告されており、その診断、対応を誤れば危険な状況を招きうる。」



 と、ここまでがすでに2008年当時にわかっていたわけだ。

 そして、2009年5月8日、読売新聞の記事である。




抗うつ薬服用で攻撃性増す症状、厚労省が注意改訂へ

抗うつ薬を服用した患者に、他人に突然、暴力をふるうなど攻撃性が増す症状が表れたとの報告が約40件寄せられたため、厚生労働省は8日、「調査の結果、因果関係が否定できない症例がある」として、使用上の注意を改訂することを決めた。



 これが「進歩」だろうか?




 また、裁判で「薬害性アカシジア」の例を挙げたが、これは海外の話であり、日本の場合はどうなのだろう。

「ハイジャック事件」については、鑑定結果は二転三転したものの、最終的には抗うつ薬により躁うつ混合状態が誘発され、犯行が行われたものと結論づけられ、抗うつ薬が他害行為を惹起することが裁判でも認められた稀な例といえるかもしれない。



 そして、やはり何と言っても重要なのは、患者が訴える症状が薬の副作用(中断症候群も含めて)かどうかを見抜く精神科医の力量である。

本論文でも言っているように、「(攻撃性などの)そうした症状は患者の本来の性格傾向によるもの、あるいは本来の症状として誤診されたり見逃されたりしている可能性が指摘されている」らしいが、多くの被害者の方の話を聞く限りでは、「誤診」され、即「薬の増量」(症状のますますの悪化)へとつながってしまっている。




2年も前に出ている論文である。

論文では「攻撃性」を他者への攻撃性に限って論じているが、言うまでもなく、その攻撃性が自身に向かえば自傷、自殺になるわけだ。

しかし、このような論文が山と提出されようが、どこ吹く風、イライラも、モヤモヤも、誰かを傷つけたい激情も、ビルから飛び降りたい衝動も、すべて「あなたのせい」――だから「この薬を飲みなさい」の精神科医のいかに多いことか。

いや、それでは、もう何も解決しないことを精神科医も知っているのかもしれない。知っていて改めないのは、もう後には引き返すことができないからか。己のやってきたことを自ら否定することになるからか。

もし、そうだとしたら「未必の故意による殺人」(自殺の場合)、あるいは、その「幇助」(殺人事件の場合)になりかねない。