「ブリヂストン」と言えば、誰もが知る、日本はもとより、

 

世界シェア No.1の巨大タイヤメーカーですが、

 

その社名の由来をご存知でしょうか。

 

実は私も今回の企画展を訪れるまで、知りませんでした。

 

ブリヂストンという社名は創業者である石橋正二郎氏自身が

 

命名したもので、名字の二字「石(stone)」と「橋(bridge)」を

 

そのまま英語に直訳したものだったのです。

 

「ストーン」と「ブリッジ」で、「ブリヂストン」。なるほど~!

 

異文化の平和な結びつきを願う思いが

 

この命名に託されているそうですよ。

 

さて、そんな、日本とフランスの異文化の架け橋となるような、

 

オランジュリー美術館で開催中の企画展。

 

前回の パリで開催「ブリヂストン美術館名品展」【1】 に引き続き、

 

第4室 ポスト印象派コレクション — セザンヌからトゥールーズ=ロートレックまで

 

のご紹介です。

 

この展示室で、ひときわ存在感を放っていたのが、

 

1904-06年 ポール・セザンヌ 「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」

 

セザンヌのこちらの作品。

 

サント=ヴィクトワール山はセザンヌの生まれ故郷の町、

 

エクス=アン=プロヴァンスの東側にそびえる石灰岩質の山脈で、

 

セザンヌは若い頃からこの山を繰り返し、描いています。

 

1890-94年 ポール・セザンヌ 「帽子をかぶった自画像」

 

頑固で、気難しい性格だったというセザンヌ。

 

自画像からもそんな雰囲気が感じられますね。

 

1886年 ポール・ゴーガン 「馬の頭部のある静物」

 

中央にパルテノン神殿の古代ギリシア彫刻を模した馬の彫像、

 

背後には日本のうちわや人形が飾られています。

 

不思議な感じがして、見入ってしまう作品です。

 

タヒチのイメージが強いゴーガンですが、

 

ブリヂストン美術館のコレクションはそれ以前のものです。

 

1888年 ポール・ゴーガン 「ポン=タヴェン付近の風景

 

ポン=タヴェンはフランス北西部のブルターニュ地方

 

にある町で、1886年に初めてここを訪れたゴーガンは

 

その後、たびたび滞在し、さまざまな画家たちと交流をもちます。

 

1889年 ポール・ゴーガン 「乾草」

 

ポン=タヴェンでの滞在が大きな転機となり、

 

徐々に印象主義から離れていったゴーガン。

 

1885-90年 ギュスターブ・モロー 「化粧」

 

聖書やギリシャ神話を主な題材としたモロー.は

 

色づかいが美しいですね。

 

1887年 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 「サーカスの舞台裏」

 

ロートレックの作品で、初めて、油彩のモノクロを見ました。

 

サーカスが庶民に人気の娯楽だった19世紀後半、

 

パリの大通りにはいくつものサーカス劇場が建てられ、

 

賑わっていたそうです。

 

1886年 フィンセント・ファン・ゴッホ 「モンマルトルの風車」

 

1886年の早春、アントワープを去り、パリにやって来た

 

ゴッホは弟テオと暮らし始めます。

 

この作品はモンマルトルの住まいのすぐ近くのダンスホール

 

「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」の裏手から見た風景です。

 

「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」と言えば、ルノワールの作品を

 

思い出さずにはいられませんが、華やかなルノワールの

 

作品に比べると地味です。

 

しかし、美術館の解説によると、オランダ時代の作品には

 

見られなかった明るい色調が画面を彩っているそう。

 

パリでの生活の前向きな気持ちの表れなのか、また、

 

他の画家たちとの交流で、影響を受けたのでしょうか。

 

小さな作品ですが、妙に惹かれました。

 

ブリヂストン美術館名品展のレポートは次回で完結!

 

モダンアートも興味深い作品が目白押しです。

 

パリで開催「ブリヂストン美術館名品展」【3】 へ。

 

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