理のなき遺書15 | ユークリッド空間の音

理のなき遺書15

「では肝心の仲川さん事件について訊きましょう。あなたは彼の自殺の直前に、彼に報告をしましたね」
「ええ」
「いつ、どこで」
「昨日のことです。場所は仲川の家で。ちょうど買出しに行くと言った古林君を連れて、わたしの車で現場まで行きました。時間は……、たぶん午後三時少し前だったと思います」
 時間は正直に答えた。どうせ嘘を言っても古林との証言の不一致ですぐにばれてしまう。ただ一つ問題なのは、恐らく警察の方で仲川の死亡推定時刻が判明しているであろうが、その時刻が極めて徳長の来訪の時刻と近いことだ。徳長のシナリオでは、その短い間に仲川が遺書を書き上げて死に至らなければならず、警察はそれに気づかなければならない。
だが、雨宮の反応は鈍かった。
「なるほど。ほかならぬ事件の結果報告がされる日ということで仲川さんはご在宅だったと」」
結局、死亡時刻と来訪時刻の近接には話が及ばなかった。
「徳長さんは、来訪時に調査結果のすべてを話されたのですね」
「ええ」
「どのくらい留まっておられましたか」
「ほんの十分くらいだったと思います」
「十分?」雨宮が意外そうな顔をする。「そんなに短時間で?」
 ようやく、アリバイの話に持ち込んでくれた。
「わたしにもわからないのですが……、仲川、どこか悄然としていたようなのです。満足な話も聞かずに、もう帰ってくれて結構だと」
 これは仲川自殺説を補強する嘘の証言だが、雨宮は取り立てて反応することがなく、「ふむ」と軽く唸っただけだった。
「刑事さん」徳長は意を決して訊くことにした。「仲川の死は自殺ではないのですか? ニュースではまだ断定できていないと仰っていましたが……」

 

 ピルピルピル。ピルピルピル。

 

 電子音が響く。雨宮の持っている携帯電話の着信音らしい。彼は慌ててそれを取り出すと、耳に当てて大声で話し始めた。
「もしもしこちら雨宮。……え? 見つかった? 本当に? ……わかった。こちらは探偵さんに話を訊いているところだ。……うん。……了解。あとで合流する」
 それだけ言ってしまうと、雨宮は乱暴にボタンを押して通話を切った。
「大変なことになりました」携帯電話を仕舞う雨宮の目は光っていた。「徳山さん、日下部理子さんの遺体が発見されたようです」
「日下部さんの遺体が――」
 もちろんこちらは絶句せざるを得ない。予想よりも遥に早い発見に、内心は本当に驚きながら。
「じつはですね」雨宮が居住まいを正す。「仲川さん、遺書の中でこう言及していたんです。自分は日下部理子さんを殺して山中に捨てたと。遺書で言及していたその場所を捜索したところ、遺体は発見されたということです」
「それでは仲川が日下部さんを殺したと……?」
「そうかも知れませんねえ」
 もどかしいことに雨宮は曖昧な返事で結論を先送りにした。この男、事件がそう簡単ではないことに気づいているのか。ただ単に行き当たりばったりの推理をしているだけなのか。
 結局、徳長の憂いは杞憂となった。これからが本番かと思っていた徳長を尻目に、「ご苦労さま。では今度は小古林くんを呼んで来てください」と言って聴取の終わりを告げたのだ。
 相手が仲川の死を自殺と見ているのか、それとも他殺と見ているのかまったく判然としないまま、徳長は放り出されることになった。

 


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