理のなき遺書12 | ユークリッド空間の音

理のなき遺書12

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 夜が明けた――。
 仲川創をこの手で殺してから一晩を過ごし、徳長はいつもどおり自分の事務所に足を運んだ。
 ドアを押して応接室に入ると、古林はすでに出勤しており、備えつけのテレビを見ながら煎餅を食べていた。
「ああ徳長さん」古林が振り向く。「ニュース見ました?」
「ニュース?」
「昨日調査報告に行った仲川さん、死んだらしいですよ」
「馬鹿な……」
 我ながら白々しいセリフで間を持たし、自身も古林の隣のソファーに腰をかけてテレビ画面を見つめた。女性のニュースキャスターが淡々と述べるその事件は、間違いなく仲川の死についてのものである。予期していたこととはいえ、この手がなしたことが大々的に報じられると、たじろいでしまう。
「何でも自殺した可能性が高いとか。そういえば徳長さん、昨日仲川さんのお宅に伺ったとき、彼の様子が少し変だったっておっしゃってましたよね? ひょっとして、それ、彼が自殺する直前だったからじゃあないですか?」
 好奇心満々の表情で話を振ってくる古林に、多少辟易しながら徳長は曖昧に返事をしておいた。
「そう……かもしれないねえ」
 じっくりとニュースを見ていると、どうやら警察は日下部理子の件についても今回の事件と関わりをもっているのではないか、と推測しているようだ。これは徳長が偽りの遺書で言及していたことだから、さして驚くようなことではない。
 それにしても――。殺人をするとこんなにも大きな負い目ができてしまうとは。徳長は殺人に関する情報を持っている。それをうっかりと漏らしてはならない。ひょんなことを古林に指摘されたのでは計画が台無しだ。
 徳長はニュースに見切りをつけると、いつもどおり、奥にある部屋に向かおうとした。

 

 コンコン。

 

 どうやら客が来たらしく、今までのんびりとテレビを見ていた古林は、慌てて煎餅の袋をテーブルの上から奥にある机の抽斗の中に移すと、「はいただいま」と愛想よく言って応対に出た。
 こんなに朝早くからの来客も珍しい。そう思いながら徳長は、奥の部屋に行くことを諦め、応接室のソファーから客を観察しようと思ったのだが……。

 

 


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