理のなき遺書14 | ユークリッド空間の音

理のなき遺書14

 古林が運んできたコーヒーがテーブルの上に三つ並び、それを挟んで徳長は刑事ふたりと向かい合って座った。
「徳長さん」雨宮が口火を切る。「あなたは仲川さんに頼まれて日下部理子さんの行方を追っていた。間違いありませんね」
「ええ」
「彼女の身辺、仕事場周り、実家の福島、そして新潟にも赴いた」
「そのとおりです」
「仕事場周りでは誰に話を訊きましたか」
 徳長は当時調査に当たっていた人物の名前を挙げ連ねた。隣に座っている真野がそれをいちいちメモしている。あとで確認するのだろう。
 申告の最中、徳長は、はっとなった。
 仲川の遺書には、新潟に行ったと書いてある。事実、徳長もそこに向かおうとしたのだが、実質自分が新潟で調査を行ったということは嘘であり、途中で引き返してきたのである。
 徳長の危惧は的中し、福島での捜査対象について訊かれたあと、雨宮は油断なく細かい点を突いてきた。
「新潟ではどこに向かわれたのですか。誰に話を訊いたのですか」
 迷った。適当な名前を挙げてごまかそうかとは思ったが、実際に裏を取られたら、それは嘘であることは容易にわかってしまい、不審を招くことになる。ここは正直に話した方がよいだろうか。結局、新潟に理子がいなかったことは事実であるし、嘘を並べてあとあと疑いを招くよりは遥にましである。
「じつは、新潟には行っていないのです」
 徳長は話した。タイヤのチェーンを積み忘れていたこと。国道の事故で道が渋滞していたこと。そして何より、新潟に理子がいるという可能性の低さ。
「結局、仲川は記念旅行として新潟に行っただけなのですから、長期間の失踪にこの地が関わっているとは到底思えなかったのです。それで……」
「ふむ」いったん頷いたものの、雨宮はその鋭い視線を容赦なくこちらに向けて来た。「しかし仲川さんの遺書には、あなたが新潟に赴いたと書いてある。これはどういうことです?」
「それは……、昨日調査報告をした際に、新潟に行ったと報告したのです。そうしないと本人は納得しなかったでしょうから」

 


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