焔の魔方陣24
テーマ:過去の断篇 捜査の鉾先は、再びアリアに向けられた。彼女の身辺調査を行い、怪しい男がいたら、順にピックアップしていく。
クレイヴとパトリックは、アリアに直接話を訊くことになった。本来ならベテランであるフリッツが適任かと思われたが、フリッツは辞退した。若い警官に対する配慮、ということだろうか。
数日振りに会ったアリアは、かなり蒼い顔をしていた。今までの経緯を考えれば、当然かもしれない。自分の石像が壊され、人間の手首が送りつけられてきた。更に言えば、アリアは今、謎の男に恐喝されているかもしれないのだ。
テーブルを挟んでアリアと向かい合ったクレイヴは、早速攻めに出ることにした。
「三年前のことで話を伺いに来ました」
アリアは明らかに動揺した。本来蒼かった顔から、血の気が完全に消えていく。
「さ……ん年前の話ですか」
「ご存知ありませんか? チェスのアマチュアプレーヤーであったハマーン・ダイスさん。彼は三年前に殺されています。それだけじゃあない。ダイス邸には火が放たれました」
「……」アリアは黙ったままだ。
「少し飛躍した話になります。あなたは当時、バベルと交際していた。その果てにひょっとしたら仲違があったのではと考えたのです。あなたはバベルを恨み、彼の設計した家を燃やすことにした」
「そんなこと……」
「あなたは同時にハマーンさんから詰めチェスのプロットを奪った。今あなたが発表している『アリアの魔方陣』は、本当はハマーンさんが考えたものだ。あなたはバベルへの八つ当たりと盗作を行うためにハマーンさんを襲った。いや、実際にハマーンさんを襲ったのはあなたじゃあない。あなたは懇意にしている男に殺人と放火を依頼し、ダイス邸を襲わせた」
「そ……んな」アリアは顔を引き攣らせて笑った。「そんな馬鹿なことがあるもんですか。そんな証拠がどこにあると言うんですか!」
クレイヴはここで切り札の一枚目を切った。
「ハマーンさんの息子――セロ君は、あなたの『アリアの魔方陣』を、以前に――あなたが発表する前に――どこかで見たことがあると言っているのです」
「そ……そんなことが」アリアは激しく動揺した。
「セロ君は父親であるハマーンさんが作った詰めチェスを目にしていたのです。残念ながら、『アリアの魔方陣』をどこで見たのか思い出せない状態ですが、これは三年前の火事によりセロ君が記憶を失っているからだと考えると腑に落ちます」
「ち……違います! そ……そうだわ、そのセロ君は何か勘違いをしているのよ! 何か錯覚しているんですよ!」
「そんなことがあり得るんでしょうか」クレイヴは更に切り込む。「どんな偶然があったとはいえ、駒の配置が完全に一致しているというのはどう考えてもおかしい」
アリアは顔面を蒼白にしたまま、完全に沈黙してしまった。
「アリアさん、ダイス邸を襲った男は誰なんですか? 三年前のあなたの共犯者は一体誰なんですか? あなたは今、その男に恐喝されているんじゃあありませんか?」
「し……知りません! 私は何も知りません! もう帰って下さい!」
クレイヴとパトリックは、半ば追い出される形でシュトラーゼ邸を後にした。
今日アリアに会ってはっきりした。彼女は間違いなく三年前の放火事件に関わっている。現在発表されている「アリアの魔方陣」は盗作であり、元はハマーン・ダイスが考え出したものだ。
しかし……。
「証拠がないな。三年前の事件でアリアが関わっていたという証拠が」
「ねえクレイヴさん」
「何だい」
「三年前のダイス邸での事件にアリアが関わっているとしたら、アリアは姉のイルルをも殺した可能性が出てきますよね」
「姉に犯罪を気付かれてしまったか?」
「ええ。そこから攻めていけないでしょうか」
「そうだな……」クレイヴは思案した。「痛ましいことを考えねばならんが、もしイルルが殺されていたとしたら、どこかに埋められている可能性が高いな。それがわかれば決定的なんだが」
しかし、カームズヒルは広い。イルルが死んでいるとしたら、どこに埋められているのか皆目見当がつかない。
「これは途方もない作業になりそうだな」
まだ見ぬ被害者を探す作業は、現実的ではない。
結局、三年前の事件を今更になって捜査することは極めて困難なことに気付いた。
となると、突破口は現在連続放火を行っている犯人ということになるが……。
「アリアはとうとう、共犯者である男の存在を認めなかったな」
「そりゃあそうでしょう。喋れば自分も捕まってしまいますからね」
「この件に関しては、客観的に調査する必要がある」
アリアの身辺調査をしているチームの結果待ちか。これもまた地道な作業になるが、致し方あるまい。
「ねえクレイヴさん」
「ん?」
「ひとつ思ったんですけどね。セロを無条件に容疑から外すのは危険だと思うんですよ」
クレイヴは思わず立ち止まって相方を見た。
「どういうことだい?」
「セロは、アリバイこそありましたが、その動向は極めて不審です。覚えていますでしょう? 第二の事件では、セロは学校をサボった挙句に事件の目撃者になっています。これはどう考えても偶然とは思えません」
「じゃあ、セロのアリバイはどうするんだ? 第一の事件では、同級生のヨハンがずっと一緒だったんだろう?」
「それは、ヨハンが嘘をついているか、あるいはセロがとんでもないアリバイトリックを弄しているか」
トリックか。ただでさえ密室・死体出現に翻弄されているというのに、これ以上まだ不可能犯罪が関わっているというのか?
「とにかく」パトリックが力説する。「セロは怪しいですよ。事件とまったく無関係とは思えないんですよ」
「しかし動機はどうなる? セロの動機は」
「もちろん父の復讐ですよ。セロは、以前に『アリアの魔方陣』を見たことがある、と言っていました。つまりハマーン殺しの黒幕はアリアである、という結論に容易に達することができたと思います」
「確かに、セロがアリアを恨む理由はわかる。しかしバベルの建物を放火する理由がないじゃあないか」
「そう、放火ですよ」
パトリックが突然大声を出したので、クレイヴは少しばかり驚いた。
「放火なんです。なぜ今回の犯人は、放火を繰り返しているのか。わたしはセロ犯人説に基づいて、その動機を考えてみました。いいですか、セロは三年前のダイス邸事件で父を失っています。その際セロは、犯人の男を目撃しながらも、火事の恐怖の余りそのときの記憶一切を失っています。父の仇を討ちたいセロにしてみれば、その失われた記憶を取り戻したいはずなんです。そこでセロは、ショック療法を行うことにした」
「おいおい……」
パトリックのとんでもない仮説に、クレイヴは唖然とした。
「そうです。ショック療法。セロは自分が記憶を失ったときとまったく同じ状況を再現することで、記憶を取り戻そうとしているんです。放火犯はセロはです。彼は火事の現場を何度も見るために、三度も放火を繰り返したんですよ」
「じゃあまさか犯人は……」
まさか犯人は……、
本当にセロなのか?
(続く)












