年末にベートーヴェンの交響曲第9番を聴くのが日本の恒例行事ですが、大晦日に全ての交響曲を聴くのも恒例行事となりつつあります。私が前回聴いたのは3年前で、マーラー編曲版の第9番が演奏されましたが、9曲のうち第3番と第7番が圧倒的に素晴らしい演奏だったことをよく覚えています(こちら)。
ここ2年は大晦日に帰省していたので行かなかったのですが、大晦日恒例(13回目)の『ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会2015』にご招待いただき、3年ぶりに聴いてきました。帰省するのが年明けになり、これを聴きたいと思った時には既にチケットが完売だったので、チケットを用立ててくれたNさんに感謝しています。
2015年12月31日(木) 13時開演
東京文化会館 大ホール
【指揮】小林 研一郎
【管弦楽】岩城宏之メモリアル・オーケストラ(コンサートマスター:篠崎史紀)
【ソプラノ】森 麻季
【アルト】山下 牧子
【テノール】錦織 健
【バリトン】福島 明也
【合唱】武蔵野合唱団
お蕎麦で腹ごしらえして開演20分前に東京文化会館に到着。1階席20列目辺りほぼ中央で、音響的に申し分ない席です。ご招待さまVIP席で、見覚えのある方がちらほら。とにかくご挨拶する私。客席は7割以上は埋まっているでしょうか。
オーケストラの弦セクションは9曲とも14-12-10-8-7の編成。岩城宏之メモリアル・オーケストラ(いわゆる「マロオケ」)を見渡すと、構成は男性比率がかなり高く、半分以上がN響メンバー。75歳になられたコバケンさんはいつもどおりやや早足で舞台にご登場。この一年でコバケンさんの指揮で聴くのは、これで4回目です。
第1番 ハ長調 Op.21
(13:05~13:29)
ベートーヴェン29歳の作品。モーツァルトを思わせる流麗で爽やかな響きが印象的な演奏。コバケンさんの指揮はまだ動きも穏やかです。とても心地よく、旋律をくっきりと浮き立たせた感じがしました。
第2番 ニ長調 Op.36
(13:33~14:06)
とにかく弦の響きが美しい。特に第2楽章ラルゲットの弦は滑らかで、柔らかく優しいうっとりする演奏。第1番と第2番は、まだまだ若いベートーヴェンの才能が発揮された佳曲ですね。
第3番 変ホ長調 Op.55 「英雄」
(14:51~15:44)
45分間の休憩を挟んで、前回はすごい名演だった注目の第3番。客席もかなり埋まっていました。たとえ第4番以降の交響曲がなくてもこの曲だけでも「ベートーヴェンは凄い!」と思います。
ついつい3年前の演奏と比べてしまいますが、第1楽章は重厚ながらも若干抑制的な印象。欲を言えばもう少し低弦がズンズンと響いてほしかったけれどとてもいい演奏。また、第2楽章の葬送行進曲はとても心に染み入る演奏で、グッとくるものがありました。第4楽章も素晴らしく、全体的に高水準。ただ、期待度がもっともっと高かったので…
第4番 変ロ長調 Op.60
(16:05~16:39)
何と言ってもN響首席松本さんによる第2楽章のクラリネットが素晴らしかった。第3・4楽章もメリハリあるくっきりした演奏で、フルートもよかった。第4楽章最後の直前にいったんググッと速度を落とした上でクライマックスにもっていくコバケンさんの演出は小憎らしいくらいに効果的でした。
一時間の休憩。ホワイエを歩いていたら、ちょうど今来場されたばかりの某有名会社のK副社長ご夫妻とばったり。えらい方によく会う。K副社長とは仕事の他でもオペラを通じてお話しをしています。
「オケの調子はどうですか?」
とK副社長の問いに、簡単にブリーフィングしました。
「彼は詳しくて、・・・なんだよ」と奥さまにおっしゃっていましたが、それはなんでも言い過ぎです…
第5番 ハ短調 Op.67
(17:45~18:19)
名曲なのは疑う余地はないけれども、冒頭のジャジャジャジャーンがありふれ手垢にまみれた感がしないでもない。だからわざわざこの曲を聴きに行かないので、実演で聴くのは3年ぶり。しかししかし、それを後悔する実に素晴らしい演奏。演奏としてはこの日の白眉。冒頭の運命の動機からとても聴きごたえのある弦。理想的なスピード感と迫力。一転うっとりする美しい第2楽章。5番からオケに乗られた元N響首席の横川さんのクラリネットを久しぶりに聴きましたが、実に素晴らしかった。ウルウル… 第3~4楽章へと突き進むにつれて情熱がみなぎり炸裂する様は圧巻。観客席からも熱い拍手と bravo!
第6番 ヘ長調 Op.68
(18:25~19:08)
実は第6番『田園』はそんなには好きではないというか、私の中の位置づけは9曲中最下位です。初めて聴いたのは、Wiener Konzerthausでですがひたすら眠かった記憶しかない。また、私の近くの男の子もこの曲の時だけはいびきをかいてスヤスヤ眠っていました。まぁ、そういう曲。
しかし! この日の演奏は実に素晴らしかった。曲自体すぐには好きになれないと思いますが、表情豊かな演奏でした。全然眠くならなかった。
第7番 イ長調 Op.92
(20:46~21:24)
私の最も好きな第7番。第1楽章の躍動感に幸せな気持ち。心が躍ります。第2楽章の弦のうねりがなんとも言えない。これに横川さんのクラリネット、このオケの数少ない女性奏者杉原さんのオーボエ、ホルン、ファゴット等が絡み付いて実に素晴らしい演奏でした。
第3楽章が実にユニークですごく遅かった。ものすごい溜めを作るコバケンさん。ちょっとやり過ぎ感もあるほどで、弦セクションのアンサンブルがやや破綻していました。まぁ、そこはご愛嬌で… アタッカで第4楽章に入るとまた快速全開のとても気持ちのいい心が躍るような演奏。終わってしまうのが残念~という気持ち。泣けた~ 客席からは猛烈な拍手。
第8番 ヘ長調 Op.93
(21:31~21:56)
興奮冷めやらぬ中、第8番。奇数番号だけ聴いていると疲れるので、こういう曲があるのはそれはそれで素晴らしいと思わせる作品。ベートーヴェンの才能の幅広さを感じさせる。まさに本公演のタイトル「ベートーヴェンは凄い!」に偽りなし。こうして続けて聴いてみると実によく理解できます。5番、7番、9番の間にある清涼感。コバケンさんの溜めと揺らぎの妙を堪能し、盛り上げ方に興奮します。
45分の休憩中に、今度は超えらいKさんご夫妻とホワイエでばったり出くわす。忙しくされている方なので、早々に引き上げられるのかと思っていましたが、第1番からずっと聴いておられる。Kさんが私のことを奥さまに紹介されたところ、奥さまから
「主人がいつもお世話になっております」
Kさんの奥さまからそういうもったいないお言葉を頂戴し、思わず私は50cm程後ずさりし、頭を下げて・・・
「いえ、いえ、いえ、いえ・・・こちらこそたいへんお世話になっております…」
具体的なお名前や役職を明かせませんが、イメージとしては、社長とかその筋のトップの方の真ん前でその奥さまから「主人がお世話になっております」と言われたら、さすがに困りますよね…
第9番 ニ短調 Op.125
(22:41~23:51)16分, 11分, 16分, 25分
合唱団は、ちゃんと数えていませんが、女声120名、男声100名くらいでしょうか。先日聴いた上岡・読響とは対極にあるほど全く異質の演奏でした。
13時開演のこの演奏会がこれで終わるかと思うと残念。コバケンさんは当然のように全曲とも暗譜で、身体を屈めたり、伸びきったり、前に行ったり後退したり。たいへんな運動量でオケをコントロールし、情熱をたぎらせてオケを奮い立たせる。その様子を見ているだけで心打たれる。75歳とは思えないバイタリティーです。素晴らしいです。
緊迫感のある冒頭の弦。コバケンさんの気持ちのこもった緊密感のある迫力の第1楽章。第2楽章では歌う感じで非常にリズミカル。
ソリストは定石どおり第2楽章の後に登壇。山下牧子さんは全身紫のドレス。森麻季さんはスカート部がエメラルド色で、上半身が胸元の切れ目が大きな純白のキラキラとしたラメが目立つ衣装。やはりこの方は顔立ちも声もですが、それ以外にもスタイル、衣装や仕草もとても凛としていて映えます。
第3楽章がかなりよかった。この一年間にあった苦しいこと、嫌なこと、辛かったことが全て洗い流されるかのようで、心が綺麗なもので満たされる気がしました。私のイメージどおりのとても美しい演奏。bravo!
アタッカで第4楽章に。チェロとコントラバスによるレチタティーヴォはとても渋い。歓喜の旋律が出てくるところも美しい。盛り上がってくるところへの持っていき方はコバケンさんの上手さがよく出ていてさすがです。
青戸知さんの代役で出演したバリトン福島さんによる最初の否定は、もうちょっとアクというか押し出しを強くしてほしかった。私の1階席でこれくらいしか聞こえないなら5階席は大丈夫か? 読響の時のバリトンは逆にでか過ぎたけど… 4人のソリストの中では森麻季さんが圧倒的に素晴らしかった。美しく透き通る声が心地よく響いてきました。合唱団は迫力があっていいと思う方も多いでしょうからいいとは思いますが、私のイメージとしては、ソリストとオケとのバランスや合唱団自体の統一感でちょっと人数が多すぎるかなという印象。
感動的だった第4楽章最後の音は23時51分。スタンディングオベーション。鳴り止まない拍手と bravo。とても素晴らしい感動的な演奏でした。コバケンさんは
「オケの凄さに感動していました。みなさんにとって最高の年となりますよう一同お祈りしています。このオケを指揮するのは来年で終わりだと思いますが・・・」
と挨拶されました。客席からは
「え~」
みんなからこんなにも愛されているコバケンさんにまたまた大きな拍手。そうこうしているうちにコバケンさんから
「Happy New Year!」
公演後はホワイエでオケの一部のメンバーによるミニコンサートで『美しく青きドナウ』。再びKさんご夫妻とお会いして、新年のご挨拶を申し上げました。
50分程でコバケンさんがマスクとニット帽を着用の完全防寒着で出てこられました。たいへんお疲れの中で丁寧にご対応いただき、申し訳ない気持ちでいっぱいですが、サインもしていただきました。年明けから縁起がいいです。
また今年の大晦日もこの演奏会をコバケンさんの指揮で聴けたら最高です。
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