Fable Enables 21 | ユークリッド空間の音

Fable Enables 21

 休日の楽しみといえばプライベートの充実や知己との交友である。未成年であるから煩わしい人間関係はなく、接待に付き合わされることはない。骨董屋兼喫茶店「一本木」から仕事を斡旋されても、丁重にお断りを入れることができる。
 最近までそう思っていたのだが、高校生くらいになると接待や付き合いを必要とする機会が徐々に生まれてくる。それは煩わしい人間関係が生まれつつあるということである。「煩わしい」という言葉に悪意はない。「悲劇」が時として愛されることと同じである。

 マコトからメイルをもらったのは俺が朝食の席についたときのことだった。「【伊式】昨日の件につきまして」と秘書検定でも持っているのではないかという慇懃なタイトルのあと、善後策を練りたいので今日会いたいとの旨が書かれていた。
 別段、悪が生まれたわけではないのに、何の善後策なのか、そのときにはわからなかった。
 指定の喫茶店「カピタン」は、俺の家から自転車ですぐのところにある。片道、ラヴェルの「ボレロ」一曲を聴く時間だ。ボリュームのある定食が評判で、中学の時代からお世話になっている。
 マコトも知っていたのか。
 まあ最寄駅が同じならありうることだ。少なくとも、謎の円盤に反応する人間が四人集まる偶然よりよほどありうる。
 自転車を停め、重いドアを開ける。マコトはすでに来ていた。クリームソーダらしきものを飲んでいた。
 互いに私服姿を見るのは、はじめてだ。想像にたがうことなく、地味なブラウスに丈の長いスカート。本人はそれで充分と考えているだろうが、他人の気を惹くためにそれだけで充分「間に合う」ことには自身で気づいているだろうか。
 周囲に客はまばらである。俺はアイスコーヒーを注文した。
 マコトは長い髪をしゃなりと整えた。
「今朝のニュースご覧になりましたか」
「いや」
 マコトは小さく溜息をついた。予想どおりという失望感に溢れていた。
 そんな高望みをされてもな。日曜日のテレビといえばアニメと特撮戦隊モノと囲碁将棋の講座くらいしか観るものがない。
 準備のいいことに、マコトは黒いカバンから新聞の切り抜きを取り出した。

『進学塾で謎の放火』

「ああ」俺は思わず頷いた。
「ご存じですね」
「昨日、報道していたね」
「内容をご覧ください」
 まるでキャッチセールスにひっかかったような心持ちだ。
 言われたとおり、記事に目を通す。昨夜の報道から、いくつか新しい情報が加えられている。
 火元は男子トイレの個室。オイルに浸した筆箱が着火剤になっていたという。また、現場付近に、銅板に七芒星を描いたものが落ちていたらしい。
「七芒星ね」
 マコトの懸念はこれか。
 円盤を知るものが七芒星を残している。紙に描いたものはカケル先輩が拾い、銅板に描いたものは放火の現場に落ちていた。
「由々しき事態です」
「偶然じゃないの?」
「まだそんなことをおっしゃるんですか」
 呆れたという表情をされ、俺は困った。
「だって、七芒星くらい、誰だって作る可能性があるだろ」
「問題はそこではないんです。わたしたちの身に危険が及ぶ可能性ができた、ということなんです。法を犯す者がいることは確かです。飛び火したらどうなります?」
「狙われたのは塾のトイレだろ?」
「燃やされた筆箱はカケルさんが置き忘れていたものでした。今朝、本人から連絡がありました」
「……」
 さすがに口籠った。
 召還者と放火とのあいだには、まだ歴然とした因果はない。七芒星という要素を通じ、事件関係者と密な関係にあるということに過ぎない。それも、「密な関係」というのは、マコトの心配から、昨日できたばかりなのである。
 しかし、睦まじくしている人物が放火に関わっているとなると、危惧は否めない。
「ひょっとしてカケルさん、召還者ってことはない?」
「今のところは覚えがありません」
 隠しているかもしれない、ということか。それはそれで厄介だな。確かめようと問えば、こちらの正体がわかってしまう。
「どうする」
 俺はマコトの反応を確かめた。わざわざ休日に呼び出すのだから、彼女のことだ、今後の段取りを想定してきたに違いない。
「攻撃は最大の防御です」
 やはりそれか。逆さピラミッド事件で懲りてはいなかったようだ。清楚な佇まいだけれど、このコ、アミ以上の爆弾になるかもしれない。
「犯人はどうやらカケルさんを狙っているようです。そこから足がつくかもしれません」
「そこがわからないんだよ。どうしてカケルさんが狙われるの」
「調べればわかると思います」
 優先順位が逆転している。
 口にはしなかった。
 このコ、防衛本能が強すぎるな。 

 

 


小説ランキング